1-09
「板垣さーん!この間の企画書通りましたよ!」
「おおそうか、おめでとう」
「2期先のアニメだからって渋ってた上も説得出来ましたし、板垣さんのおかげッス!」
「君の実力だよ。ちゃんと統計調べたりリサーチしたんだろう?あとは自信だけさ」
「はい!」
夢だろう。
「あ、板垣さん。来季のあのアニメの担当私になったんですけど……」
「あぁあれね。女性向けのタイトルだし、君に合ってるんじゃないかな?今回も小物系のグッズ押し?」
「それで行こうと思っているんですけど、もう一掴み欲しくて。相談させてください」
「いいよー。ええっと……明日の17時から第6会議室が開いてるから、そのタイトル好きな人集めて楽しく話そう。いいアイデア出せるかもね」
「やった!ありがとうございまーす」
もう戻れない生活なのだが、夢にまで仕事を持ってきたのか……。
「こっちの商品POP、何処に貼りましょうか?」
「それは……ここだ。このタイトルは今季注目されそうだからね」
「りょーかいでーす」
「あ、君、その作品ちゃんと読んでおいた方がいいよ?次の担当まだ決まってないし、アピールになると思う」
「ほんとですか!ちょっと整理部に頼んで資料ごと借りてきます!」
「はは、ほどほどにね」
未練は……ある。神のせいでと女々しいが、めまぐるしくもアレはアレで楽しかったのだ。
夢を見た。
元の生活の、何てことない仕事の話だ。あのまま続けていたら……そんな事を思い浮かべる。
35歳独身から何が変わったとも思えないが。
未練はあり、怒りもあるけど……前向きに、生きていこう。
寝起きの頭を覚ます為に井戸で顔を洗い、手ぐしで髪の毛を整える。
ついでに尻尾の簡単な手入れも済ませて身嗜みを一応整える。そして、師匠が起きるまでに本日の朝練ノルマをこなし、朝食の準備を進める。
そう大層な物ではなく、買ってきた白パンと野菜、それにタマゴを炒めたものを付け足して完成だ。
しかし何のタマゴだろう、黒いし。
食生活は日本に居た時と、特に変わらない。
あるものを使い、出来る物を作るのだ。料理人みたいな知識とかないし、調味料の作り方とか知らないしね。
材料も無いだろう日本料理は作れる気がしない。
遠い昔に授業で習ったマヨネーズくらいは作れるだろうか。でも大変だし、時間かかるし無理だな。
準備が終わったのでリーン姉さまを起こしに行く。
前掛けで、濡れた手を拭ってから姉さまの部屋に向かうのだが、これがまたきつい。姉
さまはそれはもう綺麗な方だ。そして……寝るときは薄着一枚なのだ。
エルフと言っても、まぁ思い浮かべる特徴は美貌と耳の形状、あとは体型くらいだろう。
姉さまは一部以外全て揃っている。
背の半ばまである鮮やかなエメラルド色の髪、耳の形状は若干下がり気味で扇情的だ。
そして身長は160センチほどだろう、胸部は……結構ある。そしてどう見ても20歳くらいだ……。
それには理由があるらしい。
エルフ・ドワーフ・獣人は大抵一括りにされる。
そして獣人の一部例外を除き総じて寿命が長く、しかも一定の年齢まで急激に成長した後穏やかに老衰していくそうなのだ。
成長が止まるように見える年齢は個人差があり、姉さまの場合は比較的遅咲きだったのだと言う。
可愛いではなく綺麗なが形容できそうな見た目。
臥位の姿勢で寝ている姉さまを揺さぶる。
「姉さま。リーン姉さま。朝です、起きてください」
「うーん……」
中々にしぶとい。
「姉さま」
「ん……」
いきなりこっちを向いて、私の首に両手を絡めてきた。顔が近い近い!
「ん……なんじゃ、おんしか……チッ」
「は、はい……近いです姉さま」
「ふん、良い所じゃったのぅ。邪魔しおって」
そう仰って離れた姉さま。なんというか自由だな。その黄金比の身体を見てるとどうも顔が熱くなってしまう。
リーン姉さまが訝しむ前になんとか要件を伝え、リビングに戻り朝食の準備を終える。姉さまが入ってきたら食事だ。
朝食後は大抵講義から始まり、昼前後に終える。
王都などにある魔法学院などは、そのまま夕方まで講義がある場合もあるらしい。
魔力量が少ない人は理論と式を目一杯頭に叩き込んで、多い人は魔力線から魔術を行使する工程を身体に成らす。
私は若干後者寄り。
それは実戦で動ける術師にするためだと姉さまは説明して下さった。
と言うか魔法学院とかあるんだ……。
『あんなもん、クズみてぇな講師が威張りちらしとる箱庭よ』
どのような場所か質問した時の姉さまの言である。
昼食は大体外で食べる。
それはリーン邸から街の外へ魔術の練習をしに出る際に、適当な店に入るからだ。リーン姉さまも私も結構な健啖家なのでエンゲル係数はかなり高い。
食後に少しお腹を休めた後は、街の外へ出る。
師事を受け出して7ヶ月近く経ったので、街の門番さんにも顔を覚えられた。
その門番さんに挨拶を交わして外に出る。
街から結構離れても森への距離はかなりあるので、不意に獣が出てくる心配はあまりしていない。傍に姉さまもいるしね。
軽く準備運動をして、何時ものように互いに向かい合う。
途端姉さまが簡易魔術、今回は風の球をいきなり放ってきた。
この世界の魔素には決まった属性がない。魔力に式を与える際に、現象を指定する。
その際に何を為したいかによって変わるのだ。火だったり、水だったり……有名な魔術師一門はその家だけの魔術を持っている事などもざらにあるらしい。
勢いよく迫ってくる風の球。
リーン姉さまの配慮なのか、薄ぼんやりと魔力を纏わせているそれが当たると思った瞬間。私は杖を振って、
『シズナが請う、風を纏う力を、我に』
杖の先に発動させた、同じ風の魔術をぶつけて球を逸らす。
本来はもっと速く飛ばせる所を、私が対応できるギリギリの速さを見極めて放ってくるので、当たった時は油断していたと一発でばれてしまうのだ。
そも強い魔物は魔術を使ってくると学んだ。
野盗や犯罪者の中にも、魔術師がいる場合もある。対魔術訓練は欠かせないらしい。
咄嗟の判断でどんな魔術でどんな魔術に対応できるのか、それを実地で教え込まれていく。
そんな訓練を続け、頃合いを見て私の使える魔法の訓練に入る。
ゲームで使えた魔法の事だ。
何度もリーン姉さまと話したのだが、この魔法はやはり姉さまに使えなかった。
それもそのはずである。キーボードを押すような感覚で、しかもイメージだけで火の球を連続して出したりすることが出来るのだが、これは学問として扱う以前の問題だ。
私自身原理を理解できないのだから、人に教えられるはずもない。
姉さまは魔力の流れから分かるか何度も試したそうなのだが、結論から言うと無理だった。
あまりにも完成されすぎた魔法らしい。綻びが無いので、取っ掛かりが存在しないそうだ。
『詠唱もねぇ。んな魔術人前でほいほい使うんじゃないよ!』
これも姉さんの言である。
詠唱――魔術を使う時のキーである。
この世界の魔術に無詠唱は無い。言霊と言うわけではないが、声帯を震わせ、正しく発言することで魔術は発動する。
頭の中で考えただけで発動するような安易な技術ではないと、質問した時は怒られてしまった。
声帯と身体、そして魔術を行使する思考に慣れればいくらか省略は出来るのだが、無詠唱は今だ誰も為し得ていないと説明される。
この詠唱だが、決まった術式をいくつか選んで言えばいいので結構種類がある。 人によったり、エルフに伝わる物だったり様々だ。
慣れる事が一番大切らしいので今は姉さまの教え通り、エルフに伝わる文章を覚えている最中だったりする。
いつかは妖狐に師事してみるのも面白いかもしれない。
ゲームの魔法は技術ではなくスキルとしての発動なので、それをコントロールする訓練だ。
MMORPGではシステムに沿って、決められたパターン、決まった効果だった魔法だが、現実として使えるようになるとシステムのくびきから解き放たれた。
例えば火の矢。
ゲームでは敵を指定して直線的に当てる、そしてスキルレベルを上げる事によって放てる数と威力を上げる事が出来る魔法だった。
(火の矢)
発動を念じると、私の周りにゲーム時を越えた数の本数が現れ、目標に定めた木人に様々な角度から襲いかかる。
そう、魔力を操って、意のままに矢の軌道を操れるのだ。
この世界の魔術の場合は術式を考え、発言できる文字に無理矢理変換し、声に出して発動するという手順が必要だが、これは念じるだけで良いのだ。
必要な時の為に訓練は惜しむものではないだろう。
リーン姉さまに願ったのは生きるための魔術。これも生きる為には必要だと、リーン姉さまに諭されてもいる。
「今日はここまで。ほれ、帰るよ」
「ありがとう、ございました」
「そろそろ目途が立って来たね。次に進むかも知らんからのぅ。覚悟しちょれよ」
「はい!」
本日の魔法訓練は終了。気怠い身体を引き摺って食材の買い物を済ませる。
リーン邸に戻り、夕食を準備して姉さまと食事を一緒した後、お風呂に入って就寝する。これがほぼ1日の予定だ。
……お風呂。もちろんこの世界に初めからお風呂はある。
技術体系そのものが違うのだ。前の世界での古い時代とは一切別物なのである。
魔術で水は出せるし、火も沸かせる。
魔術が使える人はお風呂に入れるし、そういう事が専門の魔術師もいる。普通は共同浴場が仕事場らしい。
偶に姉さまの背中を流す為に一緒に入ったりするのだが、理性がやばい。女の身体なのに理性がやばいとはいかに。
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