1-08
自分の誕生日のはずなのにボロボロになっていた。何を言ってるのか自分でもよく分からない。
この世界には誕生日を祝う習慣はない。
日常の行事と言えば、歴代陛下の崩御なされた日に国民皆喪に服したり、建国の日に仕事が休みになったりだ。
なので、自分の誕生日をいちいち人に伝える事はまず無い。
そして私ことシズナ11歳の誕生日は例年と違い、魔術師の弟子として過ごすことになっていた。
類いまれなる美貌とお年を召された、リーン姉さまの弟子である。
つい先日弟子入りしたばかりで、誕生日の前日までは座学というか魔術の理論や基礎を教えて頂いていた。
しかしこの日、丁度切りが良いところだった為に実際にこの世界の魔術を見せて貰い、さらに実践形式で相対することになったのだ。
途中までは分かる。だが、実践形式での相対は分からなかった。それについてリーン姉さまは、
『特に痛めつける趣味はないがのぅ。魔術師ってぇのは、避けて動いて遠くを視通して一人前さね。棒っきれみてぇに突っ立ってるだけじゃあ……すぐに死ぬのぅ』
そう仰って、震えながら相対する私に簡易魔術を撃ち込んできた。
もちろん直撃である。
変な力に覚醒して避けるとかありえない。いくら身体能力や数値が高くても、初めての相対では無理だ。
簡易魔術。
それはこの世界の魔術の成り立ちから考えると、当然発生しうる魔術原理だ。
自身に溜めていたり周囲に漂っている力を、なんだかよく分からないものから魔素として認識して、それに式を交えて言語に変換し操る。
それがこの世界の魔術。
技術体系として確立しているのだから、調べられていて当然。
さてこの魔術の式は、厳密に決まっているモノが無い。行使する術の結果は同じでも、使う人によって式に隔たりがあり、それによって効率等が変わってくるのだ。
様は数学と同じで解は決まっているが、立ち寄るルートが違うのだろう。必ずしもそうでない場合も多いらしいが。
つまりは魔術の式部分を敢えて弱めの出力になるようにして、結果の威力や必要魔力等を敢えて落としたのが、簡易魔術なのだ。
原理は簡単だが、この考えに至るまで何百年もかかったらしい。
当たり前に挑んで、当然のようにボロボロにされた私は傷ついた身体を回復魔法で手当された。
この回復魔法は式が決まっているタイプの魔術だと言う。それはそうかもしれない。下手に弄って身体になにかあると怖い。
この魔法の場合は魔力を集めて身体の周り、あるいは患部に魔力を纏わせるよう指定し、その魔力を徐々に回復魔法として変換するといった手順のようだ。
現在私は回復魔力に包まれている。
あれだ、ちょっと気持ちいい……。
そんな事を思いながら、休む時間も勿体ないとリーン姉さまは私をひょいと持ち上げて室内へ連れてゆく。
猫扱いかよ……。
室内に戻った時には何とか身体が動かせるようになっていたので、向かい合って席に着き、そのままリーン姉さまの講義が再開された。
その説明を聞きつつ、私は先日の事を思い返していた。リーン姉さまの強引さを、だ。
「シズを貰うよ。額はこんだけでのぅ」
そう言って孤児院に突然現れたリーン姉さんは、出迎えた神父とシスター数名、そして私の前で金貨をバラバラと机に放りだした。
「ええと……私は当教会で神父を務めさせて頂いております、グレゴルと申します。お名前をお伺いしても?」
「ふん、聞いてねぇのかい。シズ!こぉゆうこたぁしっかり伝えときな!……エルフのマーリーンと言うんじゃが、流れの魔術師と思ってくれて結構」
「魔術師殿ですか……それで、シズナさんを貰うと言うのは?」
「魔術師が人を貰うってぇのは弟子として引き取るって事さね。まあ悪いようにはしねぇよ」
神の家に近いこの場でこの態度である。リーン姉さま凄いな。
「……それは本人の希望ですか?」
「本人が魔術仕込んでくれって言うんじゃから、ワシが貰い受けに来たんさね。何せ時間がないからのぅ」
お姉さまのくつくつと笑う姿は、何度見ても可愛らしい……イイ。
「シズナさん……ええっと、シズナさん、シズナさん?」
「――は、はい!その通りです」
「そうなのですか?そうだとしたら、何故私たちに相談をしなかったのです?」
「え、ええと……はい、相談の件は、申し訳ございません……」
「……まぁ本人が希望していて日々の態度もしっかりしていたので、大丈夫でしょう。けれどいきなり過ぎましたね」
「神父様、本当に申し訳ございません……」
「ふん、話はついたんなら、はえぇとこ行くよ。時間はいつだってぇ限られてんだからのぅ」
その言葉を最後に私はリーン姉さまの御宅に住むことになった。
孤児院の私の部屋は掃除が行き届いており、個人の荷物等はすでにアイテムボックスに仕舞っていたので、部屋の中には家具ぐらいしか残っていないのが幸いだったと言えよう。
「シズ!聞いてんのかい!」
「ひゃいっ!」
ピシャっと杖で肩を叩かれて戻ってきた。あれ?意外に痛くない……。
「ふん、ワシの目の前で呆けるたぁいい度胸さね。あんまり腑抜けてると、喰っちまうよ?」
そう発言するリーン姉さまの目は笑っていない。
「おんしは魔力の量だけはあるからね。体力と傷が回復したら、また外に行くからの」
笑っていないのだ。
「申し訳ございません。集中できておりませんでした」
「初めからそう言いな。さっきの言葉は取り消しじゃ。休憩に入るよ」
「はい。リーン姉さま」
休憩を貰えたので、軽く身体を横たえる為に与えられた部屋に戻ろうする。
その時、講義室の扉の外でヒューマンの気配が近づいてきた。知っている気配だったので警戒はあまりしていない。
「シズねえさんはいらっしゃいますかー」
「これこれ。邪魔しちゃあだめじゃよ」
「う……ごめんなさい。あ!シズねえさん!」
入ってきたのはリンディちゃんを連れ添った魔道具屋のお爺さん。何か用事だろうかと思いながら返事を返す。
「お久しぶりです、お爺様。最近はお伺い出来なくてすみません。こんにちはリンディちゃん」
「良い良い。リーンのばば様っと、あぶねえ!……ちとリーンに見てもらいたい魔道具が見つかったんじゃよ」
「ふん、まずワシに挨拶も無したぁ、いい度胸じゃのぅ」
「ふぉふぉ。ぬかしよる」
お爺さんの失言に杖で答えるリーン姉さま。
2人は連れ立って別の部屋に行かれたので、私は久しぶりにゆっくりとリンディちゃんに向かい合う。
数日前に孤児院をいきなり出てきたから、少し気まずい。
「シズねえさまはもう戻ってこないのですか?」
「そうね……ごめんなさい。たまに戻るくらいになるとは思うけれど」
「ううん、いきなりだったから、びっくりしちゃって……」
あー、ちょっと自己嫌悪だな。自分の事ばかり考えすぎてた。ここ最近魔術の訓練で気が昂ってたし、そろそろ落ち着こう。
「どうして此処が分かったの?」
「しんぷ様にうかがいました。でも、まじゅつしのこーぼーはあぶないから、1人では行っちゃダメっていわれて。シズねえさんがいつも寄ってたまほうのおじいさんなら良いかとおもって……」
「そう、ありがとう。心配してくれて嬉しいわ」
リンディちゃんの腰を片手で引き寄せて、もう片方の手で頭を撫でると、気持ちよさそうに頭を擦りつけてくる。やましいきもちはいっさいない。
「今は休憩中だから、ちょっとお話ししましょうか。家で何か変わった事はあったの?」
「うん!……えっと……あ、8歳になりました!」
「そう、おめでとう。もう大人ね?」
結構な時間話し込んでたのだが、リーン姉さまが突然戻ってきてお開きになってしまう。
「ほれ小娘!これやるけぇ土産でも買ってとっとと戻りな!でないと喰っちまうよ!」
いきなりリンディちゃんの手を取り、金貨を握らせて追い返した。その迫力に私たちは流されるままだ。
「リーン……おめぇ変わっとらんの……まあええじゃろう。娘っ子送るけぇ戻ることにする。じゃあの」
「2度と来るなよ老いぼれめっ」
塩でも撒きそうな勢いで追い返したリーン姉さま。
やっと復活した私はリンディちゃんとお爺さんを孤児院まで送ろうとすると、リーン姉さまに止められる。
「やめとけシズ。んな事より、ほれ座って学べ」
「……どういう事なのでしょう?金貨を小さい子に渡すなんて、狙って欲しいと言っているものなのでは……」
「あの老いぼれがいるんじゃ。めったな事なぞないわ。おんしを行かせるのは時間の無駄じゃけぇの」
「分かりました……それでもあの額は無いのでは?」
「あ……あれじゃ、ちと強引だったかと思うておる」
「はい?」
「察しろや。おんしを強引に連れてきたぁ事じゃ。おんしみたいなガキにも慕ってくれちょるものはおるじゃろうて」
「……何から何まで。ありがとうございます」
察しが悪いと自分でも思っていたが、理解できた。私の我儘の為に気を使って貰っていたのか。頭が下がる。
「じゃあ続きからやるぞい」
「はい!」
結局その日は、夜遅くまで講義を続ける事になった。
「おじいさん、今日はありがとうございました」
「いいんじゃよ。リンディちゃんに誘われて良かった思うんじゃ。1人では行かんからのぉ」
偏屈な魔術師とその弟子の家からの帰り道。
その2人と関わりのあるお爺さんと少女は手を繋ぎながらお店を目指す。
「よかった。でもすごいお金もらっちゃいました……」
「気にせんでええ。貰っとき貰っとき。あのばば様からなら遠慮せんでええ」
「うん……じゃあ、持ってかえって、皆でつかいます」
「ふぉふぉ。良い子じゃ」
お爺さんとリンディちゃん。
2人の影が長く伸びていた。
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