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「で?ワシに何を隠しちょる、シズ」
魔術の師匠として初めて魔術を教わりに来た日の、リーン姉さまの開口一番がコレだ。
「はい、姉さま。何の事でしょうか」
「惚けるなダァホが。ワシに隠し事なんざぁ、100年はえぇ」
100年……。
「ほれ、吐け吐け」
「ええっと……」
手に持った杖で脇腹を突かれる。初めての授業でいきなりピンチになった。
ここはリーン姉さまの御宅である。
何と1年間宿に泊まるのが面倒くさいと言い放ち、全額即金で支払って空き家を購入したそうだ。
場所も商店の集まりに近いので、普段使いに便利そう。
エンスリア教会に近いのはやはり、気を使われたのかもしれない。
ちらっとその事を遠回しに聞いてみたら、「変な事聞くもんじゃねえ!」って怒鳴られた。
その現マーリーン邸の一室で魔術の講義を受ける、はずだったのだ。
だがしかし、流石の年の功なのか、見事にすらすらと自白させられて別の世界の魔法を使える事を話してしまった。
流石に数十年生きた男だったとか、神らしき存在に会った云々とかは話していない。
話しても問題ないのであろうが、そこは言わぬが花である。
しかしなんでだ……普通こういう遣り取りって、もう少し尺を取って、こう……特殊な魔法を目撃されて『あいつ何処から来たんだ。東の果てから来ました。へえ○○からか』とか、こんな感じの応酬があるものじゃないのか……。
もっとこう劇的な出会いの仲間とかに打ち明ける、打ち明けないの葛藤とかさ。
「ガキがナマ言ってんじゃねえよ。とっとと何かやってみぃや」
「は、はい……では、召喚術を」
突然の出来事に困惑しつつ、この世界でも一番使っているスキルを思い浮かべた。
今いる部屋は講義用で少し狭い。なのでシロクロではなく、彼女を呼ぼうと思う。
(召喚……)
机の上に、全長30センチ程度の二足歩行の猫が現れた。
ファンタジーの定番、ケットシーである。
「お呼びですかニャ、王女様」
そう言って着ている白いドレスの裾を摘まんで、腰を落とすカテーシーのポーズを取った。
この子は召喚獣の中でも珍しく、言葉を話せたのだ。
それも日本語だけじゃなくこの世界の言葉を、である。流石何カ国語かを操ると言われるだけはあるね。
「突然呼び出してごめんなさい、タマ。少し付き合って頂けるかしら」
「王女様の頼みとあらば、お安い御用ですニャ」
この子は白い猫だから、タマだ。そして取ってつけたような語尾も含めて小さくて可愛らしい。雌猫だしね。
「ふむ、そいつが別の世界の魔術、そんで住人かの?確かにここらじゃみねぇモンじゃがなぁ」
「えっと……一応そうなります」
リーン姉さまの目が妖しく光る。
「……昨日おんしが言った事は忘れとらんじゃろう、もう一度聞く。何故魔法を学びたいんじゃ。もうすでに、ご大層なもんがつけぇとる」
「はい。それは、この世界では私は異分子に過ぎないと思っているからです」
「ほほぅ、言うに事けぇて自分が特別かと」
「……はい。そういう思いはどこかしらで感じてはおります。ですが、ここで生きる事を決めた時、この力の大半は弊害になるのではないかとも思っています」
「まぁ続けぇや」
「……今私が使える魔法は、多分ですが私1人しか使えない魔法もあります。こちらの世界を巡るに当たり、それらを扱う私は明らかな異分子となるはず……です」
「まあそうやな。全部は見とらんけぇよぉ言えんけんども、何かが違ぇと言われればそうかのぅ」
「そうですね……例えば旅の仲間が窮地に陥った時に咎められず、自由に魔法を使いたい……そんな細かい理由が多々あります」
心配そうに右手に擦り寄って来たタマの顎を撫でる。
それはもう撫で擦る。
「この子はタマと名付けているのですが、この子の力に動物と会話できるという能力があります」
タマは机の上で目を細めてゴロゴロしている。なんという豪胆な性格。
いや撫でてるからなのだが。
「この子がこの街に来る動物……馬や犬などに聞いた限り、タマのように主人と契約する魔物は、そう珍しくないと聞いております」
「うむ。先の様にいきなり出す事は、まぁワシの知っている魔術には無いがの」
「……はい。私は前の世界で、この子達と一緒に暮らしていました。ですからこの世界でも皆と一緒に、この世界にあるがまま、理に沿って生きたいから、ですから……」
タマはついに寝だした。
そうだね、日当たり良いしね。この部屋。
「私に、魔術をお教え頂けないでしょうか」
改めて、リーン姉さまを前に頭を下げる。
「ふむ……」
ゆっくりと背もたれに身体を預け、リーン姉さまが思案するような姿勢を取る。
「……昨日返事したしのぅ。言を曲げるのは性に合わん」
さらにゆっくりと息を吐きながら、
「それに、じゃ。面白そうじゃけえ放り出すのは元から考えとらん」
「それでは……」
「うむ。おんしがワシに付いて来るなら、教え、鍛えちゃろう」
「リーン姉さま!ありがとうございます!」
「まあ、まだまだ先が長い人生なんじゃ、ワシは。こんなおもしれぇ事見逃せるかよ」
「……は、はぁ」
娯楽かよ!
「何にせよ、今のおんしを見ちょると、遠からずワシみてぇな暇な奴を探り当てたじゃろうて。それがワシで良かった。取られずに済んだしのぅ」
玩具かよ!
「おんしは眼が正直じゃの。言ぃてぇ事は分かるがこれも玩具の天命と思ぉて、はえぇとこ諦めな」
バレてる!
「別の世界なんぞ、まだ全部信じちょらん。まずはそれをワシに認めさせてみぃ。魔術の形体から何か分かるじゃろうて。そこからじゃ」
リーン姉さまはまた、くつくつと可愛らしく笑った。そしてその日は私の覚えている、この場で出せる魔法の確認から始める事になる。
これが意外にも長く続く、リーン姉さまとの縁の幕開けだったのだ。
「さいきん、シズねえさん、が、よく、いなく、なります!」
「うん。何処行ってるんだろうねー」
エンスリア教会付きの孤児院。
その裏手にある井戸場付近で2人のヒューマン、リンディとクリシアが話し込んでいた。
年は少し離れているが、シズナを特に慕っている2人は、よく一緒になることが多い。それも手伝って、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
リンディが息を切らせて井戸から水を汲み上げると、手際よく手桶に移し替える。
その作業を何度か繰り返して、クリシアに交代する。井戸の汲み上げは女の子の仕事なのだから。
「シスターも、何も、言ってない、し。どころか、積極的に、外に出してるよ、ね!アレ……ふぅ」
「はぁはぁ……シズねえさんも、もうすぐそついんされるのでしょうか」
リンディはその時の事を思い、少し気落ちしながらも息を整える。まだ水汲みの交代があるからだ。
「はぁー。そうだねぇ、そろそろだね。でも姉さん危なっかしいし、心配だなぁ」
「はい……」
ここに居ない、ちょっと抜けてる時もある優しい妖狐の姉貴分を思い浮かべ、揃って笑う。
「お2人とも、神はいつも我らを見てらっしゃいますよ。怠けず、忘れず、励みなさい」
暫く2人で笑い合っていると、シスタークラリッサがいつの間にかやって来ていてちょこっとお叱りを受けてしまった。
「はい、ごめんなさい」
揃ってきちんと謝ると、「宜しい」とにっこり笑って彼女は去って行かれる。
「さぼっちゃダメだね」
「ですね」
シズ姉さんの事は心配だが、自分の事はしっかりやろう。2人はしっかり反省して、自分の仕事に戻っていった。
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