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07. 気管切開

 気管切開【きかん-せっかい】 ――医療措置の手法


 気管とその上部の皮膚を切開し、その部分から気管にカニューレを挿入する気道確保方法。


 【施術該当条件】

 ・気管挿管が長期にわたっている場合

 ・気道確保が必要な症例で気管挿管ができない場合


 【リスク】

 ・感染

 気管が外部と露出しているため、感染のリスクも高くなる。

 対応>>ガーゼの交換時は感染が起こらないよう清潔な状態で行う。

 ・気道分泌の増加

 気管を刺激するため、分泌物が多量となる。

 対応>>定期的に吸引して閉塞を防ぐ。

 ・発声不可能

 その手法から、声帯に気流が流れない為。

 現在では、解決策としてスピーキングカニューレが用いられることがある。




 一.


 俊之の取った段取りで、事態が急転した。

 彼は義母に、かつてこの難波医大で教授を勤めており、現在では惜しまれつつも引退された開業医への、義父の現状の報告と相談を持ちかけるように打診していた。

 入院して三日目で衰弱し切り、その後五日も放置された義父の執刀医は、鶴の一声で即決した。私は、そう思っている。でなければ、いきなりこんな厚遇に変わるなんて、有り得ない。

 厚遇――それは、執刀医が即決しただけではなく。

 満床で外科病棟にさえ移せないと言われていたのに、俊之が浜田医師と話をした二日後には外科病棟のナースステーション隣の部屋に入る事が出来た。

 執刀医は、こちらの意向を汲んでくれたのか、はたまた私には判らない“通例”に準じたのか、希望通り井上医師と、術後の管理を受け持ってくださるとの事で、藤井医師が紹介された。

 その時は当事者でいた為か我欲に負けて諸手を挙げて厚遇を喜んでいたが、今思うと、そんな当時の自分のエゴイスティックな喜びが浅ましく見えて恥ずかしくなる。


 段取りはついたが、現状はとてもではないが大動脈瘤のオペが不可能なので、まずは肺の機能低下による酸素不足を補う為に、気管切開措置の承諾を戴きたい、との事だった。

「きかんせっかい? というのは、何でしょうか?」

 井上医師は、ノートに図を書いて丁寧に説明をして下さった。その図を見て、素朴な疑問が浮かぶ。

「喉に穴を開けたら……空気が漏れますよね? 義父と会話は出来るんですか?」

「声帯の部分に当たるので、会話は不可能となります、ただ」

 意識があると混乱して暴れるので、鎮静剤を投与していますから、殆ど眠り続けているわけですし、あまり問題は無いかと思いますが、と言われた。カニューレを外せば、また会話は可能だ、とも。

 私は、忘れない。そう語る井上医師の傍らで、まるで

『何を初歩的な事を聞いているんだ』

『どっちにしても喋れないでしょう』

 とでも言うかの様に、少しだけ両の唇の端が上がった医師が居たことを。

 ノートに書かれた図をコピーさせて貰い、事実の欄に

『藤井医師、質問を聞いて微笑』

 と自分のノートにメモをした。




 二.


 取り敢えず俊之の携帯電話に、“気道確保の為、気管切開必要となりました。同意書サイン宜しくとの事”とだけメールを送った。

 その晩も日付が変わってから彼は帰宅したが、これまでの様にストレス発散に、とオンラインゲームに走るでもなく、数枚のプリントした用紙を私に渡した。

「調べられるだけ調べてみた。年いってるから、無駄に切らせて体力無くさせたくない、って思っていたけど、しょうがないって判断したわ」

 そう言って見せたプリントは、肺炎の際に必要な措置と、気管切開によるリスクとメリットに関する資料だった。“長期間”の目安が判らないのではあるが、少なくても私達にとっては長い時間、と思っていた。その時間の殆どを、気管挿管によって酸素を供給している状態。それはそれで、義父には苦痛だっただろう。

 医師からの説明ではなく、自分達でネットという文明の利器を使う事で、ようやく気管切開の必要性を納得する事が出来た私達だった。

「どうして此処まできちんとした説明を、私が『気管切開って何ですか?』って聞いた時に説明してくれないのかしら、病院は。藤井先生は鼻で笑うし……私が低レベルな事を聞いている、無知ってだけ? 健康で病院慣れしていないのが悪いと言われてるみたいで気分悪い事この上なかったわ」

「解らないでもないけどな、凪は完璧主義だから余計に不勉強だと馬鹿にされた気分になるんだろうけど。いちいち気にしてたら気が狂うよ。医者は『先生』って言われ慣れてて勘違いしてるヤツも多いからな。要は情報が手に入ればいいんだから、じーちゃんにちゃんと対応してくれてる内は、こっちへの対応の不備は我慢しておいてやろうよ」

 俊之のその言葉で溜飲を下げる私。

 向こうが上から目線で見るんだもの、こっちがそうであってもお互い様よね。

 そう考える事で、ようやくその件への拘りの苛立ちが軽減され、次の話へと気持ちをシフトする事が出来た。

「じゃ、承諾書はサインするって事ね。捺印は私がしておくから、自筆で無いとこればかりは私が代われないから書いて貰えるかしら。私からおばあちゃんに渡しておくわ」

「……承諾書は、病院で書くわ。ちょっと、井上先生と話して来る」

 ばーちゃんには言わなくていいし、凪も一緒に来なくていいよ、と俊之は言った。

 気になる点があるから、サインの前に確認してから直接渡して来る、と言うので、直接主治医に渡したいと言っていたとだけ義母に伝える事の可否を確認し、その晩の報告を終わらせた。

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