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死因、ゴブリンスクラム下半身強打

作者: 青芽野 雫

「待てーっ!」

「はぁ、はぁ! 誰が、はぁっ、待つかっつーの!」


 今、俺は緑の一群に追われている。何に追われているか?……どうせ信じてくれないだろうが、言うだけ言ってみよう。ゴブリンに、だ。

 コブリン。全身緑色の小さい体、長い耳を持ち、体毛は無く、黄色にらんらんと光る目を持っている上に人語を理解し操る。そんな化け物だ。

 地球上にこんな奇妙奇天烈な生物がいるわけない。でも、現状いるのだ。それも大量に。俺を追いかけるゴブリンの数は一体どれくらいだろうか。多過ぎて数えるのも億劫になる。俺以外の人類全員がゴブリンになってしまっているに違いないと確信してしまうくらいにはいるからな。何故、どうしてこんなことになってしまったのだろうか……?



 事の発端は今日の朝。

「こら、もう朝よ起きなさ……え?」

 扉の開く音と共に母の俺を起こす声が聞こえた。が、なぜか途中で話すのをやめた。

「ふわぁー……どうし……え?」

 目を開けると、おかしな点が何カ所も見つかった。立ち上がったら頭こすりそうなくらい天井が低い。ベッドの長さが明らかに足りておらず、尻から下がベッドからはみ出している。極めつけに母がゴブリンになっている。

「母さん、どうしたん……え?」

 父もゴブリンになっていた。

「もう、ふたりともどうし……え?」

 あ、妹も追加で。


「ぬわあああっ!?」 驚きのあまり俺はベッドから跳ね起きた。勢いで天井に激しく頭をぶつける。反動で後頭部を枕にぶつけたまま上を見ると、俺のデコの形に天井に穴が開いているのが見えた。

「きゃあああっ!?」

 驚きのあまり母は直立不動で泡吹いて気絶していた。父は素数をぶつぶつつぶやき始めた。が、半分気絶しているのか、口の端から泡が少し出ていた。叫んだ妹はびっくりして後ろに向かって飛び上がると、後頭部を壁にぶつけて気絶した。口から泡吹いて。

 俺の家族泡吹き過ぎだろ、と一瞬思ったが、俺は迅速な判断で天井を全力で殴り完全にぶち破ると、そこから飛び上がって道路の上に着地した。


 道路には幸い誰もいなかったので、俺は落ち着いて周りを見渡した。街は俺の知っている街と比べて高さだけが低かった。建物は全て約二分の一の高さなのに、道路の横幅は変わっていない。そういえば我が家族はみんな小さかったが横幅は俺と変わらなかった。だからこんな奇妙なサイズの街なんだろう。

「人間が現れたぞーっ! 捕まえろっー!」

 俺が天井ぶち抜いた家から、我に戻った父の叫び声が聞こえる。おいおい、我が子を積極的に犯罪者にしてんじゃねーよ、と言おうとしたが思いとどまった。何故ならゴブリンの家族なんて俺はいないわけで、つまりあれは声が同じだけのゴブリンなのだから。

 だが、人間が現れたぞって言ったよな?それってつまり……

「なんだって?」「遂に出やがったか」「あれが聖ゴブリン伝説に出てきたニンゲン……?」

 そんな声と共に、町中からゴブリン達が溢れてきた。全員俺の腰くらいの高さしかない。おいお前らどこに隠れてやがった? やっぱり、この街に人間はいないらしい。あれ、これ結構ピンチなんじゃね……?と思った矢先、

「捕まえろーっ!」

 と、町中の皆さんが大合唱を始めなさった。老若男女(見た目は同じなので声から判断)問わず叫ぶその声は、ただただうるさい。だから耳を塞いで俺は叫んだ。

「あーっ、うるせーっ!!」

 直後、みんな泡を吹いて気絶した。……ゴブリンになったら気絶しやすい体質になるのかもしれない。みんな生粋のリアクション芸人である。全員気絶しているこの状況に甘えて、俺は街を散策することにした。


 街の中、そこには高さだけが違ういつもの光景が広がっていた。あ、ちなみにゴブリンと出会う度に叫んで気絶させた。中には俺を見ただけで気絶する奴もいたが。

 コンビニがあったので走って近づき天井をぶん殴って吹き飛ばすと、店内みんな気絶した。今気づいたのだが、俺は恐ろしい怪力になっているようだ。確かに家で天井頭突きしたら壊れたしな。しかも痛くないし。雑誌の欄からファッション雑誌を取り、中身を見る。大きさが小さいせいで見にくい。だが、気づいたことが一つある。載っている服が俺の昨日までの世界の流行と一緒だということだ。モデルは全部ゴブリンだが。ちなみに全員ハゲだが。


 そんなことをしていると、遠くから気絶していたはずのゴブリン達がやってきているのが見えた。

「やっべ、早く逃げないと」

 雑誌をもとの欄に戻し、一目散に俺は街の中へ逃げていった。




 回想終了。

 OK、じゃあ現状を振り返ってみよう。今いるのは周りを高層ビルが囲む交差路。四方八方から緑の波が押し寄せてきている。ここはひとつ叫んでみよう。

「止まれーっ!」

 止まらない。奴ら……げっ、よく見たら耳栓をつけてやがる。学習しやがって! 聴覚に訴えかけられないなら視覚に訴えかけるのみだ。

 俺の家族似の声を出すゴブリンのことから、俺が姿を見せずに叫んでも街の奴らは気絶しなかっただろうと推測できる。そして、ゴブリン達の気絶ぶりを考えるに、あいつらが気絶したときに思ってたことは、

「人間である俺が何かをした、だから次はきっと何か大変なことが起きるに違いない。そう例えばあんなことやこんなこと……こ、怖いよぉー! ブクブク」

とまあこんなんだろう。つまり、俺が奴らの想像力をかき立てるようなインパクトあることをすれば、勝手に解釈して気絶してくれる訳だ。 だが、視覚にインパクトを与えられる何かなど俺は持っていない。仮に俺が恐ろしい顔をして相手を睨んだとしても、俺の顔は一方にしかついていないのだから、四方のうち一方だけしか気絶させることが出来ないだろう。すると残り三方向に突進されて終わり、だ。

 つまり、四方全員が一斉に見ることのできる、インパクトのある何かを俺はしなければならない。と、そこで俺は閃いた。こんなところで急にされたら、一体なんだこいつ!? と思わせることが出来て、しかも四方から見てもどこも同じに見える俺の唯一の特技を。さあ……いくぜっ!

「見よ! この美しき三点倒立!」 四方全てで、前にいるゴブリン達が泡吹いて倒れた。当然だ。俺は地面に頭突きしたまま刺さったように見えたろうからな。そんな石頭に勝てるわけが無いと、そんな思いで気絶したのだろう。だが後ろのゴブリン達は前の仲間が倒れるのを見て、聴覚だけでなく視覚まで危ないと瞬時に判断し、目をつぶって突進してきた。気絶した仲間の背を踏んで踏んで踏みまくって。お前らに思いやりの心はないのか?! と言おうとしたが、この元凶を作ったのは俺だということに気づいてやめた。

「打つ手なし……か」

 俺は潔く諦めることにした。三点倒立をやめて二本足で立ち、両手を上げて降参のポーズを取る。これで命くらいは助かるだろうと思っていたのだが、……ゴブリン全員が目を閉じていることを忘れていた。衝突まであと五秒という危機的状況に陥って初めて気づくこの事実。

 あと四秒。奴らが目を閉じている理由が俺の三点倒立のせいだということに気づく。まったく、俺の三点倒立は芸術的過ぎるな。

 あと三秒。俺がそういえば超絶な怪力であるのだということに気づき、右足を真上に振り上げる。ここら一体陥没させて、文字通りこいつらに一泡吹かせてやるぜ……

 あと二秒。右足を地面に向けて全力で踵落としをしたところ、くるぶしまでコンクリに埋まってしまった。自分は全身凶器なのだということに今更気づく。これアピールしてもっとゴブリン達に泡吹かせたかったなぁ……

 あと一秒。右足を抜いて目を閉じる。自分はもう助からないということに気づいたからな。死因、ゴブリンスクラム下半身強打、か……あ、想像したら内股になってしまった。内股が死ぬときの姿勢になるのは嫌だが、仕方なかろう。男の防衛本能に任せた姿勢のまま、俺は最後を迎えた。


 衝撃。暗転。





「朝だよ、兄ちゃん!おはよー」

 妹の声が聞こえる。え、朝……? あれは夢だったのか? 目を開けて天井を見るといつもと同じ高さだった。ベッドもいつもと同じ感触。次に妹を見る。

「どうしたの?」 変わらずいつもの妹だった。俺は安堵の溜め息をつき、妹に奇妙な夢の内容を話す。

「いや、ちょっと嫌な夢を見てさ」

「え? どういう夢?」




「俺がニンゲンとかいう変な生き物になって街のみんなに追われる夢さ」

 勢いで執筆。いや、実に楽しかった。

 読者の皆さんにも楽しんで読んでいただけたら幸いです。



 読了、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル見て「なんじゃそりゃ!?」って思いました。いい意味で目を引くタイトルだと思います。
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