どらごんすれいやー
「そうなんだー、すごいねー」
祥子は一般人ならすんなり納得できないだろう今の状況に何ら疑問を抱くことなく受け止めているようだ。
やはりここに来たのは正解だったな。少し甘い言葉をかけておいてやろう。
「ああ、今頼れるのが君しかいなくてね……後でいっぱい愛してあげるからしばらくここに居させてくれない?」
ほとんどホストまがいの色仕掛けをサディーの姿ですると……倒錯的な何かを感じたらしく、祥子はうっとりとしている。
チョロイな。
私がそんなことを思っていると
ポン
と両手を胸の前で合わせた祥子が思い出したように言った。
……どうでもいいが揺れるメロンがすばらしい。危険物だから後でじっくり調べよう。
「ダーリン、祥子のお願いも聞いてくれる?」
「ん、言ってごらん?」
面倒だと思いながらも完全に笑顔で答える私。
「ありがとー、じゃあ、ちょっと外に来てー」
マンションの廊下に出ると祥子は腕を絡ませてくる。腕が胸にめり込んで、祥子の心臓のドキドキ音が伝わってくる。……これは危険物としか言えないだろう。改めて後でよく見る必要がありそうだ。
マンションの廊下とは狭くて薄暗いものだが、ここの廊下は大理石の床、照明もなんだかシャンデリアのような凝ったものが付いていて、とても広い。ちなみに祥子の部屋は億単位の値段がするらしい。
曲がり角まで歩くと、証拠は壁にはりつくようにしながらそーっと除きこむ。
「あ~ん、やっぱりまだいるー!!ダーリン、あの生き物どっか追っ払ってー!!」
私もそっと覗き込んで絶句する。
そこにはどう考えても居てはいけない生き物がいた。
バルも私の頭の上に乗って覗き込む……こいつまた調子こいてるな。後でしめよう。
「どうみてもドラゴンだろ」
「……うん」
私が聞くとバルが認めた。
通路の奥にはワゴン車くらいはありそうなドラゴンが寝ていた。
幸いこちらには気づいていないようだが、パッと見、体長6m、尻尾までいれたら9mくらいか……、大きく硬そうな鱗は金属光沢を放つ青、羽は折りたたまれているが広げたときの迫力は相当なものだろう。 長い角は刃のようにも見える。何より牙と裂けた口が凶悪だ。
「あれって魔王候補か?」
覗き込むのをやめてバルに聞いてみる。
「魔界の猛獣だけど、候補じゃないね。魔族と魔獣は人と動物みたいな関係だよ」
人と動物……普通に真っ向勝負したら勝ち目がなさそうなフレーズに嫌な予感を覚える。
「とりあえず、あれって倒せそうか?」
「たぶん」
……どうしてあんなのがここにいるのかは謎だが、先制攻撃で倒すしかないな。
さすがにあんなのが暴れだしたらどうにかする自信はない。
「祥子、危なそうだから部屋の中にいてくれる?」
「はーい、ダーリンよろしくねー」
のん気に言ってくれる。
祥子が部屋に戻ったのを見届けて私はドラゴンに近寄ってみた。
「とりあえず、内臓破裂ぱーんち」
やる気の無いパンチだが、このスキルは触れれば発動する。
ドラゴンにも効果はあったらしい。
GAOOOOOOOOOOOOOOO!!
ほとんど怪獣映画の叫び声をあげてこちらを滅茶苦茶にらんでいる。
……効いたけど戦闘続行可能らしい。
尻尾がバシバシとのたうつ度に大理石の床がひび割れ、シャンデリアが破片になる。
明らかに食らったら人間は肉になるだろうが、サディーに変身してるせいか大丈夫な気がした。
鞭の動きで∞の軌跡を描く尻尾の連撃が私の回りを破壊していく。
私は全て見て回避している。傍から見るとダンスでも踊っているように見えるだろう。ステップと体裁きで全て避ける私にドラゴンは怒りを溜め込んでいるようだ。
遂にドラゴンが本気になったらしい。ステップで避けてるうちに距離が開いてしまったのは失敗だった。
ドラゴンが口をあけると何かを発射しようとしているようだった。
「ブレスか!?」
ドラゴンブレス、ゲームとかでおなじみの強力な攻撃だ。レーザーや火炎放射器のようなものから冷凍光線や毒とバリエーションも多い。鱗が青だからレーザーと冷凍光線が来そうだ。
べちょ
しかし良そうに反して飛んできたものは痰のようなものだった。
近くに着弾すると
ブシュウウウウウ!
……どうやら一種の溶解液らしい。大理石の床に30センチくらいの穴が開いている。
GAOOOOOOOOOOOOOO!!
吼えると同時にべちょべちょ弾を撃ってくるドラゴン。
そこまで速い攻撃ではないが、一発が髪をかすると焦げる匂いがした。
ちなみに普段の私の髪は短いが、サディーになると腰まで伸びた長い後ろ髪を一本に束ねてある。魔王とやらの趣味も筋金入りだ。元の私の容姿を一切反映させることなく、とことん趣味の姿に変身させているらしい。
「あれ食らったらサディーの状態でもやばそうだな」
バルもうなずいている。
ベチョベチョベチョベチョ!!
次の瞬間何発ものべちょべちょ弾が飛んでくる。ひたすら避ける!
しかし視界を覆うほどにべちょべちょ弾は増える!
「一回逃げるぞ!」
踵を返して全力疾走する私。
サディーの脚力は仮面ライダー並みにあるようだ。瞬時に曲がり角まで到達。そこからエレベーターホールまでひたすらダッシュした。背後で大理石が溶ける嫌な音が連続して起こる。
「サディちゃんパンツ見えてるよー!」
バルがのん気なことを言っているが
「あほか!それどころじゃないだろう!?」
サディのコスチュームはミニスカートだった。それもかなりの超ミニ。脚はハイニーソックスで露出自体はさほどでもないのだが、かなりきわどい。正直スカスカして居心地が悪いが、居心地を感じるべきバベルの塔は今は無いのが救いだった。
「魔法少女に恥じらいは必要だと思う!」
また思考を読んだのか、それとも今のあられもない格好についてなのかバルが抗議してくるが無視。
エレベーターホールまで駆け込んだ私は、鉄扉を閉じ、べちょべちょ弾の盾にする。
直後に重い着弾音。
一瞬で鉄扉がチーズのように穴だらけになる。
だが私の狙いは防御ではない。鉄扉のすぐ横のスペースに身を縮こまらせて隠れる。
やりすごすことが狙いなのではない、奴が近づいたところを不意打ちすることにしたのだ。どうやらあのべちょべちょ弾は撃ち始めるまでに少しタイムラグがあるらしい。避けながら音を聞いて気付いたことだが、予想が正しければインファイトは苦手な攻撃なはずだ。最初に連撃で倒しておけばよかった……。
どすどすと足音を響かせながらドラゴンが近づいてくる。
鉄扉の先に頭が出た瞬間
「必殺、脳髄押し出し!」
横合いの鉄扉の収納スペースから飛び出した私がバレーボールのトスの要領でドラゴンの下顎を押し上げ
ボチュン!
水音と共にドラゴンの脳髄が飛び散ったのだった。
自分でやっといてなんだが、このスキル危なすぎる。
絶命したドラゴンが床に倒れ伏すと、魔方陣が生まれ、紫の閃光が魔方陣をサーキットのように加速すると、ドラゴンの死体は消えていた。
「今の魔法か?」
バルにたずねる。どう見ても魔法っぽい。と言うより私のスキルって魔法じゃないだろ……。
「うん、召喚魔法で呼んだドラゴンだったみたいだね。俺も使えるよ!」
バルが空間に魔方陣を出すと
Pon!
クラッカーのような音と共に羽の生えた目玉が召喚された。バルが30センチもないくらい、目玉はこうもりの体を目玉に入れ替えたくらい。
「チーチー♪」
目玉は鳴くとバルから何か用事をもらったらしく、飛んでいった。
「何したの?」
「探索に出した。俺とファング以外の誰かがこの近くにいるはずだから」
今のが召喚魔法だというなら、召喚した奴がいるのだろう。まだ戦いは終わらない。