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七週記念 彼女


5時の放送が流れて

クロを抱いて帰る。

彼女に、ように名前が

決まったことを言おうと

アパートに誘ったが

彼女は優しく断った。

「私が決めたわけじゃ

ないよ」

僕に抱かれたクロに

顔を近づけて

「あなたの小説が

クロにしようって、

そううったえてたから」

そうよね、とクロの

頭を撫でる。緑色の

瞳をとじて、それに

こたえるようにのどを

クルクルとならす。

「じゃあね、また来週」



「クロ!!クロだよ!!!

クロだね!!!ピッタリだよ!!!!」

ようが小説を

読み終えた直後に

そう叫んだ。

「お兄ちゃん!!!

凄い!ぴったりだよ」

「クロって言ったのは

お姉ちゃんだよ。

お兄ちゃんじゃない」

と訂正すると

彼女と同じように

「お兄ちゃんだよ!!

お兄ちゃんがこの本を

描かなかったら

違うぴったりじゃない

名前だったんだよ!!

ね~、クロ」

膝に乗っているクロに

話しかけた。

クロはくあ~と

あくびをした。

「いい名前だね。

小説もなかなかの

ものだったよ。

最後は感動して

涙がでたよ」

大家さんが絶賛した。

「僕も僕も!!」

ようがバタバタするので

クロは機嫌をそこねて

僕の膝に移動した。

「あぁ!クロっ!

なんで行っちゃうの?」

「よう君が

バタバタするから

怒っちゃったんだね~」

笑いながら大家さんが

言った。

「ごめんね、クロ」

ようがクロを見て

謝ったがクロは

そっぽをむいて

尻尾を緩やかに

ふった。


一週間、クロと

生活したが飽きなかった。


課題に飽きては

クロにかまった。

見えなくなりかけた目は

問題ないようだった。

ねこじゃらしを

クロの目の前で

チョコチョコと

動かすとしばらくは

じっと目で追っている。

我慢しきれなくなると

ぱっと飛びかかり、

ねこじゃらしに

ねこパンチを炸裂させる。

その姿はさすが、

百獣の王ライオンと

仲間であることを

思わせる俊敏な動きだった。


昼には一人と一匹、

ゆったりとひなたで

ひなたぼっこをした。

午後には公園まで

クロを抱いていき

散歩をして、次の小説の

アイデアを練っていた。

クロの小説を描いて以来

コツをつかんだのか、

様々な小説が

僕の脳内から

産み出されていくのが

わかった。

日常のある一点から

アイデアが産まれ、

小説を自らがつくって

いくその工程は

とても楽しく

面白かった。

次はどの小説を

描こうと悩むのも

楽しかった。

公園を歩きながら、

前をいくクロに

「次はどういうのが

いいかな~?」

と声をかける。

クロは一度こっちを

振り返るがすぐに

自分の前を見る。

クロに犬のように

リードをつけなくても

僕から一定の距離

離れるとはたと

立ち止まって僕を

確認するように見る。

僕が近づくとまた

一人でに、いや

一匹でにフラフラと

気ままに歩いていく。

公園を散歩する犬と

出くわす。犬は吠えるが

クロは物怖じせずに

ちらりと犬をみて、

何事もなかったように

つんと歩いていく。


こうして公園を

歩いているとき

時々、クロは

僕以外の何かを

確認するように

周りをキョロキョロと

見回したり、木の幹や

土、落ち葉、雑草の

匂いを嗅いでいた。

何を探しているかは

なんとなくわかったが

探しものは一度も

見当たらなかった。



日曜日の昼 、

次の小説の最後を

描き終えた僕は

ふーと満足感が

つまった息を吐いた。

すると、大家さんが「お昼食べた?」と

ドア越しに聞いてきた。

「まだです~!」

「ならいらっしゃい」

「わかりました!

今行きます!!」

大家さんの部屋に行く。

「ありがとうございます」

「いえいえ。

なんか嬉しいことでも

あった?」

「いえ、新しい小説が

描き終わっただけです」

「じゃあ、帰ってきたら

読ませてちょうだい。

私も楽しみにしてるから」

「分かりました」

「僕にも読ませてね」

「ハイハイ」

そう言って僕は

立ち上がり

自分の部屋に

原稿用紙をとりに

行った。机から

原稿用紙をとる。

公園に行こうと

部屋を出て鍵をしめた。

一歩踏み出した瞬間、

部屋の電話が鳴った。

留守電にいれてくれる

だろうと思い、

無視してアパートから

離れた。


今日はひときわ

暑かった。

35℃以上だ。

公園までの道のりで

シャツが水をかぶったようにびしょびしょになった。

いつも午前中の

早い時間に公園に行く

クロは外に出るのを

嫌がり、ついてこなかった。

道行く人も

前屈みになり、

だるそうにしていた。

元気なのは太陽だけで

動物も植物もやけに

しおれていた。

奥の池のベンチには

珍しく誰もいなかった。

いつもならこの時間には

彼女が座っている。

だが、人影はどこにも

見当たらない。

僕はとりあえず

ベンチに座って待つ。

新作に誤字脱字がないか

注意深く読み始めた。

どうしてか、

ソワソワしてしまう。

読むのに集中できず、

半分ぐらいで

やめてしまった。

やめてもやることがなく

余計ソワソワした。

遠くにある大きな時計を

目を細めて見てみる。

もう2時30分に

なるところだった。

いつもの彼女なら

1時間遅刻だな、

と考えた。

暑いから今日は

来ないかもと

思い始めたのは

その15分後の

2時45分だった。

もうすぐで3時になる

というところで

人影が一つ現れた。

遠くてまだ彼女か、

どうかははっきりは

しなかったが人間では

あった。

黒っぽい姿だ。

近づくにつれて

彼女ではないと

気がついた。

見ているだけで

こっちが暑くなるほど

スーツに身をつつんだ

男性だった。

きちんと身だしなみを

しているところは

夏とは思えないほどであった。

「ここにいたのか。

大家さんから

聞いたぞ」

「親父…

見てて暑いな」

「そこまで

暑くない」

「いや、親父じゃなくて

俺が暑いの」

「そうか、すまないな。

だけどこれは意外と

涼しい。なにしろ

新素材を」「いや、その話をしに

今日は来たの?」

「無論、違う」

「じゃあ、なんで

わざわざ来たの?」

「それは…お楽しみだ」

親父はニカっと笑った。

「行くぞ」

というなり俺の腕を

つかんで引きずった。

「ちょちょちょ!!!

待て待て待て!

誰も逃げないから

引きずるなぁ~」

「まあ、はしゃぐな!

ハハハハハハ」

「はしゃいでない!!」

つかんでいた手を

強引に振りほどいた。

「むぅ~、久々の

親子の再開で

照れているのか?

そうだ!!俺の胸に

飛び込んでこいっ☆!!」

「誰が飛び込むか!!」

「よう君は喜んできた!

お前も!さあ、こい!!」

両手を広げて

スタンバイしている

親父にため息をついた。

ようが猪のように

親父に突進、

親父が軽く受け止めて、

ようの両手をもち、

楽しげにクルクル

回っているのが

簡単に想像できた。

「ハハハハハハ」と

笑いながら…

「仕方ない。今日は

無理か…また今度に

するか」

(だからいつでも

やりません)

と心の中で叫んだ。

親父は博物館の駐車場に

歩みを進めた。

白い軽自動車のドアを

開けて親父は乗り込んだ。

僕も助手席に

乗り込んだ。

「車、かえたの?」

「いや、車検に

出している」

「そうか…」

親父がエンジンを

かけた。

「シートベルトしたか?」

僕のシートベルトを

確認して車は発進した。

行き先は…

お楽しみらしいが、

だいたいは分かっている

実家とは車でも

かなり遠い。

わざわざ親父が

アパートまで出向くのは

そうとうなことだ。

お楽しみも何もないが

僕は助手席の窓から

外を眺めて虚無感に

浸っていた。

親父が運転しながら

「いつもあそこで

読書しているのか?」

「学校の課題はどうだ?

ちゃんとやってるか?」

「最近、仕事でな~…」

と話しかけてくるが

僕は「うん」「まあ」「そう」

と曖昧な返事しか

しなかった。

親父は仕方なさそうに

僕をみて悲しげに

微笑んだ。

「ごめんな」

本当に小さな声で

そう言うように

聞こえた。

僕は僕自身と

向き合うのに

精一杯だった。


二時間の道のりを

終えると僕達は

やけに白い建物の前で

止まった。

赤い十字が妙に

不気味だった。

親父の一歩半あとに

ついて歩いた。

ガラスの自動ドアを

通って薄暗い受付に

挨拶しに行って

二人で名前を書いた。

「三階の322号室です」

若い受付の女性が

場所に似合わない

明るい声でそう言った。

エレベーターに乗る。

照明はぼやがかかった

ように薄暗く僕達を

照らした。

二階で50代後半の

女性が慌てたように

乗り込んできた。

「何階ですか?」

親父が聞くと

「あ、三階です」

有難う御座いますと

女性はつぶやいた。

ゆっくりと上に上がると

奇妙な浮遊感が

僕達をなでた。

エレベーターは

三階を少し通り過ぎた後

下に修正して

重々しく扉を開けた。

三人が同時に

エレベーターから

降りた。

「じゃ、これで」

女性は左の廊下へと

進んだ。

親父は正面の壁の

案内図をみて目的の

部屋番号を探した。

「右だな」

僕達は右に進んだ。

廊下は全て白いが

夕日が窓から入りこみ、

紅く染まっている。

音はなく静かだ。

時折、看護士が

靴で固く乾いた音を

たてる以外はしんとして

落ち着いている。

特有の消毒液と

何かが腐ったような

匂いが混じり、

僕の鼻についた。

匂いにより

落ち着いている雰囲気、

静かな沈黙は

重圧を帯びる。

それだけではない。

この建物自体も

そんな圧迫要因を

持っている。

僕はこの重圧が

大嫌いだ。

同じ地球にあるのに

この場所、こういう場所は

重力が二倍になった

みたいに身体が

重苦しい。

そこにいた、存在した

何かが違うものとなり、

「おいてかないで」

「忘れないで」

「身体…」

というかのように

まとわりついてくる。

僕は気持ち悪くなった。

しかし、吐き気を

我慢して親父に

ついていった。

行かなければ。


「ここだな」

親父が軽くノックすると

扉を開けた。

大部屋の病室。

ベッドは6つあったが

1つ以外は全部

空だった。

窓際の一番奥の

ベッドだけは

カーテンで

見えないように

なっていた。

親父が奥へと進み、

カーテンを開ける。

窓から風が入る。

夕日に染められた

白いカーテンは

風に揺れて

優しく光った。

温かい異世界の境界線。

ただし、一方通行で

あっちの世界にいけば、

二度と戻れない。

こちらからいくのは

簡単なのに、

戻ってきた人は

誰もいない。

「あら、あなた」

彼女はそう言った。

「ごめん、寝てた?」

「ううん、窓から

夕日を見てたの。

綺麗でしょ」

にこやかな笑顔で

彼女は親父を見た。

それから僕に気づき、

「そちらの方は?」

「おぉ!!そうだった…」

(親父は一瞬、

悲しい表情を浮かべた)

「前に話しただろ。

昔、近所に住んでて

よく一緒に遊んでた子!

見舞いに来てくれた」彼女は僕の顔を

じっと見たが、

済まなそうな顔をした。

「ごめんなさい。

私覚えてないわ」

「大丈夫ですよ。

小母さんさん、僕は

覚えてますから。

小さいときに

遊んでいただき

有難う御座いました」

僕は彼女にお辞儀をした

「本当に

ごめんなさいね。

お見舞いありがとね」

「いえいえ」

「じゃあ、俺達は

これで帰るな」

「あら、もっと居れば」

「いや、ちょっと

野暮用があってな。

二人でいかないと。

明日も来るからな」

「そう」

彼女は寂しい顔をした。

親父が病室を

出て行こうと

歩き始めた。

僕もついて行こうと

したが、彼女が僕の

手を掴んだ。

「また来てくれる?

昔のこと思い出せなくて

きっかけが欲しいの」

彼女はうつむいた。

「私が、思い出せなくて

あの人に迷惑かけて

ばかりだから…。

早く元に戻りたいの」

悲痛な訴えだった。

僕の感情は大きく

揺れた。

その震えた声は

僕の胸に深々と

突き刺さり、えぐった。

血がほとばしるように

僕を吐き気が襲った。

胃から戻ってくる

自責の念と黒い塊と

激しい吐き気を

我慢して

「また来ます」

と声を振り絞った。

「ありがとう。

絶対にまた来てね」

彼女は僕の小指と

自分の小指をとって

「ゆびきりげんまん」

と笑った。


(僕は覚えてますよ)




病室をあとにした僕達は

駐車場に向かった。

二人は黙ったまま。

エレベーターでは

さっきの女性が

笑顔で乗ったいた。

「何階ですか?」

明るい声で聞かれた。

親父は「一階です」

とだけ答えて

黙った。


駐車場につき、

車に乗り込んだ。

「良くなったの?」

僕は親父に聞いた。

「ああ、多少な」

親父は素っ気なく言った

「少しずつだけど

記憶が戻ってきている。

が、重要な[息子]に

ついては戻らない。

お前には悪いが…

医者がいうには

ショックの原因を

なくすことで安定を

保っているそうだ」

一瞬、間があいた。

「医者がいうには

多分、そこの部分に

ついては戻らないだろう

と言っていた」

「そうか…」

「お前のことは

養子縁組みする

予定の知り合いの子と

して今日紹介した。

医者は会うのは

止めたほうがいいと

言ったが俺が

かなわないからな」

「僕は別にいいけど…

思い出さなくても」

(彼女が壊れて

しまわないのならそれで)

「俺がかなわない!

あいつがお前の記憶を

戻さなきゃ…

息子として接していいか

養子縁組みした息子として接すればいいか、

混乱する!!」

僕は少しおかしかった

ので笑ってしまった。

「何が可笑しいんだ?」

親父は不思議そうな

顔をした。

「だって…どちらも

同じ息子だろ」

「そうだが…」

「同じように

接すればいいよ。

同じ息子なんだから。

母さんには違うように

見えても何年もすれば、

どちらの区別もなくなる

僕が親父の立場なら

そう思うな」

困ったように親父は

「じゃあ立場を

交換してくれ」

二人で一緒に笑った。

が、二人とも心の底からは

笑えなかった。

二人とも目は悲しい色を

していた。

「お前は優しいな。

が、優しすぎる。

俺がもっとしっかり

していれば…」

「それは違うよ…

僕が弱くて

子供だったから…

もっと大人だったら!」

「お前はまだ子供だろ」

親父は真剣な目で

僕を見た。

「子供を守るのが

大人の役目だ。俺は

それが出来なかった。

お前を守れなかった。

悪いのはお前じゃない。

俺だよ。だから

お前は優しすぎる。

たまには人のせいにしても誰もお前を責めないよ」


「親父も優しすぎるよ」

「そうかぁ?」

とぼけた感じで言った。

「そうだよ」

「なら胸に飛び込…」

「それは断る」

また笑った。

親父は

シートベルトをして

「帰るぞ」

帰りは二人とも

黙って考えていた。

二人とも共通したことだ






もちろん、

母さんのことだ






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