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六週記念 黒猫小説


次の日、大家さんに

黒猫のことを話した。

居間のテーブルに

僕と大家さんとようが

座った。

見つけた経緯等を

全て話し終えてから

「一応、里親を

探してみようと

思うんですが…」

「それが一番だねえ。

私もポスターを

作ったり、近所に

猫が欲しい人がいるか

聞いてみるよ」

ようは僕を見て、

眉をひそめた。

テーブルから体の

半分を乗り出して

「里親って猫をどっか

違う人にあげるって

ことだよね?」

「そうだよ」

大家さんが答えた。

ようは次に大家さんを

見ながら

「ここじゃ飼えないの?

僕、猫飼いたい!!!」

「ダメ。ようくんが

飼うんじゃないし、

ここじゃ飼えない

決まりになってるの。

どうせ、すぐ

飽きちゃうでしょ」

どこかで聞いたことが

あるような台詞だった。

大家さんは

有無を言わさないとでも

言うような言い方で

僕が子供ならそこで

折れていただろう。

しかし、ようはそれでも

大家さんに食いついた。

「飽きないよ!!

絶対に飽きない」

「ダメ!!あなたは

世話しないでしょ。

それに飼うのにも

お金がかかるの!!

お金だせる!?」

そう言われると

さすがにようは

シュンとなった。

子供でも分かっている。

自分のお金では

猫は飼えないと。

「でも…でも…」

ようが少しだけ

可哀相に思った。

「あの~…」

「何?」

さっきとはぐるりと

態度を変えて、大家さんは

僕に柔らかくこたえた。

「里親が

見つからなかったときは

僕の部屋で飼っても

よろしいでしょうか?」

この質問は大家さんには

意外だったらしく、

目を丸くして

口が大きく開いた。

「そ、そうね…

う~ん…」

「お兄ちゃんが飼うの?

僕も面倒みるから

おばあちゃん!!

お願い!!」

世界の共通項、

おばあちゃんは

孫に弱い。

ようの潤んだ瞳を

見た大家さんの決意は

揺らいだ。肩も少しばかり

揺れた。ちょっと

黙ったあとに、

一息吐き出すと、

「仕方ない。

飼ってもよろしい。

だけど里親が

見つかったら

ちゃんとあげること。

いいわね」

「やった~」

ようははしゃいで

小躍りしだした。

「すいません」

僕が申し訳なさそうに

言うと

「あなたは悪くないわ。

仕方ないことだもの。

そのかわりちゃんと

世話してあげること。

部屋もきれいに

使うようにしつけること。

わかった?」

「もちろんです」


そのあと、

ようと二人で

飼うためのゲージや

餌を買いに近くのホームセンターに

行った。ようが

「猫って砂に

うんちやおしっこ

するんだね」

まじまじと猫砂を

見つめていた。

「僕達とどっちが

スッキリするんだろう?」

真面目な顔をして

つぶやいたのを見て、

僕はホームセンターで

大爆笑してしまった。



片手に買ったゲージ、

片手に一緒に行きたいと

ついてきたようの

手を握って動物病院に

黒猫を引き取りに

行った。

昼間の動物病院は

すいていて僕達以外に

人はいなかった。

受付をした後、

二人で待合室の

中途半端な硬さの

ソファーに座って

待っていた。

奥から一鳴き、

大型犬らしい声が

聞こえたと思ったら

すぐに診察室から

看護士の人が出てきて

「次のかた~どうぞ」

と招き入れられた。

先日と同じ医者が

座っていた。

「こんには、弟さん?」

と眼鏡を通して

ようを見つめて言った。

住んでいるアパートの

大家さんのお孫さんです

と説明すると

「そうなんだ。でも

雰囲気が似てるから

兄弟だと思ったよ」

あ、そうそうと医者は

診察室の奥に消えた。

2分ほど経つと

黒猫を抱いて現れた。

「ほーら、大分元気に

なったよ。見てご覧」

黒猫を診察台に

優しく置いた。

黒猫はキョロキョロと

周りをみて、自分を

囲んでいる人間を

一人一人不思議そうに

じっと見た。

ようが診察台に

しがみつき、黒猫を

キラキラした目で

見ている。

「触っても平気?」

医者を振り返って

聞くと

「大丈夫だよ。

撫でてあげな」

医者は笑顔でこたえた。

ようがおそるおそる、

猫の小さな頭に

震える小さな手を伸ばす

それに気づいた猫は

自らすり寄って

気持ちよさそうに

のどをならした。

「うわ~…」

感動でそれ以上、

何も言えないようは

猫の首をかいてあげた。

「ほら、抱いてあげな」

「どうやって抱くの?」

医者が両手で猫の腹を

優しくつかみ、

抱いてみせた。

そしてように

「はい」と渡す。

ぎこちなくようが

抱きかかえると

「上手上手」と言って

ようの頭をなでた。

診察室をでるとき、

二人で医者に

お礼を言った。

「また何かあったら

来てね」

と優しく言った。

帰り道、ずっと

ようは猫を抱いて

歩いていた。


僕の部屋に帰り、

黒猫を離すと

猫は自分を取り巻く

新しい状況をさっと

歩いた。すぐに満足げに

僕の膝のうえにのり

うとうととしだした。

かなり人なつっこい。

僕も撫でてみる。

見つけたときは

泥まみれで

汚かったが

洗ってもらったのだろう

毛は綺麗でふわふわ

している。毛艶も良い。

腹もガリガリだったのに

少し肉がついたように

見えた。

「お兄ちゃん、

餌あげないと」

ようはそう言って

ステンレス製の

皿にキャットフードを

カラカラと出した。

僕は同じステンレスの

皿に水を入れて

床に置いた。

何だ?みたいな感じで

猫は寄っていき、

水であることを

確認するとざらざらした

舌で器用に水を

飲み始めた。

ようがその横に

餌をおいてやると

匂いをすんすんと嗅ぎ

おいしそうに食べた。


バイトの帰りに

女将さんが僕の服を

見て、

「なんかいっぱい毛が

ついてるよ」

というので説明をしたら

大将がそれを

聞きつけ、

「ほら、食わせてやれ」

と残った魚を

ビニール袋に少し入れ

分けてくれた。

「名前はなんて

言うんだい?」

大将が聞いてきた。

「まだ決まってないです。

もしかしたら、

欲しいっていう人が

いたときに、余計に

悲しくなりそうで…」

「そうかい。でも、

つけてやったほうが

猫も喜ぶぞ」

「名前、か…」


日曜日。

ようにも大将と

同じように

「お兄ちゃん!

名前どうする」

「ようはなんていう

名前がいいと思う?」

「う~ん…太郎!!

あ、でもタマでも

いいかな」

大家さんはパソコンで

里親募集のポスターを

作っている。

「おばあちゃんは

何がいいと思う?」「何でもいいよ。

ただし可愛い名前に

してやりなさいよ」

「そうだね…

お姉ちゃんなら可愛い

名前つけてくれるかな?」

「そうだね。

今日、会うから

聞いてみるよ。

お姉ちゃんの名前も

聞いてから決めようか」

「うん」

ようは元気に頷いたが

そのあと顔をしかめた。

「そういえば、

お兄ちゃん…

本描いてくれてる?

まだ読んでないよ?」

「あっ…うん。

もう描いてあるよ」

僕は嘘をついた。

完全に記憶から

消えていた。

「公園から帰って

きてから持ってくるよ。

名前考えながら

読もうか」

「それがいいや!!」

「じゃあ、僕は

コイツを連れて

部屋に戻ります。

じゃあ、また来るよ」

大家さんとように

そういって部屋に

戻った。そして、急いで

原稿用紙と向き合った。

そこにするりと

猫が寄ってきて

僕の膝で丸くなった。

脳に電気が走った。

「黒猫…母猫…名前…

これだっ!!!」

僕の脳内には

洪水のように

アイデアが溢れていた。

シャープペンシルは

原稿用紙でじつに

一時間ちかく、止まる

ことなく踊り続けた。



1時30分。

公園の僕の定位置には

早くも彼女がいた。

僕は黒猫と原稿用紙を

抱えてきた。

「あれ、もう大丈夫なの?」

「うん、大分元気に

なったよ。大家さんが

うちで飼うことを

許してくれたんだ」

「そう。よかった」

僕が腰をおろして、

黒猫をはなしてやった。

だけど、黒猫は

地面にすわり、

周りを見渡しただけで

かがみ、身構えてから

体のバネをつかい、

僕の膝に飛び乗った。

そして、あくびひとつを

のこして、うとうと

し始めた。

「もうすっかり

なついてるね」

彼女はクスクスと

笑った。

「そうなんだよ。

警戒心のかけらも

ないんだよ」

苦笑いしていった。

それから手に持っていた

原稿用紙を彼女に

さしだした。

「これ。下手くそだけど

頑張って描いたから

感想ぐらいは言ってね」

「わぁ~、ホントに

描いてくれたんだ!

ありがとう。

早速読ませてね」

原稿用紙の両端を

両手で持ち、彼女は

読み始めた。

僕は黒猫の首を

かいてやりながら

彼女が読む姿を

みていた。

ゆっくりとその瞳が

1文字1文字を

かみしめながら

読み進めいくのが

わかった。

それと同時に

彼女の顔が険しく

なっていくように

見えた。

僕はその表情を見て、

少しハラハラした。

何か悪いことでも、

面白くない話でも、

描いてしまったのかと。






ぼくは猫だ。

毛は黒い。

目はちょっと悪い。

小さいときにお腹が

空きすぎたからだ。

ぼくにはおとうさんも

おかあさんもいない。

というか知らない…


だけどおかあさんに

抱かれたこと、

その温かさは

なんとなくだけど

覚えているんだ。


ぼくは気づいたときから

ひとりぼっち。

みんな、ぼくが近寄ると

毛が黒いから

気味悪がって

逃げていくように

離れていった。


ぼくは寂しかった。

愛されたかった。

必要とされたかった。

ぼくはおかあさんを

探し始めた。

どこにいるかなんて

わからないけど。

愛してくれる

あの温かさを求めて。


「ぼくのおかあさん

知りませんか?」

「ぼくのおかあさん

知りませんか?」

「ぼくのおかあさん

知りませんか?」


かえってくるのは

無言と嫌悪の視線。

ぼくは悲しくて

悲しくて悲しくて…


ひとりぼっちで

何日も何ヶ月も

何年も歩いて歩いて

歩いて…


もう諦めかけたとき、

ひだまりのベンチに

座る白い大人の猫さんが

いました。


ぼくが近寄り、

「ぼくのおかあさん

知りませんか?」

大人の猫さんが

「わたしのこども

知りませんか?

何日も何ヶ月も

何年も歩いて歩いて

歩いて探したの。

見つからなくて。

真っ黒い毛をしているの

だけれど…」

ぼくと大人の猫さんは

じっと見合いました。

「あなた…名前は?」

「分かりません。

おとうさんも

おかあさんも

気づいたら

いませんでしたから」

「そう…」

ぼくたちは

黙ってしまいました。

「ぼくもおかあさんを

探して何日も

何ヶ月も何年も

歩いて歩いて歩いて

きました。

ひとりぼっちで、

とてもとても悲しかった

寂しかった」

そういうとぼくの瞳から

ひとつぶの涙が

こぼれてしまいました。

「頑張ったね」

大人の猫さんは

ぼくを抱いてくれました

それはぼくがずっと

ずっとずーっと

求めていたものでした。

「おかあさん…」

自然とつぶやいていました。




「いい話ね…」

彼女は吐き捨てるように

言った。

彼女は何故だか

苛立ち、苦々しそうに

している。

僕の膝に指差して

「この子がモデル?」

「そうだよ」

「ふーん」

「でさ、コイツまだ

名前がないから

キミに考えて

欲しいんだけど…

何かいい名前ある?」

彼女はうつむき、

彼女自身のつまさきを

じっと見つめたまま、

黙っている。

次に出す言葉を

選んでいるようだった。

僕も一緒に黙って

彼女の言葉を待った。

数分後、

「私、名前つけたくない」

「えっ?」

僕はあっけにとられた。

「正確には

私は名前をつける資格

なんてない。

私が名前をつけると

その子を縛りつけて

しまうから」

よく分からなかった。

彼女はどうして

名前をつけたがらない

理由が分からなかった。

そもそも、彼女に

名前をつける資格が

ないとは思えなかった。

彼女がこの命を

救ったといっても

過言ではないからだ。

彼女は依然として

うつむき、僕や

黒猫を見ようとしない。

「だから、あなたが

名前決めてあげて」

彼女は原稿用紙を

僕と彼女の間の

スペースに置いた。

彼女は原稿用紙の上に

手を置いて動きが

止まった。何か

深くて黒いものの

底に沈んでいく。

原稿用紙を置くときの

音に目覚めたのか、

黒猫は首をもたげて

彼女の沈んだ顔を

じっと見つめた。

「僕は、そういう

センスがないから

決められないよ。

お願いだから

考えてくれ…」

「考えたくないっ!!」

彼女は痛そうに

叫んだ。

黒猫はムクリと

立ち上がり、

原稿用紙の上の

彼女の手に近寄った。

「…」

黒猫は彼女の手を

なめはじめた。

母猫がかみついた

傷のところだった。

彼女は黒猫を見た。

黒猫も彼女を見た。

「ニャ~」

涙がこぼれた。

彼女の頬を

顎をつたい、

こぼれた涙は

黒猫の目尻にとまり、

毛をつたい、原稿用紙の

しみとなった。

「クロ…」

彼女は涙を拭い、

「あなたはクロ…

気味悪がられても

おかあさんが

こどもとわかる

その毛がおかあさんとの

繋がりの証拠なのね…クロ」


彼女が微笑み、

クロを抱きしめた。

嬉しそうにクロも

「ニャ~」とこたえた。




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