四週記念 小説と僕
時は途切れることなく
川のように流れていき、
夏休みの一週間は
すぐに過ぎていった。
気付くと7月はおわり、
だるさを誘う暑い8月が
きていた。
始まったばかりの8月の
暑さがただでさえ
病弱な僕の身体を
更に弱めていった。
食欲があまり湧かない日が
続いていた。
毎日、飲みにくる
ナカオカさんだったが
少しだけ様子が
おかしかった。
飲めるだけ一気に
飲み干して酔っ払う
ナカオカさんだったが
この一週間はちびちびと
なめるように焼酎を
飲んでいた。
豪快さは一切なく、
何か考えごとを
しているようで
中ジョッキが空に
なっていても、そのまま
じ~っと宙を見ていた。
見かねた僕が
「ナカオカさん、
おかわりは?」と
聞いても「あぁ」とか
「うん…」と曖昧な
返事しか返って
来なかった。
女将さんや大将にも
何かあったのか、と
聞いても分からないと
困った顔をしていた。
大将は金曜日の夜に
ナカオカさんの指定席に
座ってナカオカさんに
話し掛けた。
「ナカオカさん、
どうしたんだい?
元気がなさそうな
飲み方してるけど
悩み事かい?」
大将が来たことに
初めて気付いたのか、
少し驚いた顔をして
「あぁ、大将か…
いや、何でもないよ」
と笑って言った。
大将も安心した顔をして
「そうかい、
ならよかった」と
仕事に戻っていった。
ちびちび飲んでいても
飲めるだけ飲んで
酔っ払うから
僕はいつもの仕事を
やはりしなければ
ならなかった。
ナカオカさんは
どんな飲み方でも
潰れるのが分かった。
そうして、日曜日がきた。
僕はいつものように
料理や洗濯などの
家事をこなした。
昼前になると
玄関のチャイムが鳴った。
「お昼ご飯は食べた?」
大家さんがドアから
少し顔をのぞかせて
言った。
「まだ、準備もしてません」
「なら丁度良かった。
あなたの分も作ったから
おいで」
「有難う御座います。
すぐいきます」
「急がなくてもいいよ。
じゃあね」
着替えもしていたので
ドアを開けて
大家さんの背中に
ついていった。
「お兄ちゃんがきたよ。
ご飯食べるから
来なさい」
外でサッカーを
やっていた自分の孫を
呼んだ。ボールを
蹴るのをやめて
片足で立ち、
片足でボールを
止めて大家さんと僕を
確認すると明るい声で
「分かった~」と
手を振っていった。
大家さんの部屋に
入ると唐揚げの
匂いがした。
「今日は唐揚げですか?」
僕が尋ねると大家さんは
笑って言った。
「そうよ。
よく分かったわね。
今日は唐揚げ」
「何かそんな匂いが
しましたから。
僕唐揚げ大好きです。
よく親父が作って
くれました」
大家さんは少しだけ
悲しげな顔をしたが
すぐにいつもの
ニコニコ顔に戻り、
「ようが好きだからね。
今日は少しだけ
頑張って作ったのよ」
後ろからバタンと
扉がしまる音が
聞こえた。
「ばあちゃん!!
今日、唐揚げ!!?」
「そうよ」
「やった~」
廊下を駆け出した
孫の服の後ろ襟をつかみ
「その前に!!
手洗いうがい!!」
「ホイホイ。
お兄ちゃんもだよ」
僕の顔を見上げて言った
「ホイホイ」
僕がそう応じると
大家さんの手から
抜け出して洗面所に
いった。僕はあとを
ついていった。
手洗いうがいを終えて
居間に行くと
テーブルにはすでに
白い皿に盛られた
唐揚げの山が存在して
いた。そのしたには
レタスが重そうにして
山を支えている。
「「いただきま~す」」
大好物の唐揚げを
前にしてだろうか、
僕のいつもの声より
1.5倍高くて大きな声が
挨拶をした。
三人で食べ始めた。
やっぱり大家さんの
手料理はおいしかった。
にんにくがちょっぴり
効いていて全く飽きない
十数分で山は
登頂されてしまった。
ふもとの草原も
シャキシャキと
爽やかな音をたてて
誰かの胃袋に放り込まれた
食後のまったりとした
眠気が三人を襲った。
穏やかな沈黙を破った
のはやはり、
「今日はサッカー
一緒にしてくれるよね?
月火水木金土と
遊んでくれなかったから」
キラキラした瞳が
僕をつきさした。
断りにくいなと思い、
困ったような顔を
大家さんが察知して
くれた。
「だめよ。お兄ちゃんは
本を読みに公園に
行くの。おばあちゃんと
宿題すすめようね」
「宿題は
終わっちゃいました~」
と大家さんに
アッカンベーをして
言った。それから僕に振り向き、
「一緒に行こうよ、
公園!!僕も本読むから」
「う~ん…」
僕が渋っていると
大家さんがまたしても
とめに入った。
「どうせ飽きちゃって
お兄ちゃんが本読むの
邪魔するでしょう。
ようくんは集中力が
ないからダメ」
集中力がないのが
自分で気付いているのか
珍しく反論をしないで
妙に簡単に折れた。
「分かったよ~。
また今度行こう」
そう言うと立ち上がり
居間から出ようとした。
「どこ行くの?」
僕が聞くと
「お昼寝する」
ドアを閉めて
寝室に行った。
出る時、少しだけ
ニヤリとしていたように
見えた。
「今日も行くの?」
「ええ」
ふーんと大家さん。
食べ終わった食器を
台所まで持っていき、
洗い始めた。
「あの子と会うの?」
「そうですけど…
どうして分かったんです?」
「なんとなくかな…
女のカンよ。まあ強いて言うなら、あなたがこの間あの子に貸したジャージが一昨日あたりかな、干してあったからね。あの子とまた会って返してもらった証拠」
「よく見てますね」
僕が関心して言うと、
「暇なだけよ。
暇だから細かいことに
気がつくの。
忙しいと周りなんか
見えないわよ」
ふぅ~と溜め息を出す。
遠い目をしていた。
「でも、今日会うなんて
どうして分かったんです?」
驚いた顔をして
大家さんが聞いてきた
「今日会うんだ?」
「知っていたから
聞いたんじゃないんですか?」
「いや、今日とは
知らなかったね。
いつかもう1回ぐらい
会うなんて思っていた
だけだよ」
「そうですか」
「女のカンは怖いね」
「そうですね」
二人で笑った。
「じゃあ、そろそろ
行ったほうが
良いんじゃない?」
ちらりと時計を見て
大家さんが言った。
「女の子を待たすのは
感心しないな」
「分かりました。
行きます。お昼ご飯、
おいしかったです。
有難う御座いました」
「また唐揚げが
食べたくなったら
言いなさい。作るから」
「そしたら毎日ですよ」
「それは勘弁だ」
「冗談です」
大家さんはニヤリと笑った。
自分の部屋に戻り、
近くに置いてあった本、
一冊を手に持ち、
部屋を出て、鍵をしめた。
アパートを出て、
一般道を歩くと
昨日の夕立の証が
コンクリートを
ジメジメとさせていて
昼の草原の爽やかさの
かけらさえなかった。
ただうなるような暑さに
サウナのムシムシ感を
加えて、だるさに
拍車をかけていた。
道行く人の誰もが
太陽に打ちのめされた
顔をしていた。
セミの鳴き声も
そこらいったいに
こだましていた。
公園に着いたら、
少しだけ気温が
下がったように感じた。
自由広場には
シートを広げて
弁当を食べている
家族がいたが
いつもの賑わいはなく
大人は疲労感が
顔にでていた。
子供達はそれをよそに
汗だくになって
遊びに熱中していた。
逆にクーラーが効いている
博物館の駐車場は
空きがない。夏休みの自由研究と
遊びを兼ねて来る家族が
来ているのだろうなと
思いながら
そこと遊具広場、
林を抜けて
待ち合わせのベンチへと
歩みを進めた。
時間については
約束していなかったが
そこにはもう彼女が居た
「こんにちは」
「こんにちは。
待ちましたか?」
彼女は首を軽く横に振って
「いいえ。今さっき
着いたところです」
僕は彼女の横に
腰をおろした。
木製のベンチは
返事をするかのように
ギィと軋んだ。
彼女の視線が僕の
左手にいった。
「これが何か?」
「あ、いいえ…特には」
そして伏し目になり、
「今日も読書ですか?」
「えぇ、まあ…」
左手に持っていた
一冊を彼女に見えるよう
ひらひらさせた。
「やっぱりお邪魔ですか?」
「そんなことないです。
大丈夫です」
「お話させてもらっても
よろしいですか?」
「あ、はい」
彼女は僕に微笑んで
「有難う御座います」
周りの気温が一瞬だけ
暑いから暖かいに
変わったような
気がした。
大きな木の影に
ベンチはあり、
陽向より涼しいが
暑いことには
変わらないので
これはおかしなこと
だった。
不思議な感覚でいると
「好きな食べ物は?」
「へっ?」
あまりうまく聞き取れなく
聞き返してしまった。
彼女はもう一度丁寧に
言ってくれた。
「好きな食べ物は
なんですか?」
「あ~、好きな食べ物!
唐揚げです」
「唐揚げですか!
私も唐揚げ大好きです。
三食唐揚げでも平気です」
誇らしげな顔で言うので
僕は笑ってしまった。
「それはちょっと
言い過ぎじゃないの?」
「そうかな…
そうですか?」
彼女はわざわざ
言い直した。
「失礼ですけど、
おいくつですか?
同い年に見えるけど…」
彼女はちょっと
顔と視線を斜め上にして
ほっそりとした顎の
先端に人差し指を
あてて考えるような
表情をしてから、
「17歳です」
「僕も17歳。だから
敬語なんていらないよ」
「同い年なの!?
嘘、20歳かと思った」
口と目を丸くして
彼女は驚いている。
「それは僕が老けてる
ってこと?」
「違う違う違う」
彼女は手を振って
全力で否定した。
「何か雰囲気が
大人っぽいってこと!」
「それならいいけど」
「信じてないでしょ」
彼女が笑ったので
僕も笑った。
「じゃあ、嫌いな
食べ物は何ですか?」
あとに「先生」とつけたす勢いで彼女は聞いた。
「う~ん…
きゅうりと苦いものが」
「きゅうりかぁ~
珍しいね。何がだめなの?」
「匂い!!」
僕は即答した。
「匂いなんて
あるっけ?」
首を傾げて言う。
「瓜科にはあるんだよ。
独特な青臭さが」
「そうなんだ~」
僕は逆に質問した。
「好きな食べ物と
嫌いな食べ物は?」
「好きな食べ物は
生クリーム。
嫌いな食べ物は
トマト。あっ、でも
煮たトマトなら
食べられるよ」
「変わってるね」
「そう?お互いさ…」
「ばあっ!!!!!!」
「「!!」」
後ろの茂みから
何かが飛び出した。
僕と彼女はパッと
後ろを振り向きながら
ベンチから飛び退いた。
その反動で二人とも
バランスを崩し、
尻餅をついた。
「「いたっ!!」」
「大丈夫~?」
声のする方向を見ると
そこには困ったような
顔をしたようがいた。
「なんだ。ようか!
びっくりしたぁ~」
ついた尻をはたきながら
立ち上がって言った。
彼女がまだ座っていた
ので手をさしのべて
立ち上がるのを
手伝った。
「ありがとう」
彼女の手は小さく
滑らかだった。
立ち上がるときには
体重を感じることはなく
雲をつかんでいる
みたいでフワフワと
していた。あの夜の
あるか、ないか分からない感覚。
「大丈夫?
お姉ちゃん」
「大丈夫だよ」
さっき僕に見せた
同じ微笑み。
「この子は
僕のアパートの
大家さんのお孫さん」
「ようって言います。
よろしくね、お姉ちゃん」
にっこりと無邪気な
笑顔で言った。
「よろしくね」
ちょっときついが
三人でベンチに
座った。
「な~んだ。
本読んでない
じゃないか~」
僕と彼女の間に座った
ようは不満気な声で
言った。僕と彼女を
交互に見て、
「お兄ちゃんも
隅に置けないねぇ~」
ニヤリと笑った。
大家さんの遺伝子は
孫にしっかりと
受け継がれているようだ
近頃の小学生は
ませているなと
ちょっと憎たらしく
思った。彼女を見て、
「お姉ちゃん、
お兄ちゃんの彼女?
お兄ちゃんは
優しいから大切にしてね。
お兄ちゃん、
いつも暇そうだから…」
僕は苦笑いした。
「いつでも
デートに誘ってあげて。
あっ、でも日曜日の
午前中はダメだよ。
僕とサッカーやるから」
これだけの量を
いっぺんに言ったので
疲れたのか、ふぅーと
一息ついた。
彼女はようの頭を
なで、笑いながら
「分かった、
日曜日の午後だけ
お兄ちゃんを
借りるね」
ようはニッコリと
笑って
「ありがとう!
お姉ちゃん」と言った。
今度は僕の顔を
見たと思うと
彼女のように
視線を左手に
持っていった。
「あ、本だぁ~。
読書もするんだね」
「デートだけじゃないよ」
僕が言うとようは
じ~っと僕を見て
質問した。
「何で本を読むの~?」
あのときの彼女と
同じように楽しいから
では解答みなさない
というような口調で。
彼女もじ~っと
僕をみている。
「そうだなぁ~…
まだ意味が分からないと
思うけど、本を読む
って他の人になれて
それが楽しいからかな」
ようは僕から
視線をそらして
池をみた。
「ふ~ん…」
三人とも池でゆれる
紅い夕日を見つめていた
波と波がぶつかり
砕ける瞬間には
夕日も砕けて、
三人の瞳の中に
夕日のかけらが
飛び込んできた。
眩しくて、目を
つぶってしまいそうに
なるが、決して
目を離してはいけないと
思ってつぶらなかった。
遠いぼやけたところから
ようが僕を呼んだ。
「お兄ちゃん、
読むだけなの?自分で
描いたりしないの?」
ぼうっとしながら
「描くなんて
考えたことないよ」
「そうなの。
ならさあ、描いてみて」
「えっ?」
本当に考えたことが
なかったのでようの
提案は僕の中ですぐには
理解ができなかった。
「僕、本読むの好きだよ。
お兄ちゃんが描いた本、
読みたいなぁ~」
「私も…」
ずっと聞いていた
彼女もぽつりと
つぶやいた。
「私も読んでみたいな…
他の人になってみたい」
真っ直ぐと突き刺す
ように二人が僕を
見ている。
断ることが出来ない
圧力を感じる。
「どうして、僕の
描いたやつなの?」
すると二人が
「「なんとなく」」
その言葉には
もっと深い、特に
彼女の方には
強く深い意味が
込められているような
気がした。
「二人がそこまで
言うなら描くけど、
多分、つまらないよ」
「「やった~」」
はしゃいだように
二人は立って
ハイタッチした。
そこで5時のチャイムが
公園に響いた。
また来週、彼女と
会う約束と小説を
描いてくる約束をして
ようと二人で
大家さんのお帰りを
聞いた。