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三週記念 先客


鉄製のドアが叩かれる

独特の重い音が聞こえる。

そのドアを通してから

なのか、小さくくぐもった

元気いっぱいの声が

ノックのあとに部屋に

響いた。

「お兄ちゃ~ん」

また、三回ノック。

「サッカーしよう」

まだ布団に入っていた

僕はそこで目を覚ました。

夏休みに入ったことを

思い出すまで

10秒はかかった。

「お兄ちゃん、

起きてる~?」

見えないけれど

首を傾げた感じがした。

「起きたよ~。

ちょっと待ってて」

聞こえたようだ。

返事がかえってきた。

「分かった~。

ばあちゃんの部屋に

いるから来てね~」

タッタッタという

誰かが立ち去る音がした。

布団をはねのけて

着替えると同時に

トースト2枚目を

食べる荒業を

いとも簡単にやった僕は

大家さんの部屋に

急いだ。所用時間は

10分だ。

ドアをノックすると

勢い良く開いたので

ドアにぶつかるところだった。

「お寝坊さんだね」と

サッカーボールを

脇に抱えた小学生に

言われる。

「大きくなるとわかるよ。

睡眠の大切さがね」と

冗談で言ってみる。

ふ~んと考えるような

仕草をしたがすぐやめて

「行こう」とさっさと

歩き出した。

小学生と言えども

行動力は大人の

二倍や三倍はある。

目的地に向かい

小走りで移動する。

ちょこまかと頑張っても

足の長さは僕の方が

当然長いのでゆったりと

した歩調でも間に合う。

そうして、公園の

自由広場まで来た。

9時30分。

まだ時間が早いためか、

人数は少ない。


昨日の夜とは

全く違う顔をしている。

何事もなかったような

知らん顔だ。

ちょっと呆れる。

夜はもう二度と

来るかと決めた。

幽霊には会いは

しなかったものの

歩くだけでも怖かった。

「あんまり強く

蹴らないこと。

あっちの大きい池に

ボールが落ちちゃうよ」

この公園には2つの

池があり、僕がいつも

読書する小さな池は

奥にある。もう1つは

この自由広場に面していて

かなり大きい。

ボートの貸し出しとかも

やっていて、結構な

賑わいをみせている。

僕も何回かかりてみた。

「分かったよ」

ボールを蹴り始めた。

なかなか上手い。

ボールを一回も

地面につかずに

頭やもも、足の甲、

身体全身を使い、

リフティングを

続けている。

時々、ポーンと

柔らかくボールを

上げてひょいと

首の後ろに乗せてみたり

している。

「パ~ス」

コロコロとパスが

来たので蹴って

かえしてみる。が、全然違う方向に

転がってしまった。

「お兄ちゃんヘタ~」

言いながらパタパタと

ボールを取りに行く

後ろ姿に

「ゴメンゴメン」と謝る。

ポツリポツリと

人が増え始めた。

太陽はちょうど

真上でニコニコしている。

夏なのに丁度よい

気温が続いていて

芝生に仰向けで

寝転がり大の字になって

昼寝をしたいような

陽気だった。

「お腹減ったから帰ろう」

汗をびっしょりと

かいていた。Tシャツが

はりついて、髪が

かすかに濡れている。

「そうしようか」

僕達はアパートに

引き上げていった。

帰り道に二人の

お腹がハーモニーを

奏でたので笑った。

アパート前につくと

大家さんが待っていた。

「おかえり」

「「ただいま」」

「ばあちゃん、お腹

減った~」

「用意できてるよ。

手洗い、うがいしてから

お昼にしようね」

「うん」

一人で駆け足で

行ってしまった。

バタンとドアが

閉まる音が聞こえると

「いつもありがとね。

あなたの分も用意が

できているから」

「いつもすいません」

僕は会釈した。

「いいのよ。

あの子のお守りも

大変でしょ」

「いえ、楽しいですよ」

「あらそう。じゃあ

毎日お願いしようかな」

「分かりました」

そう言うと大家さんは

声をたてて笑った。

「冗談よ。じょーだん」

大家さんに続いて

部屋にお邪魔する。

「お邪魔します」

靴は二足しかない。

玄関をあがり、

居間にいくと

テーブルに料理が

用意されていた。

「手洗わないとだよ」

すでに準備万端な

彼は僕に注意を促す。

「ハイハイ」

「早くしてねお兄ちゃん。

僕お腹ペコペコで

死にそうだよ」

箸を両手にたてて持ち、

箸の反対側でテーブルを

両手同時にカンカンと

叩いている。

「お行儀悪いから

やめなさい」

大家さんが注意した。

手を洗いに洗面台に

行く途中に和室がある。

仏壇があり、かすかに

線香の残り香があった。

居間に戻り、テーブルに

三人が揃うと

「「「いただきます」」」

大家さんは時々こうして

食卓に招いてくれる。

大家さんが作った料理は

全部おいしく、僕の

今の目標である。

おふくろの味とは

このことだ、という味。

「今日も公園で?」

「そうです」

黙々と食べる自分の

孫にではなく僕に

質問してきた。

なんせすごい勢いで

ご飯やおかずをほおばり

口がふさがっていて

話せない状態だったからだ

「大きな芝生の広場?

今日は人はいた?」

「ふつうぐらいですね。

お昼近くになると

人が増え始めましたね」

「そう…」

何故か大家さんは

黙ってしまった。

少しして、重そうな口を

開いて僕に言った。

「あそこの池は

自殺者が多いって

良く聞くわね。

池の深さも何mあるか…

昔、あそこはお城が

建っててね、お堀とか

いっぱいあって

ここらへんはすごい水が

豊かだったらしいの。

あの2つの池は元々は

つながっていて

その中心にお城が

建ってて水攻めに

あったのよ」

「そうなんですか。

初めて知った」

「で…その…

昨日の…子」

そこまでいうと

察しがついた。

「自殺しに?

でもそんな感じでは…」

「そう…」

そこでその話しは

終わってしまったが

僕と大家さんには

何かもやもやしたものが

残った。

「ご馳走さま」

さっさと自分の分を

たいらげてしまった

孫に大家さんは

「布団しいてあるから

お昼寝でもしなさい。

疲れてるでしょ」

「ありがとう。

ばあちゃん」と軽くいうと

行ってしまった。

「ご馳走さまでした。

おいしかったです」

自分と他のあいた食器を

洗いものをしていた

大家さんがいる台所まで

運ぶ。

「ありがとう」

「部屋に戻ります。

ありがとうございました」

「また今度も

よろしくね」

僕は部屋に戻り、

目覚まし時計を

午後5時に設定して

昼寝を始めた。


ジリジリと騒がしい音に

起こされる。

ぴったり5時に起きた。

洗面台にいき、顔を

洗って本格的に目を

覚ました。寝癖がひどい。

櫛を使ってなおす。

鍵をかけ、部屋を出る。

外ではサッカーを

していた。

「どこいくの?」

僕に気づくと

聞いてきた。

近くで見ていた

大家さんがかわりに

答えた。

「お兄ちゃんは

これからお仕事に

行くからサッカーは

できないよ」

「そうなの?」

僕を見上げて言う。

「ゴメンね。また明日

しような」

「お仕事頑張って」

「ありがとう」

頭をなでて

歩いていく。

「遅くならないように

帰ってくるんだよ」

「わかりました」


僕の高校は基本的に

アルバイトは禁止。

だが秘密裏にしている。

学校はここから少しだけ

遠いのでこのあたりに

同級生は住んでいない。

ので多分バレない。

公園を少し先にいくと

小さな居酒屋さんがある。

そこで学校がある

ふつうの平日の

月火水木金に。

7時~10時まで

働いている。

一人暮らしはなかなか

きついのでアルバイトを

しなければ出来ない。

「お疲れ様です」

のれんをくぐり入る。

「いらっしゃ…

おお、来たな。

今日も頼むよ」

カウンターから

見える厨房の中に

大将がいた。

常連のお客から

大将大将と親しみを

こめて呼ばれている。

捻りはちまきに

坊主頭なので

なるほど、ぴったりな

呼び名だなと思う。

呼び名だけでなく、

優しく気さくで

人柄がよいので

まさに大将だ。

厨房に入り、更に奥に

いくと女将さんがいた。

「今日もよろしく。

もう夏休み?」

「はいそうです」

「じゃあいつもより

体力あるから

頑張ってもらおうかな」

「了解です」

力こぶをつくった。

女将さんはアハハハと

笑った。

「若いね~。頼んだよ」

服を着替えて

店に出て行く。

7時になるとお客さんで

いっぱいになる。

大将と女将さんの

人柄のせいか、

店内はいつも明るい

雰囲気で笑いが

絶えない。お客さんも

良い人ばかりである。

僕の仕事は注文を

受けて、大将に伝え、

できたものを運ぶ。

最初はなかなか

聞き取れなかったり

落としてしまったり

したが、みんなが

優しく許してくれた。

僕が一人暮らしだと

聞いたときには

小遣いをくれたり

してくれる人もいた。

「お~い」

奥の座敷から

呼ぶ声が聞こえた。

「ただいま」と答えて、

座敷にいく。

50歳ぐらいの

おじさんが一人で

飲んでいた。

「生ビール1追加ね」

もうすでに

そうとう酔っているらしく

顔が真っ赤だ。

「ナカオカさん、

またですか。

飲み過ぎですよ」

僕が言うと

「大丈夫だよ。

まだ酔ってない」

と歯を見せて笑う。

「いつもそういって…

酔いつぶれて

帰れなくなったら

どうするんですか?」

「いや、すまない。

連れて帰ってくれ」

悪びれた様子もなく

言う。

「いやですよ。

毎回注意しても

毎回酔いつぶれて

何回連れて帰ったか」

このナカオカさんは

同じアパートに住む

おじさんで公園で

ボートの貸し出しを

している。

ほぼ毎日のように

ここに来ては

酔いつぶれて

僕が連れて帰っている。

「いや、悪いね。

いつかお礼するよ」

これが毎度の口癖。

「そうとう利子が

ついてますよ。

何がいいかな~。

車とか」

ナカオカさんの

酔いが少し醒めた。

「そんな高いの!?」

ぎょっとした表情をした。

「冗談ですよ」

いたずらっぽく言うと

「年寄りをからかうのは

よしてくれよ」

弱々しくナカオカさんが

言った。

「じゃあ、お酒は

ほどほどに」

ナカオカさんの

テーブルを離れて

他の注文をとりにいく。

もちろん、ナカオカさんの

注文も大将に伝えた。


10時近くになり

女将さんが僕を呼ぶ。

「もういいよ。

ほら、これ。夕食。

ちゃんと食べるのよ」

タッパーに入った

料理をこうやって

わけてくれる。

「あ、あと、ナカオカさん

頼んだよ」

僕は苦笑いして

「わかりました」と

答えた。

座敷の奥で眠っている

ナカオカさんを揺すり、

「ナカオカさん!

ナカオカさん!!

帰りますよ!!」

凄いいびきが返事として

かえってくる。

寝ている。腕を首に

まわしてひっぱりおこして

店を出る。

「お疲れ様でした」


ナカオカさんは

以前起きる気配はなく

人の苦労も知らずに

とても気持ちよさそうに

寝ているので

頭を軽く叩きたい

という衝動に毎回

かられるが踏みとどまる。

真っ暗な口を開けた

公園の前を通り過ぎ、

アパートにつく。

ナカオカさんの部屋の

鍵はいつもナカオカさんの

決まったポケットに

入っているので

そこを探ってから

鍵を開ける。


中に入ると

城の写真や城の模型、

本などがおいてある。

ナカオカさんの

手作りの城の

ペーパークラフトが

ブラウン管テレビの

分厚い頭の上で

でんと構えている。

酔っていない、

とても貴重なときに

お邪魔したら、

これについて一時間の

ありがたいお話を

していただいた…

地元にあった城だと

言っていたのであの池の

城なのだろうと思って

見ていると

またもや巨大な

いびきをかき始めたので

布団をしいて、

横に寝かして

さっさと退散してきた。

自分の部屋に戻り、

風呂と夕食を済ませて

寝た。

その後の火水木金も

ナカオカさんを

連れて帰った。



日曜日。

いつものように

本を数冊持ち、

出掛けた。

自由広場、博物館、

遊具広場を抜けて、

奥の池にでる。

いつものベンチに

向かった縁沿いに

歩いていくと、

異変に気づいた。

通常なら、ここには

人っ子一人いないのに

僕のベンチには

白い先客がいるのである。

白い先客は

何をするのでもなく

ぼーっとしていた。

僕はゆっくりと

近づいてそのひとを

確認した。

彼女だった。

一週間前の夜と同じ、

白いワンピース姿で

ベンチに座っていた。


僕は立ち止まり、

じーっと観察していると

ふいに彼女は顔を

こちらに向けて

お互いが見つめ合った。

数秒間。

彼女はゆっくりと

立ち上がり会釈した。

僕も会釈し返した。

何故だか、夜の恐怖が

まだ残っているように

感じた。ぎこちない

会釈になった。

近寄り、声の射程圏内に

入ると向こうから

先制の一発が

「先日は…

すいません」

「大丈夫ですよ、

そんな気にしないで

下さい。とりあえず

座りましょう」

僕がそういうと

彼女は小さく頷いた。

「あの、おかりした服、

洗濯したんで…

有難う御座いました」

中に僕のジャージが

入った紙袋を彼女は

渡してきた。それを

受け取り、

「いえいえ、どうも」

少し間があいた。

僕は彼女には

わからないように

少し吹いてしまった。

味気のない敬語のみの

会話。まったく自分も

まだまだ大人のふりが

うまい。子供なのに。

「あの…お名前は?」

彼女がゆっくりと

こちらを見る。

「…」

何も答えないので慌てて

「嫌だったら

言わなくていいです」

何か聴いてはいけない、

ことを聴いてしまった。

瞳の奥にかげりが、

黒い何かがあったように

見えたのだ。

雰囲気を変えようと

話題を探すが、名前を

聞いたので相手は

答えなかったが

自分のを言わないと

と思ったので

「僕の名前は…」

「いえ!…いいんです。

もう帰りますから」

僕の自己紹介は

防がれてしまった。

彼女は立ち上がり、

ベンチから離れようと

したが、僕は彼女の腕を

掴んで引き止めた。

「どうして…。

失礼だと思いますが

どうしてあの夜は

ここに?」

彼女の顔は一気に

白くなったと思うと

唇が震え始めた。

「あの…この池は

自殺する人が…その…

多くてですね…」

僕はそのあとの

言葉を濁したが

彼女には伝わったらしい。

「そうですか…。

でも…私はしません」

最後は自らに

言い聞かせているかの

ようだった。

「そうですか。

すいません、気を

悪くしませんでしたか?」

彼女はそそくさと

逃げ出すように

歩き出したが

数mのところで

ぴたりと立ち止まった。

背をむけた状態で

顔少しだけこちらに

むき、聞いてきた。

「本当にここで

自殺した人が

いるんですか?」

踵を返し、戻ってきた。

先ほどとは違って

怯えるように言った。

「本当に…

いるんですか?」

「噂ですけど…」


彼女は震え出した。

「大丈夫ですか?」

こくりと頷くが

そうは見えなかった。

「休んでいったほうが

良いんじゃないですか?

座って下さい」

そう言うと再び

腰をかけた。

すると彼女がポツリと

「本…」

僕の手の先を見ていた。

それから僕を見て

「どうして本を

読むんです?」

難しい質問だった。

ただ楽しいから、

では正答として

認めない感じの

質問の仕方だった。

少し考えて答えた。

「自分が読む必要が

あると思ったから

じゃないですか」

「じゃあ、私とあなたは

どうして会ったんですか?」

またもや難問を

答えろと言われた。

頭の中を引っ掻き回した

結果、ある小説の

セリフが出てきた。

「その必要が

あったからですかね。

あなたは僕を

僕はあなたを

無意識に必要としたから

じゃないですか。

偶然に会って

話しをしろと

神様に言われたんですよ」

まあ、小説のセリフ

ですけどね、と

付け加える。

「…ごめんなさい」

小さい声で謝った彼女は

焦点が合わない瞳で

空を見ていた。

「あの…この1週間、

あなたの家を探したけど

暗かったし

道も覚えてなくて。

ここにいたら

もしかしたらと

思って水曜日あたりから

ずっといました」

口早にそう言い切ると

一息ついた。思い出したか

のように慌てて

訂正した。

「ずっとと言っても

午後7時ぐらいまで

ですけど…」

僕は驚いた。

「ごめん。

そこまで待っていたんですか!日曜日の

お昼から5時ぐらいまでしか

いないんですよ」

「そうですか…」


そこで5時のチャイムが

公園内に響いた。

「じゃあ、僕は

帰ります。ジャージ、

わざわざありがとう」

立ち上がり歩いて

数歩いくと、後ろから

「あの、」

僕は振り返って

彼女を見た。

「どうして私を

助けたんですか…」

この答えは何故か

さらっと出てきた。

「助けないといけないからですかね」

「…そうですか。

また…日曜日は

ここにいますか?」

真剣な目で僕を

見つめていた。

「多分、います」

「じゃあ、

次の日曜日

ここにいます」





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