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エピローグ


それから一週間後、

淡い期待を胸に持ちつつ

ベンチに行ってみたが

やはり彼女はいなかった。

5時まで待ったが

現れず僕は家に帰った。

夕食を大家さんと

ようの三人で食べていると

大家さんがこんな話しをした


「今日の朝4時ぐらいに

公園の池から死体が

あがったみたいよ。

死後一年ぐらいって」

ようは立ちあがり、

「お兄ちゃん!!

やっぱりあそこには

幽霊出るんだよ!!

あとで見に行こう!!」

大家さんがダメだと

ように厳しく言った。

僕は上の空で二人の話は

全く耳に入ってなかった


そこで電話が鳴った。

大家さんが立ちあがり

電話にでる。

「もしもし?あぁ!!

いますよ」

視線を僕に移す。

「え?えぇっ!!?

ホントに!!今変わります」


大家さんは手招きして

僕に電話を押し付けた。

「もしもし?」

「変わったか…」

親父だった。

「どうしたの」

「母さんが…

母さんが…記憶を

取り戻したぞ!!!」

親父は叫び声をあげた。

鼓膜が破れそうになった

「えっ!?どうして急に」

「わからん!!

だが夢から覚めるように

思い出してな」

受話器の向こう側の

親父は小躍りしている

みたいだった。

「医者もびっくりだ。

とりあえず今日は

遅いから明日迎えに行く

じゃあな」

電話は一方的に切れた。

大家さんは満面の笑みで

僕をみていた。




僕は日曜日に公園へ

行かなくなった。

心の空っぽな部分を

埋めようと受験勉強に

がむしゃらに気持ちを

注いだ。

第一志望は無事に合格。

文学部に入った。

夢だった作家を目指し

出版社に何度も

描いては持ち込みを

したが言うことは何故か

どこも同じだった。

「才能はあるが

何かひとつ足らない」

その何かひとつが

わからないまま僕は

夢をあきらめたが

編集者になった。

何かひとつを探すため。

一体何が足りないのだろう?




そして現在。

懐かしい元我が家。

ノックしてみると

中から長身で

整った顔の男子が

出てきた。

「兄さん!!

よく来たね」

「久しぶり!!

ようもデカくなったな」

「ちょっと待ってて

ばあちゃん呼ぶよ」

数分後、変わらずに

元気そうな大家さんが

ように連れられてきた。

「お久しぶりです」

「よく来たね~

久しぶりに昼でも

一緒に食べない?」

「ご馳走になります」

ニヤリとようが

笑った。

「ようは将来

何になりたい?」

久しぶりの大家さんの

手料理はうまかった。

食べながらように聞くと

意外な答えが

「作家」

「どうして?」

「兄さんが小さいとき

描いたのを読ませて

くれただろう。

俺もこんな風に

描きたいと思ったんだ」

「ほ~う」

我ながら感心した。

ようがそんなことを

思っていたなんて

分からなかった。

僕の作品も捨てたもんじゃなかったわけだ。


「兄さんは…」

僕の方を向き直った。

「出版社に入って

編集者やってるんだろ?」

「そうだ」

「まさかあきらめた訳じゃないよね?」

「……」

「もったいないよ。

兄さんは良い作品が

描けるんだから

編集者じゃだめだ。

編集者も良い仕事だけど

描ける人が描かなきゃ

ダメなんだよ」

僕は黙ったまま

ようの話を聞いた。

「ごめん。

言い過ぎた」

「いや、いいさ。

お前の気持ちは

分かるかもしれない。

逆の立場ならそう言う。

だけどお前が言うように

俺には才能はないよ。

全くもってこれっぽちも」


「兄さんは、ねえさ…!

何でもない…」


それで話は終わった。

時計をちらりと見た。

僕は立ち上がり

「ごちそうさまです。

ちょっと出掛けてきます」


と言って大家さんの

部屋を出て歩き出した。




変わらないあの場所へ。

ベンチはそこにあった。

大きな木も空も池も。

腰をおろしてみる。

眺めもあの時のまま。

停止していたかのように

いつもと同じ風景。

ただあの時と1つ違うのはベンチには一人しかいないということだ。ただ人一人がいないだけで僕には違う風景に見えた。彼女がよく見上げたこの青空。


立ち上がり、

線香とライターを

取り出して火を

つける。クロの墓に

置いてやった。

少しの間手を合わせて

目をつぶる。

目を開けてから

少し微笑んでしまった。

「ただいま…」

ニャーとどこからか

聞こえてきそうだった。

再びベンチに腰を

おろす。

何もない。ただ時が

たくさん過ぎただけ。

何かが足りない。

たったひとつだけ。

微かな音。

芝生を踏み鳴らす

微かな音。

芝生は痛みに

身を縮ませているに

違いないだろう。

音が大きくなり、

止まった。


ベンチに一人

ポツンと座っている僕。


「あの、隣に座っても

いいですか?」



名も無き記念日。

僕達の記念日に

名前はいらない。

何故?

二人とも忘れてしまったからだ。

その名前は二人の

もう伝え合うことの

出来ない言葉。


名も無き記念日。


毎週日曜日。

池では時が止まったまま

誰かと誰かの想いと

繋がりが飾られている。





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