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十五週記念 手紙と…


こんにちは。

急にごめんなさい。

だけど言葉で全部を

伝えることが出来るか

不安だったので

手紙に描きました。

いつもは描いてもらって

ばかりなので私も

一生懸命描かせて

もらいます。


私は感謝しています。

心の底から。

あなたとクロに。

私に再び生きる道を

教えてくれました。

あなたと私が出会った

あの夜、あなたは何故

あんなところに

いたのかを一度は

不思議に思ったはず。


予想はついているでしょ

だからあえて描きません


あなたに命を救われ、

そして心も救われました


私は一歳ぐらいのとき

正確にはわかりません、

病院の玄関に

置き去りにされました。

つまり私は両親を

知りません。

病院で見つかった私は

里親のもとで成長しました。

お母さんとお父さんは

とても優しい人でした。

同時に我が子として

たくさんの愛情を私に

くれました。

とても幸せでした。

お母さんとお父さんと

休日には決まって

どこかへ遊びに行き、

たくさんの思い出を

つくりました。


すくすくと育った私は

何の問題もなく毎日を

過ごしてきましたが、

ある日にすべては

変わってしまいました。


仲の良い友達の

何気ない一言でした。

友達は何も意識せずに

言ったのだろうけど

私には深く引っかかたのです。


「お父さんと

お母さんとどっち似

なんだろう?

どっちにもあまり

似てないよね」


確かに私は似てません。

それは普通のことですが

私はその当時

二人が里親だとは

知らされていませんでした。


友人の言葉をよくよく

考えてみるとなるほど

私達は似ていません。

そして私はお母さんが

妊娠中の写真や

赤ん坊の私の写真を

見たことがありません。

私にひとつの疑念が

立ち込めました。


お母さんもお父さんも

血液型はAB型。

私だけO型。

それだけでも

充分でした。

「私はホントに

お母さんとお父さんの

子供なの?」

楽しかったはずの

夕食の席が急に

静まり返りました。

私の、せき止めていた

疑念が一気に…

お母さんは表情が

固まり、お父さんは

黙ったまま私を

見ています。

お父さんは一言、

「誰から」

聞いたんだ?

「自分で調べた。

血液型で…」

ああ、そうだったのか。

私はやはり。

そうか、とお父さんは

肩を落としました。

「いつかは

話さなければと

思っていたが」

私は震えだしました。

寒いとか怖いとか

そういったものでなく、

ただ震えました。

「じゃあ私はホントは

お母さんとお父さんの

子供じゃないの!?」

私はお父さんに詰め寄り

両肩をつかみました。

私を支えていた、

私をつくっていたものが

壊れていく音がしました。

「どうして黙ってたの?」

私はお父さんを

激しく揺さぶりました。

「いつかいつかと

考えている内に

長引いてしまった。

お前にはすまないと

思っている。すまない」

「そんな…」

目の前が真っ白に

なりました。

それまで固まっていた

お母さんが駆け寄り

「お母さんたちは

血はつながって

いなくともあなたの

お母さんお父さんよ」

お母さんの目は

定まっておらず、

信用に欠けていました。

当時の私はそう

思いました。

お母さんの瞳ではなく

むしろ

「血が繋がってない」

の一言が心を傷つけて

私を決定的に

打ちのめしました。

涙は頬を洗い流し、

綺麗なフローリングに

一点のしみをつくりました。


「私の…私の正確な

誕生日はいつ?

私の…私の本当の

名前は何なの?」

二人とも答えません。

答えることができません。

お父さんが

私の生い立ちを

静かに機械ごとく

冷たい口調で

話し始めました。

椅子に座り

うつむきながら聞く私は

心のどこかで

決めていました。

家を出る。


早朝。誰にも知られず

家を出ました。

住むところや仕事を

決めました。

家から自分の貯金と

通帳を持ち出したので

何とかなりました。

学校へは行かず、

仕事をして独りで

暮らし始めました。


家に帰ると真っ暗な

冷えた部屋が待つだけ。

愛情に困らなかった

今までの生活との差に

私は耐えられませんでした。


温かい家庭にはもう

戻ることは許されません


自分の家といえるのは

独りきり、孤独を

固めて押し込んだような

部屋だけ。

私は居場所が

なくなりました。


名前がない私。

生まれたときが

わからない私。

居場所がない私。

両親がいない私。

私しかいない私。

その私ですら、

輪郭を失い、

はっきりとしない。

不安の中。


ある日、私は

部屋に帰らずに

この公園にきました。

池は静かに

私を誘いこみましたが

一歩のところで

阻止されました。

そして次に会った時、

私はあなたに聞きました

「どうして私は

あなたに会ったの

でしょうか?」

その問いにあなたは

何の意味のない一言

だったのだろうけど

「僕があなたを

必要としたから」

この一言に私は

救われました。

そしてあなたは

私に居場所をくれました。

私のたったひとつの

居場所。このベンチ。

日曜日は私の記念日。

あなたと私。

もちろんクロもだけど。

お互い名前を知らない。

何も知らない。

生い立ちも

誕生日も

何が好きで何が嫌いで…

それでも日曜日は

私達を繋げた。

繋がった。

ありがとう。

名も無い私に

何も聞かずに

何も求めず

ただ繋がってくれた。

名も無き記念日は

私にとってかけがえの

ないものだった。


クロが死んでしまった。

三人の記念日では

なくなってしまった。

だけどクロは教えてくれた


私に何が大切なのかを。


仮の名前でも

生まれを知らなくても

私は周りの人が

私なんだって。

描いてる自分を

分からないけど

そういう事なんだって

クロは教えてくれた。

あなたも私の一部で

私もあなたの一部。


自分がどうであれ、

私は私で私でしかなくて

大切な周りの人が

居てくれて幸せだな

って思った。


よく分からないね。

とにかくありがとう。

私は幸せを自ら

放棄してたんだな。

私が分かったから

これ以上甘えていられない。


だから…ありがとう

さよなら。









全速力。

握りしめた手紙。

汗が流れる。

走って走って走った。

(間に合え!!)

公園はいつものように

僕を迎えた。

いつもとなんら

変わらず。

公園を駆け抜けて

池を見渡す。

切れた呼吸を必死に

押さえつける。

ポツンと独りきりで

ベンチに座っている人が

見えた。

ゆっくりと呼吸を

整えながら近づく。

相手もこちらに

気づいた。彼女は白いワンピースを着ていた。

彼女の前に立つ。

まだ鼓動が激しい。

二人は見つめ合った。

二人とも何も言わない。

(何か言わなければ、

そのために走ってきた。

なのに言葉が出ない)

口を開きかけた瞬間

五時のチャイムが鳴る。

彼女は静かにベンチから

立ち上がると

クロの墓に一度

手を合わせてから

離れようとした。

僕のわきを何も言わず

通り過ぎた。

数歩して僕は

振り返り彼女の手を

掴んだ…はずだった。

確実に手を掴んだはず

なのに掴めなかった。

まるで…

僕はそのまま

彼女の後ろ姿を

見送ることしか

出来なかった。

僕らには呼び止めるための

名前がなかったから…




伝えたいことが

あったのに…



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