十三週記念 名も無き記念日
朝食をつくるために
冷蔵庫のところにいく。
冷蔵庫にマグネットで
はられたカレンダーが
冷蔵庫を開けると
残り一枚だからか、
揺さぶられた。
クリスマスイブが
ちょうど日曜日だと、
示している。
今日は二学期の終業式。
いつでも休みは
人をワクワクさせる
魔力をもっている。
心なしか僕も
ウキウキしながら
冷蔵庫を開けた。
真っ先に目にとまった
のは卵だった。
オムレツに決定した。
卵とその他もろもろの
材料を取り出して
冷蔵庫を閉める。
振り子のように
意味もなくカレンダーは
揺れた。
卵を割る。
気持ち良い音が鳴る。
殻は一つも入らなかった
箸でといておく。
フライパンを少し熱して
から油をひいた。
風味がいいから
ゴマ油を使用する。
油がはじける音がする。
そしたら、といた卵を
まんべんなく広げるよう
フライパンにいれる。
フライパンと接する
面の色が徐々に変わり、
ほどよいところで
丁寧かつスピーディーに
オムレツの形に
丸めていく。
できたら、あらかじめ
つくっておいた
茹でた野菜と
チキンライスが
盛り付けてある皿に。
チキンライスのうえに
優しくのせてから
包丁でオムレツの
中心を裂く。
すると花が咲くように
オムレツがひらいて
チキンライスを覆う。
その様子に一瞬
見とれていたが
重大なミスに気づいた。
オムレツじゃなくて
オムライスだ…
ステンレス皿に
キャットフードを
いれるとカラカラと
音がなった。
その音に誘われたのか、
こたつの中からクロが
出てきた。
ここ最近は寒いから
こたつに引きこもっている。
僕の足に顔を
擦り付ける。
「はい、どうぞ」
ゆっくり床に置く。
足元でかつかつという
音を聞きながら
僕もオムライスを
食べ始めた。
「ご機嫌よう!!」
学校に着くなり
タイラが優雅に
歩み寄ってきた。
「今日はなんだか
ご機嫌だな?」
「そうかい?
そう見えるのかい?」
「なんかいいことでも?」
「決まっている!!」
タイラは両手を
大きく広げて
天を仰いだ。
「冬休みだ!!
白銀のゲレンデ!!
聖夜の誓い!!
それは青春だ!!」
拳を突き上げた。
そして僕を指差す。
「クリスマスイブは
青春を探しに
僕と固く約束しよう」
「ごめん。ちょっと
無理だわ」
「なんだって!!?」
タイラは雷にでも
打たれたかのような
顔をした。
「先約があると…
僕より大事な用か?」
「まあね」
そう言うとタイラは
数秒黙り、何かを考えて
いた。何か思いついた
ように
「なら、仕方あるまい。
僕は家族と絆を
深めよう」
タイラらしい
自己完結の仕方だった。
体育館は夏とは違い、
足から冷えがくる。
冷たさが異常だった。
ヒーターが全力で
稼働しているが
広いためか、全く
効き目はなかった。
女子の中には震えている
人がいたが、校長は
夏同様お構いなしに
だらだらと話しを
続けた。
HRで担任からの
休業中の諸注意を
聞いて二学期は
終わった。
わらわらと生徒たちは
白い息をはきながら
駅にむかった。
僕は家に帰ると
すぐにバイトに行った。
いつもよりか
かなり早い時間だったが
前もって大将には
話しを通していたので
「お疲れ様です」
と入っていっても
「今日も頼むよ」
いつも通りに
迎えられた。
お昼をだいぶ過ぎていた
ので店はひっそりと
していた。
「これから忙しくなる。
それまで下準備を
手伝ってくれ」
奥で女将さんが
手招きしている。
「わかりました」
料理の下準備は
何度かやったことが
あるが女将さんのように
綺麗に野菜を切ったり、
形を同じようには
出来なかったが
「出来るほうだよ。
上手い上手い」
と女将さんから
言われた。
毎日の自炊は
無駄ではなかった。
三人でしばらく談笑を
しているとお客さんが
次々と入ってきた。
6時を過ぎたら
いつものように
満席だった。
ガラガラ。
店に誰かが
入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「う~い」
ナカオカさんが
ようやく来た。
いつもの場所へ
案内する。
「ご注文は?」
ナカオカさんはふ~と
一息つくと
「とりあえず
生ビール」
オーダーを大将に
伝える。
「ナカオカさん。
ちょっといいですか?」
「なんだい?」
「約束通りに
昼前に取りに行きます。
移動は一人で
できるので…」
そう言うとナカオカさん
「わかった」
と満足そうに
頷いた。
日曜日の午前中。
ようを連れて公園に。
途中でナカオカさんに
会った。
「おじちゃん!!」
ようが元気よく
手を振ると
ナカオカさんも
にっこりと笑い
ヒラヒラと手を振る。
「よう君、
大きくなったなぁ。
どれ、おお!重いな」
ようを抱き上げる。
「よし!今日は
ただでボートに
乗せてやろう!!」
「ホントに!?
おじちゃん!!」
「いいともいいとも。
ホレ、ついておいで」
「やったー!!」
二人してナカオカさんの
あとについていく。
ようはナカオカさんの
隣を歩きながら
学校や友達の話しを
している。
ナカオカさんが
ボートを貸し出している
池についた。
ようは駆け寄って
様々な色彩のボートを
眺めて歩いた。
そしてあとからきた
僕をみて聞いた。
「お兄ちゃん、
何色がいい?」
僕は少し年季を感じる
すすけた白鳥を
指差した。
「これじゃなくて
いいの?」
「それだと子供っぽい。
しかも足で漕ぐから
疲れちゃう」
いっぱしのことを
言うようになった。
周りの子は親にむかって
真っ先に白鳥を
指差しているのに。
「ようの好きな色で
いいよ」
「え~。ないんだもん」
ナカオカさんが
苦笑いした。
「そうだ。お姉ちゃんが
好きそうな色にしよう」
ようはそう言って
白いボートを選んだ。
「さぁ、乗ろう」
ようは水に浮かんだ
ボートに飛び乗った。
ゆらゆらとボートが
揺れた。
とりあえず、僕も
乗り込み、オールを
手に取った。
ナカオカさんが
ボートに近づき、
船先を押す。
それからようと二人で
池を一周した。
「このまま持って
いくかい?」
ボートから降りた
僕にナカオカさんは
そう言った。
「そうします」
「じゃあ、荷台を
貸すから。
ようも一緒に
お兄ちゃんを
手伝いな」
「何やるの?」
「この白いボートを
向こうの池まで
運ぶんだよ。
荷台の向きを変えるのを
手伝って」
「わかった」
ようは素直に頷いた。
池への道は凸凹。
雑草が生えていて
石ころが車輪の
回転を邪魔した。
とても一人では
出来そうになく、
ようがいてくれて
とても助かった。
「お兄ちゃん、
これどうするの?」
息を切らしながら
ようが尋ねた。
はぁはぁいいながら
僕は答えた。
「秘密だよ」
「秘密か~…」
ようは難しそうな顔を
していた。
池につくとボートを
浮かべてナカオカさんの
思い出にくくりつけた。
これで準備はできた。
時計をみてみると
お昼を過ぎていた。
「ヤバい!!
早く帰らないと
大家さんに怒られる。
急ごう!!」
「ばあちゃん
怖いもんね」
ボソッとようは
つぶやいた。
家に帰ると大家さんは
仁王立ちで待っていた。
「おかえり…」
普段とは違う
トゲトゲしい挨拶。
「お昼冷めるわよ」
「「はい」」
二人で池を眺める。
寒さで萎んでしまった
芝生たちが木枯らしに
吹かれる。
「今日の夜空いてる?」
「どうして?」
「見せたいものが
あるんだ」
僕がそう言うと
彼女はゆっくり頷いた。
「わかった。
じゃあ、あなたの
手料理で手をうつよ」
「わかった」
僕が真面目に返事を
すると彼女が笑った。
「冗談。あなた
料理できるの?」
「いやできるよ。
だから楽しみに
しといて」
いつものように5時の
チャイムが鳴った。
僕達はベンチから
立ち上がった。
「買い物」
独り言のように
僕はつぶやいた。
「私も行く」
二人で公園をでて、
近くのスーパーに
入った。
夕食のメニューを
考えながら食材を
選んだ。
スーパーの店内は
クリスマス一色で
クリスマスソングが
楽しげに流れていた。
愉快な店内の装飾は
普段は普通の肉を
全く違うものに
見えてとても楽しかった
「なにを作るの?」
鶏肉を手に取る僕の
顔を横から覗いた。
「秘密だよ」
僕は笑った。
大量の食材を
プラスチックのかごに
入れてレジに並んだ。
二人で一緒に食材を
持って帰った。
「ちょっと待って」
大家さんの部屋の前で
立ち止まった。
ノックするとすぐに
ようと大家さんが
出てきた。
「どうしたの?」
「夕飯の買い物は
済みましたか?」
「まだだけど?」
「それは良かった。
今日は僕がご馳走を
つくるので部屋に
来ていただけますか?」
「ホントにお兄ちゃん?
僕行くよ」
扉をはねのけて
ようは出て行った。
「あらそうなの?
じゃあご馳走に
なろうかな」
僕の部屋のテーブルに
三人が座った。
「お兄ちゃん、
手伝うよ」
ようが大きく手を
挙げた。
「いや、大丈夫だよ。
座ってて」
僕は手を洗った。
「ホントに大丈夫?
手とか切らない?」
大家さんが心配そうな
顔で僕を見た。
「大丈夫ですよ。
任せて下さい」
「ガンバレ~」
彼女は楽しげに
そう言った。
「頑張るよ」
野菜や肉を切って
下準備したあとに
湯を沸かしたり、
油を熱したりした。
湯気やいい匂いが
部屋に広がった。
出来上がる料理を
次々に皿に盛った。
最後の料理を
盛り付けると
皿をテーブルに運んだ。
「「「わぁ~~」」」
三人は皿を覗き込んだ。
テーブルには
鶏の唐揚げ、
エビチリ、筑前煮、
豆腐の味噌汁といった
この日には似合わない
和風の料理が並んだ。
「これ全部手作り?」
「当たり前。
さっ、食べて」
「「「いただきま~す」」」
カチャカチャと
食器と箸の音が
部屋に響く。
外は厳しい寒さ。
中は暖かな明るい食卓。
聖夜には似合わない
日本の料理。
だけども日本も
世界もどこでも
家族というものは
こんなものだろう。
ただみんなで食事を
囲むことが幸せなんだ。
異変に気づく。
隣にいる彼女が
俯き、肩を震わせている。
大家さんもようも
彼女に目を向ける。
「お姉ちゃん…
どうしたの?
お兄ちゃんの料理に
あたったの?」
僕は一瞬ヒヤッと
したが、彼女が
首を横に振ったので
安心した。
「違うよ。ただ、
嬉しいだけ。こんな風に
家族みたいにごはんを
食べるの久しぶりだから」
顔をあげて
にこりとした。
睫毛がひかる。
「どれもおいしいよ」
ようが頭をぶんぶんと
激しく上下させる。
「うん。おいしい。
お兄ちゃん、ホントに
料理が上手だったんだ」
「疑ってたの?」
「うん」
素直に答える小学生に
思わず苦笑した。
時間は8時30分。
二人は部屋に戻った。
彼女は椅子に座り
本棚を眺める。
「じゃあ、行こうか?」
「どこに?」
彼女は僕を見た。
「公園。寒いから
上着貸そうか?」
「うん」
二人で部屋から出る。
寒さが骨までしみる。
「さむっ」
フラリと彼女が
僕の後ろに寄り添った。
「風よけ」
ニヤリと笑う。
「ハイハイ」
外は暗い。
暗いなかを歩く。
電灯はついているが
冷たい暗さは明るくは
ならなかった。
公園につく。
凍った芝生が
シャキシャキいう。
葉のない木々は
だんまり。
何も聞こえない。
二人の足音。
ボートが波に合わせて
かすかに揺れている。
ボートの縄をとく。
彼女が恐る恐る乗る。
「ボートって初めて。
落ちたらどうしよう」
不安げに言う。
僕が笑う。
「もう知ってるでしょ」
「それイヤミ?
今は冬だよ。
わけが違うよ」
怒ったように言う。
「そう意味じゃないよ。
どうするかを
知ってるでしょ?」
不思議そうな顔をする。
「じゃあ、どうするの?」
僕は答えずに
オールで岸を押した。
するすると滑るボート。
凍りかけた水は
重そうに砕けた。
バシャバシャと
オールで船を池の
中まで進める。
中まで行くと
オールを船にしまい
船が止まるまで
ゆっくりと待った。
船が止まる。
「どう?上みてみな」
「上?」
顔を傾ける。
雲一つない夜空。
周りには光がない。
あるのは月明かりだけ。
優しく照らすから
星もひょっこり現れる。
街では電気の光に
邪魔されて顔を出さない
のに今日は生き生きしてる。
「綺麗だね。
普段じゃ見れないね。
街は明る過ぎる」
「そうだね」
黙って星を見続ける。
その沈黙がとても
優しく感じた。
時間がゆったりと
過ぎていく。
彼女が口元に両手を
あてて息をはく。
「手袋貸そうか?」
していた手袋をはずして
彼女に渡す。
「ううん」
彼女は手袋を自分の
膝に置いて、僕の手を
とった。彼女の手は
僕より暖かかった。
「あったかい」
僕の手のほうが
冷たいのに彼女は言った
「今日は何の日?」
彼女が突然聞いてきた。
「クリスマスだよ。
多分…」
「クリスマス…」
彼女は空を見たまま
考えているようだ。
「キリストの
誕生を記念する日。
キリスト誕生記念」
「が、どうかしたの?」
「私達、いっつも
日曜日に会ったるからさ
何か記念日みたいに
したいんだけど…
名前がうまく…」
「名前ねぇ」
僕も考えた。
「詩人だから
パッとでるでしょ?」
「パッとはでないよ」
冬の寒さの真ん中で
うんうんうなる二人。
実にシュールだ。
数分後、彼女が
大げさに息をはく。
「でないや」
僕も同じく悩んだが
何も出ない。
「名前なんて
いいんじゃない?」
僕がそう言うと
彼女は頷いた。
「そうだね。あとで
決めようか。
今は綺麗な夜空を
見ておこう…
また見れるか
わからないし」
二人でずっと
眺めていた。
水面に揺れる月と星。
遠くにあっても
近くにもある。
不思議な感じ。
手のひらにちらちら
落ちる白い。
「雪だ」
僕はつぶやく。
彼女は手を広げて
優しく結晶を
受けとめる。
僕のはすぐに溶けたのに
彼女のは溶けなかった。