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十二週記念 リマインド


彼女と逢ってから

何週間過ぎたのだろう?

描いた作品の数も

増えていった。

あの日の紅葉達は

全て落ちてしまって

乾燥して茶色くなった。

11月の気温は

僕達に冬の訪れを

肌で教えてくれる。

厚着してもなお、

たつ鳥肌はぶつぶつと

僕に非難の声を

投げかける。

寒さは厳しく

息はかすかに白くなる。

夜はさらに冷え込み、

朝には布団を恋しく

させるのだった。


布団に潜り込む前、

電話がかかってきた。

「おう、俺だ。

寝ていたのか?」

電話器のボツボツの

スピーカーから

親父の声が聞こえる。

「いや。

ちょうど寝るところ」

欠伸をかみ殺して

僕は頭をかいた。

まだ完全に乾いていない

髪からシャンプーの

良い香りがした。

僕が以前から

お気に入りの

シャンプーだ。

「12月のはじめの

日曜日は暇か?」

「用事はないけど?」

「じゃあ、空けといて」

「別に良いけど

どうして?」

僕は受話器から

くるくると伸びている

コードを指に

巻きつけた。

「母さんがお前に

会いたいそうだ。

医者にも許可を

もらった」

「ふーん…」

遠い向こうから

悩ましげな声が

聞こえてきた。

「嫌なら無理はするな。

行かなくても

いいんだぞ。

母さんには都合が

あわなかったと

言っておくから」

「行くよ。別に

嫌ではないよ。

話はそれだけ?」

親父は面をくらった

ように

「あ、いやそれだけだ」

「明日も早いから

切るね。2時ぐらいに

迎えにきて。

支度しとくから」

「わかった」

親父は冷静に答えた。

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」

乾いた部屋に

電話を切る受話器の

鈍い音が響いた。

部屋の奥から

寂しげなクロの

鳴き声がした。

「今いくよ」

クロは布団に

くるまっていた。

僕が布団に入ると

クロも人間と同じように

頭だけ出して寝た。

満足そうな顔だった。


12月に入る前の日曜日。

「今度の日曜日は

用事ができちゃったから

来れないみたい」

彼女は申し訳なさそうに

肩をすくめて

僕から視線をわずかに

そらした。

「僕もなんだ。

だから大丈夫だよ」

「本当に?

私に気をつかってじゃ

なくて?」

上目づかいで

彼女は僕を見た。

「入院している

母さんの見舞いに

行くんだ」

「お母さん?」

彼女はきょとんとした。

「お母さん、

どこか悪いの?」

彼女ははっとして

「ごめん。

聞いちゃ悪いよね」

「ううん。いいんだよ。

母さんはちょっとね、

ショックを受けて

少しだけ記憶が

なくなってしまったんだ

僕という息子のことも

覚えていない」

僕は彼女から

池に視線を移した。

冷たさだけを主張する

水達は鋭い爪をたてて

岸をかきむしる。

目にはそう見えなくても

長い年月を積み重ねれば

やっていることは

そんなものだ。

そっと、彼女の手が

僕の頬を撫でる。

「寂しい?」

彼女の手を握り、

頬から遠ざけた。

「いいんだ。

これは僕のせいだから。

自業自得なんだ」

「本当にそうなの?

本当に寂しくないの?」

彼女の声は僕を

締め付けるように

悲痛な響きをしていた。

「うん、平気」

「嘘だよ。私だったら

寂しいもの。

寂しくて寂しくて…」

彼女は言葉に詰まった。

出てきそうな言葉は

喉で止まってしまい

また心の底に沈んだ。

「私達は似てるね」

「え?」

「何でもない」

にっこりと笑った。

それからまた

普段通りに5時近くまで

二人で池をみていた。


「愛しのマイハニー、

迎えに来たよ!!」

ドア越しにくぐもった

ふざけた声がする。

声の主を確認するまでも

ない。

「ドチラサマデスカ?

シンブンハマニアッテ

オリマスノデ

イラナイデス」

ロボットぽく

返事してやった。

「もう、わかってる

でしょ。パパだよ~☆」

「そのふざけた

キャラ設定止めないと

このドアをおもいっきり

蹴り飛ばすぞ」



「いいじゃん

いいじゃん!!

久しぶりの親子の

再会なんだし」

親父が口をとがらせる。

「運転中によそ見しない」

「ハイハイ」

結局、親父に

キャラ設定を変えさせ、

大家さんにドアを蹴る

のを謝らずにすんだ。

変えなければ

間違いなく僕は

ドアをけり、親父に

ぶつけていただろう。

親父が僕の本気を

悟り、慌てて変えた。

「そんな暴力的な

息子に育てた覚えは

ありません!」

「ハイハイ」

僕はこの間と同じく

車の窓から通り過ぎる

風景を眺めていた。

赤いスポーツカーが

僕達の車の脇を

追い抜いていった。

追い抜いた後には

スポーツカーに

隠れていた後ろの景色が

紙芝居の場面変化ように

すーっと現れた。

親父が瞳だけを目の

すみによせて僕を

見たような気配がした。

「なんかあったのか?」

僕は外を見たまま

「別に」

とだけ答えた。

「俺の目は

ごまかせんぞ。

だてにお前の世話を

17年もしてるわけじゃ

ないんだぞ。

何があった?」

「何にもないよ」

親父は今度、

顔をこちらに向けて、

「恋か?恋なのか!?

恋なら許す」

と一人で盛り上がり、

ついには自分の

昔話まで持ち出そうと

したその時に。

幸運にも病院の

白いのっぺりとした

建物が見えてきた。

「病院だね」

「おお!ホントだ。

父さんのモテ期の

話はまたあとでに

しようかな」

「全く楽しみだ」

僕は親父には

見えないところで

舌を出して吐く真似を

した。おもいっきり

苦笑してやった。

親父は気づいてない。

受付に要件を伝えて、

促されるままに

薄暗いエレベーターに

三度目の搭乗を

果たしたのだった。

病室には母さん一人。

僕達が病室のドアの

ところにいるのに

気がつくと

とても嬉しそうな笑顔を

浮かべて手招きした。

「こんちには」

「こんにちは!!

お久しぶりね。

元気だった?風邪

ひいてない?」

「大丈夫です。

元気いっぱいです」

母さんはまた一段と

元気になったようだ。

この前よりも

顔色はよくなり、

顔も少しだけ

丸くなったような

気がした。

声も溌剌としていた。

「今日は来てくれて

ありがとう。

どうしても話したい事が

あってね…」

母さんは親父に

目配せした。

親父は頷くと

立ち上がり

「ちょっと売店に

買い物してくる」

と言って病室から

出て行ってしまった。

母さんと二人きりに

なった。

「聞いているかも

しれないけれど…」

母さんはこうきりだした

「私達はあなたを

養子に迎えたいの。

私はあなたの

お義母さんに

なりたいの。

でもね、今まで

他人だった人が

今日からはい、私が

お義母さんね、

じゃいけないと

思うの。だから

私は息子のあなたの

今までの人生を知って

あなた自身をちゃんと

理解したいの。

わかる?」

僕は頷き「分かります」

母さんはホッとした

みたいに手を胸に

当てた。

「わかってくれて

ありがとう。

じゃああなたの

今までの人生を

教えてちょうだい。

何分、何時間、何日でも

かかってもいいから

ひとつずつあなたを

教えてね」


親父から以前聞いた

僕の偽物の過去を

話した。

「僕は生まれたときに

実の母親に孤児院の

前に捨てられました。

それから…」

嘘の過去が僕の

口から他人事のように

流れ出た。

だって他人事だから。

僕の本当の過去では

ないのだから。



僕は本当に弱虫だった。

いつもいつも

泣いてばかりで

幼稚園の頃は

ケンカでよく

泣かせられていた。

つけられたあだ名は

「泣き毛虫」


「や~い泣き毛虫~」

そう言われただけでも

自分が情けなくなり

涙がこぼれた。

家に帰るといつも

目の周りは赤くなって

母さんに慰められた。

「泣き毛虫なんか

じゃないよね。

だから泣かないの。

わかった?」

母さんは僕を抱いて

毎日こう言った。

「わかった。

もう泣かない」

僕は母さんに毎日

そう約束して

毎日破って帰った。

それでも笑顔で

優しく僕の帰りを

待っていてくれた。

小学生になると

泣くことも

少なくなったが

幼稚園から小学校に

一緒入学した同級生から

小さないじめを

受けるようになった。

低学年のいじめなんて

可愛いものだった。

だけど僕は人が

見ていないところで

泣いた。

母さんには

心配かけたくは

なかったし、また

泣き毛虫と言われるのが

嫌だったからだ。

ある日、一人で

泣いていると

後ろから声をかけられた

「だいじょうぶ?

これでふいて」

三つ編みのおさげの

同学年の女の子が

ピンクの水玉の

ハンカチを

差し出していた。

「ありがとう」

僕はそれを受け取り、

涙をふいた。

「どうして

泣いてたの?」

「みんなが僕のことを

弱虫だ弱虫だって

言うんだ」

女の子はふーんと

他人事のようだった。

「なら私がまもって

あげる」

「え?」

「明日から私が

みんなをちゅういする」

「いいよ」

僕は頭を振った。

「いいからまかせて」

女の子は胸を叩いて

どこかにいってしまった。


次の日から

僕は彼女に守られた。

僕はとても嬉しく。

初めて母さんとの

約束を守ることが

出来た。

だから帰ったらすぐに

「お母さん!!

今日は泣かなかったよ」

母さんのところに

飛んでいき報告すると

母さんは驚きと

嬉しさの混じった表情を

浮かべたが

「頑張ってね」

と抱きしめたあとに

頭をくしゃくしゃと

なでてくれた。


いじめは徐々に

なくなった。

僕は女の子に

ほのかな気持ちを

抱いた。

中学にあがる。

僕も精神的に

成長した。

しかしある日、

再び僕に影が

ついてきた。

暴力には我慢できた。

だけど僕の小さい

記憶を持ち出した

一人が僕のことを

マザコンだと呼んだ。

それはたちまち

他の人にも伝わり、

それについても

いじめられた。


いじめに耐え続けて

卒業間際に僕は

あの女の子に

気持ちを伝えた。

女の子は吹き出した。

「有り得ない。

あんたマザコン

なんでしょ?

無理だわ」





「大丈夫?」

はっと我にかえる。

目の前にいたのは

やはり母さんだった。

「顔色悪いよ。

少し休む?」

いやに冷たい汗が

僕の背中から吹き出して

気持ち悪かった。

「大丈夫です」

「本当に?」

心配そうに顔を

覗きこむ。

誰だっけ?

誰だったか?

他にもこういうふうに

僕を心配する人が

いた気がする。

うまく思い出せない。

「あなたの過去は

よくわかったわ。

お母さんとは…

会えたの?」


そういえば、

僕は母親を

探していたんだっけ?

僕の母親を

探していたんだ。

「母さんとは…

会えました」

僕の声は驚くほど

無機質で乾いていた。

静かな病室にそれは

不気味なまでに残り、

僕の耳にしぶとく

木霊した。

「僕は、僕は…母さんに

会った瞬間に、

感情が爆発して…

酷い言葉を

無防備な母さんに

ぶつけました…」

震え出しだ声は

止まらない。徐々に

大きくなっていった。

「母さんのせいだ!!

母さんのせいで

僕はとても惨めで

いじめられたんだ!!

母さんなんて

もう…いらない」

僕は両手で顔を

覆った。

約束したはずなのに。

もう泣かない。

あの日の約束は

まだ続いているはず…

僕の中だけで

母さんは覚えては

いないだろうけど。

「ごめんなさい!!

ごめんなさい!!

僕は…」


弱虫だ。

涙が溢れて

止まらない。


「母さんは僕の言葉で

傷ついて自殺を…

ごめんなさい!!」

母さんはベッドから

そっと降りて…

僕を抱きしめた。

「泣かないで」

僕を放すと

暖かな手を僕の頬に

あてて、こぼれる涙を

優しく拭う。

「そうやって

一人で背負って

生きてきたのね。

もうわかったから

泣かないで。

つらかったら

お義母さん一緒に

背負いましょ」

母さんは微笑んだ。

「これからは家族よ」





「戻ったぞ~。

腹減ったから三人で

下の食堂で飯を食べよう」


「いいわね。

いきましょう」

母さんが僕の手を

とって歩き始めた。

「何がいいかな~?」

親父が食券の販売機で

迷っていると母さんが

「あなたはどうせ

ラーメンでしょ。

早く選んで」

口を押さえて

楽しげに笑った。

親父は結局、

ラーメンを選び、

母さんはうどんを

頼んだ。


僕も食券の販売機で

悩んでしまった。

「どうしたの?

あなたはこれでしょ」

母さんがそう言って

押したのは僕が

大好きなコロッケだった。


家族三人が久しぶりに

ひとつのテーブルに

ついた。

くだらない話しを

しながら食べる。

そのテーブルだけは

病院の食堂とは

思えない明るい食卓。

母さんはいった。

「早くも本当の家族ね」


いつか母さんに

本当の家族として

みられる日がきて、

同じように食事を

したいなと思った。


「父さん…」

「どうした?」

帰りの自動車。

行きと同じ道だけど、

帰りでは全く別の風景に

なる。

「母さん、

いつになったら

戻るかな?」

「さあな…」

僕は今日の

母さんを思い出した。

[あなたはこれでしょ?]

一瞬だったけど

僕のことを

思い出したのだろうか?

「早くまた三人で

暮らしたいね」

「そうだな。

そのほうが楽しいな」

親父は嬉しそうに

目を細めて何度も

頷いた。

「また母さんに

会いに行っても

いいかな?」

親父はふいた。

「何で笑う?」

プクククと口を

押さえる。

「子供が母親に会うのに

許可なんていらないだろ」


確かにそうだ。

何度も何度も

会いに行こう。

そして早く

思い出してもらって

三人で仲良く

本当の家族になろう。




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