十一週記念 紅葉
ナカオカさんの人生は
想像とは全く違っていた
が、僕と同じような
気がした。
誰もがそうと
いうわけではないけど
何か一つ、
自分の人生を
変えてしまった
重大な事件がある。
それも自らが
きっかけをつくって
しまい、誰かを
苦しめてしまう。
生き続けて
今でもなお自分で
自分を責める。
責め続ける。
なんであのとき
こうしなかったのか?
ifの中でもがく。
もがいてももがいても
楽になることはない。
やめれば楽になるのに
やめかたが分からずに、
いや、やめてしまっては
死んでしまうと
思いこんでいるから
僕達はもがくのか。
もがいている自分に
気づきながらも
いまだに楽には
なれない。
僕達の日曜日は
変わらずにやって来た。
もう秋だ。池の周りの
木々も紅く色付いて
きている。
美しい葉を惜しげもなく
落としてしまう本人達は
その色鮮やかさに
気づいてはいないの
だろう。なんだか
勿体無い気がした。
「そろそろ見頃かな?」
ベンチに座って
落ち着かないように
膝からしたを
ぶらぶらさせる。
子供のような仕草だ。
同時に固定されてない
ベンチがガタガタと
揺れる。落ち葉が
擦れて独特な演奏を
奏でる。
「あ、ごめん。
揺らしてたね」
足を振るのをやめて、
周りを眺める。
「はい」
最後の一行を
描き上げて彼女に
原稿用紙を渡した。
今回はいつもより
長い小説になった。
飲み屋のバイトの
高校生と飲み屋の
常連のおじさんの話し。
僕とナカオカさんを
モデルにした小説だ。
内容も大して
変わらない。
一つの場所を通して
身近な存在に思う。
彼女が読んでいる間、
僕はクロが
落ちてくる葉を
懸命につかもうと
している姿を
笑ってみていた。
クロはじ~っと葉が
落ちる軌跡をみつめて
自分の頭の上に
来たかと思うと
ばっと跳躍して
葉をひっかく。
しかし、だいたいの葉が
クロがひっかく前に
ヒラリと優雅に舞って
ネコパンチをよける。
クロがくやしそうに
落ち葉のベッドで
ゴロゴロとしていた。
「おいで、クロ」
そう呼ぶと
耳が動いて
僕を見つめた。
「にゃー」と一鳴きして
僕の膝に飛び乗った。
爪を少しだけたてて
伸びをする。
足場を確認してから
大きな欠伸をした。
その頭を撫でると
従うように
身をまるめた。
クロがちょっとだけ
重くなったことを
感じた。
成長を多少感じ、
何故だか胸が
あったかくなった。
子供の成長を見守る
親もこんな感じなんだろうか?
彼女がパサリと自分の
膝に原稿用紙を置いた。
一息はく。
「どうだった?」
再び原稿用紙を
手にとって
先ほど描いた
最後の一行を
読み上げた。
「他人が
身近な人になる時は
他人の過去を知った時」
彼女は僕の顔を
何か確かめるように
のぞきこんだ。
「本当にそうかな?」
「僕はそう思うよ」
彼女はさらに僕に
近づいてきた。
僕はたじろき
一歩身を引いてしまった
「じゃあ例えば私が
暴力団の組長の娘で
すっごい不良で
いまだに悪いことを
しているってわかったら
あなたはどうする?」
僕はぽかんと
してしまった。
そんな漫画のような
身の上は彼女には
似合わないと思った。
外見からは
全く想像出来ない。
「どうって…
ありえないでしょ」
「いいから!!
私がそういう人だったら
を考えて!」
彼女が真面目な顔で
僕に頼んだ。
言われたとおりに
僕は少しだけ
真剣に考えたが
どうするかは
よく分からなかった。
でももやもやするもの、
確信らしいものは
心にあった。
「わからないよ」
とだけ僕は答えた。
「そんなの嘘。
普通の人だったら
私から離れていくよ。
だって怖いから。
もし人の過去を知っても
受け入れなければ
理解はできないよ」
彼女は体の向きを
かえて池を見た。
「私が悪いなら
人は離れていく。
生まれや過去で
離れていく」
「でも君は
暴力団の組長の娘でも
不良でもないでしょ?」
「まあね」
「じゃあ、僕は
離れないよ。
君が…」
「ばーん!!!!」
突如、後ろから
何かが現れた。
二人は反射的に
身を震わせながら
ベンチの両端に
それぞれ飛び退いた。
「ははは、びっくりした?
二人とも」
ようが両手を挙げた
驚かした状態で
嬉しそうに笑っている。
「「びっくりした」」
二人はまだ
目を大きく開いて
ようをまじまじとみた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん
びっくりし過ぎだよ。
ほらほらちゃんと
座って座って」
僕達にそう促し、
ようは間に座った。
飛び退いたから
クロは眠りを
妨げられて少し
不機嫌な声で鳴いた。
「よしよしクロおいで」
ようが手招きすると
仕方なさそうに
クロはようの膝に
乗った。
「どうした?
大家さんから伝言?」
「ううん。違う」
ようは頭を横に振った。
「お兄ちゃんと
お姉ちゃんの二人に
お願いがあってきたんだ」
彼女がように
優しく聞いた。
「お願いって?」
ようは彼女を見て
うなずきながら
「あのね。
次の土曜日に
サッカーの試合が
あるから観に来て
欲しいんだ。
お兄ちゃんには
いつも遊んで
もらってるから
僕の試合してる姿を
見てもらいたいんだ」
するとようは
ニヤリと意地悪そうに
笑った。
「しかもお兄ちゃんと
お姉ちゃんいつも
ここでしか会ってない
でしょ?
デートがてら
観に来れば?」
その言葉で
二人の顔は紅くなった。
「だ、だから
そういうんじゃ
ないんだよ」
僕がそう言うと
ようはふーんとだけ
言った。憎たらしい。
「土曜日に
どこでやるの?」
ようは彼女の顔を見て
「公園近くの
河川敷でやるんだ!!
3時ぐらいからやるよ!」
「わかった。
観に行くよ」
彼女はようの
頭をなでた。
ようはとても
嬉しそうに笑って
「絶対だよ!!!
指切りげんまん」
そっと小さな小指を
彼女に差し出した。
彼女も白い綺麗な
小指を出した。
「ゆびきりげんまん…」
白い小指とそれより
一回り小さい小指を
あわせて二人で
歌う姿は微笑ましく、
周りの風景に
溶け込んでいた。
一枚の絵画だった。
見た人の心を必ず
温める魔法の絵画。
題名は小さな約束。
「ゆびきった!!」
小指同士が
そっと離れたが
見えない糸が
のびているように
見えた。
「じゃあ、
次の土曜日に
河川敷で待っているよ」
クロを抱き上げて
ようはベンチから
立ち上がった。
「じゃあね」
ようが帰ったあと
彼女に聞いた。
「土曜日、大丈夫?」
「用事ないから
大丈夫だよ。
一生懸命
応援しなくちゃ」
彼女はふふふと
笑った。
「ホントの兄弟みたい。
うらやましいな~」
「君はお姉ちゃんでしょ」
「そう思ってくれてれば
嬉しいな」
川はゆったりと
流れていた。
どことなく河川敷は
他の場所よりか
風が強く感じられた。
斜面の芝生が揺れる。
段ボールをしいて
一番上から滑りたくなる
魔力がそこにはあった。
だが目的はようの
応援なのでピクニックの
シートをそこにひいて
彼女と二人で座った。
人はそこまで多くは
なかったが様々な人が
いた。
サッカーの応援にきた
夫婦や僕達の頭の上を
通る市民ランナー、
段ボールで斜面を
勢い良く滑る小さな子。
空は青く、気温も
激しく動くには
丁度良い、肌寒い程度。
「晴れて良かったね!」
彼女は嬉しそうだ。
ソワソワとしていたから
「楽しみ?」
目を輝かせてあふれる
笑顔で大きく頷いた。
「私、サッカーの試合を
生で見るの初めて!!
どんなのだろう!!」
両手をあわせて
僕にそう言った。
「勝って欲しいね」
「うん!!
あっ、手振ってる」
サッカーコートの
真ん中でようが
飛び跳ねている。
僕達も手を大きく
振り返す。
選手が整列し
互いに礼をする。
じゃんけんで
コートボールを
決めたあとに選手が
それぞれのポジションに
散らばった。
主審が片手をあげて
笛をくわえる。
「始まった!!!」
ボールがチョンと
前に出されたあとに
バックパス。
ボールはようへと
渡った。
ようはドリブルを
し始める…
「頑張れ!!よう君!」
彼女は立ちながら
大声で叫んだ。
「いけ~よう!!」
僕も応援した。
跳んだり跳ねたり、
息を飲んだり、
やった!と小さく叫んだり
拍手をしたりと
彼女は様々な表情を
見せてくれた。
日曜日のあの場所では
見れなかった生きている
彼女を見た気がした。
時々、応援を忘れて
彼女の顔を見つめていた
終了のホイッスル。
「やった!!勝った」
彼女は手を叩いて
喜んだ。
終了の挨拶を終えて
ようがこちらに来ると
彼女はように抱きついた
「お姉ちゃん苦しい…」
「カッコ良かったよ!
よう君!頑張ったね」
ようを離して頭をなでた
「応援ありがとう!!
二人のおかげだよ!」
ようは僕達に御辞儀した
その頭を今度は
僕がなでた。
「頑張ったね。
帰って大家さんに
報告しようか」
「うん!!」
ようは僕と彼女の
手をとって
斜面を駆け上がった。
夕方の河川敷の道路を
三人で手をとりあい、
つながって歩いた。
次の日。
「2日連続で
会うなんて
初めてだね」
彼女はすでにベンチで
待っていた。
紅葉はちょうど見頃。
周りの木が紅一色で
とても綺麗だった。
「あれ?原稿白紙だね」
身をかがめて僕が
手に持っていた
白紙の原稿をみて
言った。
「紅葉見ながら
描こうと思ったんだ」
「いいのができそう」
そう言うと彼女は
欠伸をした。
「昨日の試合で
興奮しちゃったから
眠れなかったんだ。
出来るまで寝てていい?」
「いいよ」
彼女は目をつむった。
僕は周りの木々を
眺めて話を
想像の中から
作りだそうとした。
池にはやはり僕達だけ。
池に映るのは紅い木々。
時々、何もないのに
波がたって揺れて
ぼやける。
そしてまた元に戻る。
優しいそよ風が
僕達が座るの大樹の
一枚、たった一枚だけの
紅い葉をさらっていく。
葉はひらひらと
宙で踊った。
遊ぶように。
それを目で追った。
ゆっくり、ゆっくり
身を翻し、右へ、左へ
急降下したり、
ちょっと止まったり
しながらひらひら
ひらひらと。
ふわっと水面に
滑るように着水。
ただいま!と
言わんばかりに
水面に映る自分の
居場所へ戻った。
肩に重さを感じた。
暖かさを感じた。
黒い長い髪。
一定のペースで
気持ち良さそうに
呼吸を繰り返す。
僕もついつい
そのペースに
あわせてしまい、
二人で同時に体が
わずかに上下する。
僕は一種の安心感と
いうべき満足感、
心地よさに包まれた。
そのままずっと。
やはり池には
二人きり。