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11323通の手紙

作者: かとう
掲載日:2026/09/06

初めて書きました。

これは何度目の手紙だろうか。


いい加減、こっちの手間も考えてほしいものだ。


101号室の端末を確認する。


異常なし。


癖のようになっている挨拶だけして、ドアを閉めた。


廊下に出ると、思わずため息が出る。


同じ記憶を何度も反芻し、同じ後悔を繰り返して、毎日のように手紙を書く。


今日の分も適当に折り畳んで、制服のポケットに突っ込んだ。


向こうから高木が歩いてくる。


「どうだった?」


「いつも通り、ほら」


手紙を見せる。


「あー、そう。懲りないねえ」


「いい加減にしてほしいよ」


「そういや、来月から資格手当上がるらしいぞ」


「また?」


「人が足りないんだと」


「夜勤減らしてくれる方がいいけどな」


高木が笑った。


俺もこの仕事に就くために資格まで取った。


食いっぱぐれないとは聞いていたが、その通りだった。


人手はいつも足りない。


誰も進んでやりたがる仕事じゃないが、誰かがやらなければならない。


「じゃ、俺も見てくるわ」


「あいよ」


高木と別れ、管理室に戻った。


手紙を取り出す。


===


田島様へ


私は取り返しのつかないことをしました。


あの日のことを忘れた日はありません。


あの時、私が――


===


また同じだ。


そもそも宛先の人間が、まだ生きているのかどうかすら怪しい。


俺は紙を破り、デスク横のゴミ箱に放り込んだ。


少しだけ気分が晴れる。


「反省しています」


「後悔しています」


ここに来てから、何千回聞いたか分からない。


「おい、何やってる」


振り返ると、上官の江崎が立っていた。


「101号の手紙、処分してました」


「確認は?」


「済んでます」


「ならいい」


江崎はゴミ箱を一瞥した。


「週明け、また一人入ってくるぞ」


「またですか」


「例の連続殺人犯だ」


「ああ、ニュースになってた」


「ようやく全部片付いたらしい。こっちで受け入れる」


「東部に回せないんですか」


「もう埋まってる」


また仕事が増える。


俺は内心舌打ちした。


「最近こっちに回しすぎじゃないですか」


「凶悪犯を受け入れられるところなんて限られてるんだよ」


「現場はたまったもんじゃないですね」


江崎が苦笑する。


「お前は相変わらずだな」


「何がです?」


「ここの連中に、まるで情が移らん」


「犯罪者に感情移入してどうするんですか」


「それでも人間だ」


「被害者も人間ですよ」


江崎は何も言わなかった。


俺はゴミ箱を見る。


びりびりに破れた101号の手紙が、一番上に乗っていた。


*


午後十一時過ぎ。


101号に異常が出た。


夜勤の高木と向かう。


「101、最近多いな」


「三十年以上だからな」


「そろそろ交換時期か?」


「見りゃ分かる」


ドアを開ける。


朝と同じ部屋。


中央で灌流ポンプが一定の音を刻んでいる。


酸素化装置。


老廃物除去フィルタ。


幾重にも伸びる管。


無数の電極。


その中心に、101号がいる。


正確に言えば、101号の脳がある。


高木がモニターを見る。


「フィルタだな」


「ああ」


高木がバルブを操作する。


やがて警告表示が消えた。


「戻った」


101号の肉体は、もう三十一年前に死んでいる。


ここに残っているのは脳だけだ。


意識や記憶はある。


考えることもできる。


だが、口もなければ手もない。


外の世界に何かを伝える方法は、一つしかない。


手紙だ。


頭の中で言葉を組み立てると、装置がその活動を読み取り、文章に変換する。


それが、部屋のプリンタから紙になって出てくる。


あいつに残された、外の世界への唯一の出口だ。


だから、贖罪のために手紙を書く。


俺は端末を開いた。


===


東部特別処遇センター 管理部


収容番号 101

氏名 西岡和明

特別処遇開始日 2189年2月11日


===


101号は当時三十二歳。


二十二歳の女性につきまといを続け、接近禁止命令を受けた後も執着をやめず、帰宅途中を待ち伏せして殺害した。


死刑はすでに執行されている。


手紙の宛先は、被害者の父親である田島修一。


田島は二十六年前、一度だけ回答している。


《今後、対象者からの連絡を一切希望しない》


それ以来、101号の手紙は一通も外へ出ていない。


それでも書く。


何度も。


何度も。


「三十一年か」


高木が言った。


「長えな」


「まだ三十一年だろ」


「一回死んでるんだぞ」


「だから?」


俺は101号を見る。


昔は、死刑になればそこで終わりだったらしい。


今は違う。


肉体を殺すのが死刑。


その後も意識を残し、自分の罪を考え続けさせるのが特別処遇制度。


死んだからといって、罪まで終わるわけではない。


「やっぱ大概な国だよな」


高木が言った。


「そうか?」


「死んでも許さないってことだぞ」


「許す必要ある?」


高木が黙った。


俺は端末を閉じた。


「戻るぞ」


*


翌朝。


六時四十分。


101号室。


一枚の手紙が出力されていた。


===


拝啓 田島様へ


私は取り返しのつかないことをしました。


===


「またかよ」


続きを読む気にもならない。


三十一年間。


同じ罪を思い出し、


同じ相手に、


同じ言葉を書く。


俺は手紙を二つ折りにして、制服のポケットに突っ込んだ。


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