11323通の手紙
初めて書きました。
これは何度目の手紙だろうか。
いい加減、こっちの手間も考えてほしいものだ。
101号室の端末を確認する。
異常なし。
癖のようになっている挨拶だけして、ドアを閉めた。
廊下に出ると、思わずため息が出る。
同じ記憶を何度も反芻し、同じ後悔を繰り返して、毎日のように手紙を書く。
今日の分も適当に折り畳んで、制服のポケットに突っ込んだ。
向こうから高木が歩いてくる。
「どうだった?」
「いつも通り、ほら」
手紙を見せる。
「あー、そう。懲りないねえ」
「いい加減にしてほしいよ」
「そういや、来月から資格手当上がるらしいぞ」
「また?」
「人が足りないんだと」
「夜勤減らしてくれる方がいいけどな」
高木が笑った。
俺もこの仕事に就くために資格まで取った。
食いっぱぐれないとは聞いていたが、その通りだった。
人手はいつも足りない。
誰も進んでやりたがる仕事じゃないが、誰かがやらなければならない。
「じゃ、俺も見てくるわ」
「あいよ」
高木と別れ、管理室に戻った。
手紙を取り出す。
===
田島様へ
私は取り返しのつかないことをしました。
あの日のことを忘れた日はありません。
あの時、私が――
===
また同じだ。
そもそも宛先の人間が、まだ生きているのかどうかすら怪しい。
俺は紙を破り、デスク横のゴミ箱に放り込んだ。
少しだけ気分が晴れる。
「反省しています」
「後悔しています」
ここに来てから、何千回聞いたか分からない。
「おい、何やってる」
振り返ると、上官の江崎が立っていた。
「101号の手紙、処分してました」
「確認は?」
「済んでます」
「ならいい」
江崎はゴミ箱を一瞥した。
「週明け、また一人入ってくるぞ」
「またですか」
「例の連続殺人犯だ」
「ああ、ニュースになってた」
「ようやく全部片付いたらしい。こっちで受け入れる」
「東部に回せないんですか」
「もう埋まってる」
また仕事が増える。
俺は内心舌打ちした。
「最近こっちに回しすぎじゃないですか」
「凶悪犯を受け入れられるところなんて限られてるんだよ」
「現場はたまったもんじゃないですね」
江崎が苦笑する。
「お前は相変わらずだな」
「何がです?」
「ここの連中に、まるで情が移らん」
「犯罪者に感情移入してどうするんですか」
「それでも人間だ」
「被害者も人間ですよ」
江崎は何も言わなかった。
俺はゴミ箱を見る。
びりびりに破れた101号の手紙が、一番上に乗っていた。
*
午後十一時過ぎ。
101号に異常が出た。
夜勤の高木と向かう。
「101、最近多いな」
「三十年以上だからな」
「そろそろ交換時期か?」
「見りゃ分かる」
ドアを開ける。
朝と同じ部屋。
中央で灌流ポンプが一定の音を刻んでいる。
酸素化装置。
老廃物除去フィルタ。
幾重にも伸びる管。
無数の電極。
その中心に、101号がいる。
正確に言えば、101号の脳がある。
高木がモニターを見る。
「フィルタだな」
「ああ」
高木がバルブを操作する。
やがて警告表示が消えた。
「戻った」
101号の肉体は、もう三十一年前に死んでいる。
ここに残っているのは脳だけだ。
意識や記憶はある。
考えることもできる。
だが、口もなければ手もない。
外の世界に何かを伝える方法は、一つしかない。
手紙だ。
頭の中で言葉を組み立てると、装置がその活動を読み取り、文章に変換する。
それが、部屋のプリンタから紙になって出てくる。
あいつに残された、外の世界への唯一の出口だ。
だから、贖罪のために手紙を書く。
俺は端末を開いた。
===
東部特別処遇センター 管理部
収容番号 101
氏名 西岡和明
特別処遇開始日 2189年2月11日
===
101号は当時三十二歳。
二十二歳の女性につきまといを続け、接近禁止命令を受けた後も執着をやめず、帰宅途中を待ち伏せして殺害した。
死刑はすでに執行されている。
手紙の宛先は、被害者の父親である田島修一。
田島は二十六年前、一度だけ回答している。
《今後、対象者からの連絡を一切希望しない》
それ以来、101号の手紙は一通も外へ出ていない。
それでも書く。
何度も。
何度も。
「三十一年か」
高木が言った。
「長えな」
「まだ三十一年だろ」
「一回死んでるんだぞ」
「だから?」
俺は101号を見る。
昔は、死刑になればそこで終わりだったらしい。
今は違う。
肉体を殺すのが死刑。
その後も意識を残し、自分の罪を考え続けさせるのが特別処遇制度。
死んだからといって、罪まで終わるわけではない。
「やっぱ大概な国だよな」
高木が言った。
「そうか?」
「死んでも許さないってことだぞ」
「許す必要ある?」
高木が黙った。
俺は端末を閉じた。
「戻るぞ」
*
翌朝。
六時四十分。
101号室。
一枚の手紙が出力されていた。
===
拝啓 田島様へ
私は取り返しのつかないことをしました。
===
「またかよ」
続きを読む気にもならない。
三十一年間。
同じ罪を思い出し、
同じ相手に、
同じ言葉を書く。
俺は手紙を二つ折りにして、制服のポケットに突っ込んだ。




