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第3話「放課後のアフタヌーンティー」

登場人物

水無月みなづき 晴人はると

高校1年生。本作の主人公。どこにでもいる普通の高校生。

ある雨の日、かつての幼馴染・零花と再会する。

久しぶりの再会に戸惑いながらも、少しずつ彼女との距離を取り戻していく。


霧咲きりさき 零花れいか

高校2年生。晴人の幼馴染。長い時を経て、再び彼の前に現れる。

落ち着いた雰囲気と大人びた美しさを持つ少女。

どこか謎めいた言動を見せることもあり、その内面は容易には掴めない。


高瀬たかせ りく

晴人のクラスメイトで、中学からの腐れ縁。

明るくノリの良い性格で、遠慮なく距離を詰めてくるタイプ。

軽口を叩くことも多いが、いざという時には頼りになる存在。


桜井さくらい 美咲みさき

晴人と陸のクラスメイトで、中学からの腐れ縁。

明るく人懐っこい性格で、誰とでもすぐに打ち解ける。

場の空気を和ませる一方で、ふとした瞬間に核心を突くこともある。

ホームルーム終了のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩んだ。

さっきまでの気だるさが嘘みたいに、あちこちで椅子の引く音や笑い声が広がっていく。


「終わったー!」


陸が大きく伸びをしながら、そのまま机に突っ伏した。


「さて、部活部活~♪」


美咲はすでに立ち上がっていて、鞄を肩にかけている。

さっきまで眠そうにしてたのに、切り替えが早すぎるだろ。


「お前ら、露骨に元気になったな」


呆れ半分で言うと、陸が顔だけこちらに向けて笑った。


「そりゃあな。部活くらいしか楽しみねーっての」


「一年だからまだまだだけどね~」


美咲も軽く肩をすくめる。


部活、か。

まぁ、あいつらはあいつらで楽しそうだよな。


「まぁ頑張れよ」


適当に返すと、美咲がじっとこっちを見てきた。


「晴人も何か部活に入ればいいのに」


「俺は今のところパス」


ほとんど考えるまでもなく、そう答えていた。


「剣道部入らないのか?中学でやってただろ?」


陸がニヤついた顔で言ってくる。


「あれは部活が強制だったから仕方なくやってただけだ」


別に嫌いじゃなかったけど、好きでもなかった。

やらなきゃいけなかったからやってただけだ。


「冷めてんな~、もっと青春しようぜ!」


「なにも部活動だけが青春じゃねーだろ」


「それもそうね。恋愛とかも青春よね~」


その言葉に、ほんの一瞬だけ引っかかる。


恋愛。


俺にはあまり縁のない言葉だと思っていた。

誰かを好きになるとか、誰かと一緒にいる時間を特別に思うとか。

そういうのは、もう少し余裕のあるやつがやるものだと思ってたし――


正直、そこまで興味もなかった。

面倒くさそうだしな。


わざわざ自分から関わって、振り回されて。

そんなことをする理由が、今までの俺にはなかった。


――少なくとも、昨日までは。


ふと、脳裏に零花の顔が浮かぶ。


雨の中で見た、あの姿。

今朝、校門で交わした短い会話。

そして昼休み、中庭でのあの時間。


思い出すだけで、少しだけ胸の奥がざわつく。


(……なんなんだろうな)


掴みどころがない、というか。

あの頃の零花って、あんな感じだったか?


小学生の頃の記憶なんて、正直曖昧だ。

顔も、声も、はっきり思い出せるわけじゃない。


ただ、少なくともあんな風に“何を考えてるかわからない”感じではなかった気がする。


(……考えても仕方ないか)


軽く頭を振って、立ち上がる。


「じゃあな、また明日」


鞄を肩にかけながら、二人に声をかける。


「おう、またな」


「ばいばーい」


いつも通りの軽いやり取り。

それだけで、特に何も変わらない放課後のはずだった。


――けど。


教室を出て、廊下を歩きながら、ふと足が止まりかける。


(……校門前、だったか)


零花に言われた言葉を思い出す。

もしかして、一緒に帰るってことか?


……いや、考えすぎか。

軽く頭を振って、そのまま歩く。


◇ ◇ ◇


校門前に着くと、思ったより人は少なかった。

もう帰ったやつも多いのか、さっきまでの賑わいが少し落ち着いている。


門の脇に立って、なんとなく外を眺める。


――待つ、なんて久しぶりだな。

時間を潰すわけでもなく、ただぼんやりと立っているだけ。


これが思ったより落ち着かない。

ふと、スマホを取り出しかけて――やめる。


なんとなく、今は見ない方がいい気がした。

しばらくして、人の流れがさらに減っていく。


部活に向かうやつらも、帰るやつらも、だいぶ少なくなった。


……まだ来ないな。


別に、遅れてるわけでもないのに。

そんなことを考えてる自分に、少しだけ苦笑する。


そのとき。

夕方の風が、ふっと背中を撫でた。

同時に、誰かが近づいてくる気配がする。


足音はほとんどしないのに、なぜかはっきりとわかった。


「――待たせたかしら」


すぐ後ろから、静かな声が落ちる。

振り向くと、そこにいたのはやっぱり零花だった。


「あっ、いや、全然、大丈夫」


少しだけ慌てて答える。


待たされた、なんて思ってなかったのに、妙に言葉がぎこちなくなる。


「そう。じゃあ行きましょうか」


零花はそれだけ言うと、自然に歩き出した。


「え、どこに?」


「ついて来ればわかるわ」


振り返りもせず、淡々とした声。

説明は最低限、でも迷いはない。


俺は小さくため息をついて、その後を追いかけた。


零花は振り返ることなく、一定のペースで歩いていく。


俺は少し後ろをついていく形になる。

並んで歩くわけでもなく、かといって離れすぎてもいない。


微妙な距離感。特に会話はない。

でも、気まずいわけでもなかった。


帰宅する人の流れに紛れながら、ただ歩く。

前を歩く零花の背中を、ぼんやりと眺める。


昔も、こんな風に歩いたことがあった気がする。


……いや、どうだったか。


思い出そうとしても、うまく形にならない。


ただ一つだけ、確かなのは――こうしてまた、同じ方向に歩いているってことだった。


◇ ◇ ◇


しばらく歩いたあと。

不意に、零花が足を止めた。


「ここよ」


そう言われて、顔を上げる。

そこにあったのは、小さな喫茶店だった。


大通りから少し外れた場所にあって、人通りもまばらな通りの一角。

気にしなければ、そのまま通り過ぎてしまいそうなほど、静かに佇んでいる。


外観は落ち着いた木造で、どこか年季を感じる。

派手さはないけど、丁寧に手入れされているのがわかる。


入口の脇には小さな黒板が立てかけられていて、手書きでその日のおすすめが書かれていた。


かすかに、コーヒーの香りが風に乗って漂ってくる。

ふと、入口の上に掛けられた看板に目がいく。


「……Cafe Feather?」


木製の看板に、やわらかい字体で書かれた店名。

羽を模した小さな装飾が、控えめに添えられている。


軽くて、静かで――この場所の空気に、よく馴染んでいた。


「……こんなとこ、あったんだな」


「ええ。あまり人に知られていないだけよ」


零花はそう言って、扉に手をかける。


カラン、と。


澄んだベルの音が、静かな通りに小さく響いた。


一歩足を踏み入れる。

それだけで、外とはまるで違う空気に包まれた。


夕方のざわめきはすぐに遠のいて、代わりに、落ち着いた静けさが広がる。


店内は、暖色の照明に照らされていた。

強すぎない光が、木目のテーブルやカウンターをやわらかく浮かび上がらせている。


壁には控えめな装飾と、いくつかの写真や小物が並んでいて、

どれも主張しすぎないのに、どこか温かみがあった。


鼻をくすぐるのは、コーヒーの香り。


ほんのりと苦くて、少し甘い。

さっき外で感じた匂いよりも、ずっとはっきりとしている。


客の姿はまばらで、それぞれが静かに時間を過ごしている。

会話も小さく、音はほとんど混ざり合わない。


「いらっしゃい」


カウンターの奥から、落ち着いた声がかかった。


「こんにちは、マスター」


零花が、自然な調子で応える。

まるで、ここに来るのが当たり前みたいに。


「おや、零花ちゃん。今日はまた珍しいね。お連れさんも一緒なんて」


マスターの視線が、こちらへ向く。

軽く観察するような、でも詮索するわけでもない目。


「そうね。いつもの席、空いてるかしら」


零花は、特に気にした様子もなく返す。


「もちろん。注文が決まったら、呼んでくれればいい」


それだけ言うと、マスターは再び手元の作業に戻った。

それ以上、何かを聞いてくることもない。


……常連、って感じか。


そんなことを思いながら、店内をもう一度見渡す。


静かで、落ち着いていて。

妙に、居心地がいい。


その空気の中を、零花は迷いなく歩いていく。


零花は窓際の席で足を止めた。

夕方の光が差し込んで、テーブルの上をやわらかく照らしている。


「ここでいいかしら」


振り返りもせずにそう言って、零花は椅子を引き、静かに腰を下ろした。


「あ、ああ」


少し遅れて、向かいの席に座る。

椅子がわずかに軋む音が、やけに大きく感じた。


テーブル一枚分の距離。

それだけなのに、妙に意識してしまう。


目の前にいるのが零花だから、なのかもしれない。

零花は慣れた手つきでメニューを手に取り、軽く開く。


視線を落としたまま、ページをめくる仕草に無駄がない。


「メニューはこれね。決まったら教えてちょうだい」


そのまま、すっとこちらに差し出される。


「ああ……」


受け取って、なんとなく中を見る。

コーヒーに、ケーキ、軽い食事。


どれも落ち着いたものばかりで、派手さはない。


……こういう店、嫌いじゃないな。

少しだけページを眺めてから、顔を上げる。


「零花と同じのでいいよ」


そう言うと、零花の指が、ほんのわずかに止まった。


「あら、そう」


視線だけがこちらに向く。

表情はほとんど変わらないのに、なぜか少しだけ空気が揺れた気がした。


零花はそのまま顔を上げる。


「すみません」


カウンターにいるマスターに向かって声をかける。

声は抑えられているのに、よく通る。


「コーヒーと、本日のおすすめケーキを。それぞれ二つ、お願いするわ」


「あいよ」


短い返事。

それだけで、やり取りは終わる。


再び、静けさが戻る。

店内のどこかで、カップが触れ合う小さな音がした。


「よく来るのか?ここ」


沈黙を埋めるように、口を開く。

零花はすぐには答えず、テーブルに落ちた光を一度だけ眺めた。


「ええ。ここは静かで、落ち着くから」


それだけ言って、視線を戻す。

その言葉は、妙にしっくりきた。


この空気なら――一人でいるのも、悪くない気がする。


やがて、マスターがカップと皿を運んできた。

白いカップからは、ゆっくりと湯気が立ち上っている。


その隣には、小さめのケーキが添えられていた。


「ごゆっくり」


それだけ言って、マスターは静かに離れていく。

テーブルの上に、ほのかな香りが広がった。


零花は特に何も言わず、カップに手を伸ばす。

その動きに合わせるように、俺もカップを持ち上げた。


一口、口に含む。


……思っていたより、苦くない。


けど、ただの軽さじゃなくて、ちゃんと深みがある。

後味に、ほんの少しだけ甘さが残る。

不思議と、飲みやすかった。


「……美味いな」


思わず、そんな言葉が漏れる。

零花はカップを口元に運びかけて、ほんの少しだけ動きを止めた。


「気に入ってくれて、よかったわ」


そう言って、静かにコーヒーを一口飲む。

その仕草は、やけに自然で。


この場所にいることも、この時間も、全部が当たり前みたいに見えた。


……本当に、よく来てるんだな。


そんなことを思いながら、もう一度カップに口をつける。


「それで…なんでここに連れて来たんだ?」


カップを置きながら、なんとなく問いかける。


零花はすぐには答えなかった。

視線をコーヒーに落としたまま、わずかに間が空く。


「……学校だと、周りの目があるから。落ち着いて話せないでしょう?」


「目?」


零花はゆっくりと顔を上げて、こちらを見る。


「気付かなかった?お昼休みの時の、色んな視線」


「……あー」


言われて、ようやく思い当たる。


確かに、あの時。

中庭で零花と話していたとき、周りからちらちらと視線を感じていた気がする。


……まぁ、理由は単純だ。


零花は目立つ。それも、かなり。

そんなやつが、どこの誰かもわからない俺と一緒にいたら、そりゃあ、見られるに決まってる。


「なるほどな…確かに、あれはちょっと落ち着かないかもな」


カップを指先で軽く回しながら、そう答える。

視線は自然とコーヒーに落ちていた。


「そう」


零花は短く頷き、そのまま静かにカップを持ち上げる。


「大事な話をする時は、特にね」


その一言に、わずかに意識が引っかかった。


「大事な話?」


顔を上げて、聞き返す。

零花はすぐには答えなかった。


カップの縁に口をつけ、小さく一口飲む。

その仕草が終わってから、ゆっくりとカップを置いた。


――コトン、と。

小さな音が、やけに耳に残る。

それから、ようやく視線が上がる。


「違ったかしら?」


静かな声。

でも、どこか確信しているようにも聞こえた。


目が合う。


「晴人君」


一瞬だけ、間があった。

名前を呼ばれただけなのに、なぜか意識が引き寄せられる。


「私に、聞きたいことがあるんじゃなくて?」


まっすぐに見られる。

逃げ場を探すほどじゃない。

でも、目を逸らす理由も見つからない。


……図星、かもしれない。


気づけば、さっきよりも少しだけ、言葉が出にくくなっていた。


「そりゃあ、そうだけど」


視線を少しだけ逸らしながら、曖昧に答える。


聞きたいことは、いくつもあった。


あの後、どうしていたのか。

どこで、どんなふうに過ごしてきたのか。


そんなことばかりが、頭に浮かんでは消えていく。

けど、どれから聞けばいいのか、わからなかった。


久しぶりに会った相手に、いきなり踏み込みすぎるのも違う気がして。


結局、口を開きかけては閉じる。

誤魔化すように、カップに口をつける。


「引っ越してからは、この街で普通に学校に通っていたわ」


特別な感情を乗せるでもなく、ただ事実を告げるような落ち着いた口調だった。


この街は、俺の家から結構距離がある。

俺も毎日電車で通学してるくらいだし、生活圏も違う。

――だから、会わなかったのも当然か。


「連絡しなかったのは、携帯が壊れて、連絡先も消えたから…それで、そのままになっていたの」


――そっか。


思わず、心の中でそう呟く。


確かに、それなら連絡が途絶えてもおかしくはない。

スマホが壊れて、データが全部消えるなんてことも、今の時代じゃ珍しくないしな。


理由としては、十分納得できる。

……できる、はずなんだけど。


ほんのわずかに、引っかかる。

それが何なのか、自分でもよくわからない。


ただ、目の前で静かにコーヒーに視線を落としている零花を見ていると、それ以上深く聞くのは、違う気がした。


「……まぁ、仕方ないか」


小さく息をついて、そう呟いた。


「高校は、家から近かったから選んだの」


淡々とした口調で、零花は続ける。


「まさか、晴人君が入学してくるなんて思わなかった」


その言葉だけ、ほんのわずかに柔らいだ気がした。


「そりゃ……そうだよな」


苦笑しながら、コーヒーに口をつける。

俺だって、こんな形で再会するなんて思ってなかった。

偶然にしては出来すぎている気もするけど――


それでも、こうしてまた話せていることに、どこか安心している自分がいた。


「他に聞きたいことはある?」


そう言いながら、零花はフォークを手に取る。

何気ない仕草でケーキを切り分け、そのまま一口運ぶ。


その様子を横目に見ながら、俺はカップに手を伸ばした。


「……まぁ、あるけどさ」


コーヒーを一口飲んで、少しだけ言葉を探す。


「なんかさ、零花。雰囲気、変わったよな」


自分でも、どこがどう変わったのかは上手く言えない。

目の前にいるのは、確かに霧咲零花のはずなのに――どこか、昔の記憶とぴたりとは重ならない。


「多感な時期だもの。変わるわよ」


あっさりとした口調で、零花はそう返す。

それはごく当たり前の言葉のはずなのに、どこか距離を感じさせた。


「……まぁ、それもそうか」


言われてみれば、その通りかもしれない。

高校生にもなれば、人なんていくらでも変わる。


これ以上踏み込んで詮索するのは――少し、気が引けた。

変わった理由を無理に聞くほど、今の俺達は近くない。


「晴人君も変わったわよ」


静かに返された言葉に、思わず顔を上げる。


「え、そうか?」


「ええ」


ほんのわずかに、間が空いた。

まるで、言葉を選んでいるような――あるいは、何かを確かめるような間。


「ちゃんと“今”を生きてる」


「……なんだそれ」


思わず眉をひそめる。


言っている意味はわかるようで、わからない。

褒められているのかどうかすら、判断がつかなかった。


「褒めているのよ」


穏やかな声音。

けれど、その奥にあるものまでは読み取れない。

その言い方が、なぜか少しだけ引っかかった。


ふと、昼食の時間のことを思い出す。

学校内のざわめきの中で、零花は“浮いていた”。


「学校で話しかけられるのは、嫌か?」


「それ自体は嫌ではないわ。ただ…」


言葉の端が、わずかに揺れる。

その“続き”を言うかどうか、測っているようにも見えた。


「さっき言ってた視線か?」


「ええ、どうしてか、私は目立つみたいだから」


まるで他人事のような口ぶりだった。


「…自覚ないのかよ」


思わず苦笑が漏れる。

けれど、本人にその気がないことくらいは、なんとなくわかっていた。


「事実を述べているだけよ」


感情の起伏を感じさせない声。

ただ淡々と、現状をなぞるような言い方。


確かに――目立つ。

それは否定しようがない。


けれど同時に、学年も違う。

校内で顔を合わせる機会自体、そう多くはないはずだ。


それでも“話しかける”となれば、周囲の視線は集まるだろう。


「…放課後なら、構わないわ」


ぽつりと落ちたその言葉に、ほんの一瞬、思考が止まる。


「……放課後?いつもどこにいるんだ?」


少し前のめりになる。

条件が提示された以上、次に気になるのはそこだった。


「さぁ、その時の気分によるわ」


「おいおい」


「晴人君なら、私を見つけられるでしょう?」


まっすぐに向けられた視線。

試すようでいて、どこか確信しているような――そんな響きだった。


「無茶言うなよ…」


思わず苦笑がこぼれる。

けれど、その言葉には自信のなさが滲んでいた。


「あら、昔かくれんぼした時は、必ず見つけてくれたでしょう?」


ふと、時間が巻き戻る。


夕焼けに染まった公園。人気のない遊具の影。

息を潜めて隠れているはずの零花。


それでもなぜか、見つけられた。


理由なんてなかった。

ただ、“そこにいる気がした”だけだった。


「……」


言葉が出ない。

記憶ははっきりしているのに、どうして見つけられていたのか、説明はできない。


零花が、ほんの少しだけ身を乗り出す。


「ねえ、晴人君」


その声は、さっきまでよりも少しだけ近かった。


「今でも――見つけられる?」


「……え?」


問いの意味を、すぐには理解できなかった。

ただの思い出話の続きのはずなのに、なぜか、その言葉だけが重く残る。


「……あれは、なんとなくだよ」


そう答えるのが精一杯だった。

零花は、わずかに目を細める。


「なら、これからも、そうすればいいわ」


当然のことのように言う。

無理を言っている自覚も、試している様子もない。


ただ、それができると信じている――そんな声音だった。


胸の奥が、わずかにざわつく。

昔と同じようにできるのか。それとももう、違うのか。


しばらくの間、言葉は続かなかった。

無理に会話を繋ぐでもなく、ただ静かな時間が流れていく。


店内に流れる穏やかな音楽。

カップの触れ合う小さな音。

そのどれもが、不思議と心地よかった。


やがて、零花がカップを手に取り、最後の一口を飲み干す。

その動きのあと、ふと彼女の視線が、店の奥に掛けられた時計へと向けられた。


「……もう、こんな時間なのね」


「まだそんなに経ってないだろ?」


そう言うと、零花は一瞬だけ、わずかに視線を落とす。


「……ええ。でも」


ほんの短い間を置いてから、静かに言葉を続けた。


「……大事な時間ほど、あっという間に過ぎてしまうものよ」


「……?」


意味深な言葉に、思わず眉をひそめる。

零花は、それ以上は何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


会計を済ませて店の外へ出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


西の空は橙色に滲み、街並みの輪郭を柔らかく浮かび上がらせている。

昼間の熱気がわずかに残る空気の中、どこか穏やかな時間が流れていた。


「……いい時間だな」


「ええ」


短く返す声も、どこか柔らかい。


二人は並んで歩き出す。

けれど、ほんの少しだけ距離がある。


肩が触れることもない、その微妙な間隔。

それが今の二人の関係を、そのまま表しているようだった。


やがて、分かれ道に差し掛かる。

零花は足を止め、ゆっくりと振り返った。


「じゃあ、また」


あっさりとした言葉。

けれど、その響きはどこか――さっきまでとは違って聞こえた。


「おう。またな」


それだけのやり取り。

それなのに、不思議と軽くはなかった。


零花はくるりと背を向け、夕焼けの中へと歩き出す。


長く伸びた影が、地面に揺れる。

その背中は、少しずつ遠ざかっていき――やがて人の流れの中に溶けていった。


その場に立ち止まったまま、しばらく動けない。


頭の中に、さっきの言葉が残っている。


今でも――見つけられる?


「…見つけてやるよ」


夕焼けに向かって、ぽつりと呟いた。

その声は、誰にも届くことなく、静かに消えていった。

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