第9話 たった一人の激辛チャレンジ
白のロンTと短パンで、変装はバッチリのはず。
くだんの店に、入店する。
「こんばんは。空いているかい?」
オレの声を聞いて、ぽっちゃりな女性店員が振り返った。男性が好みそうな、おっとり型のぽっちゃりさんだ。スタイルがいいとも言う。
「どうぞ~」
女性店員の案内で、奥に通される。
結構な客がいるなあ。みんな、激辛鍋を頼んでいる。汗や涙まみれになって、鍋をつついていた。グループで食べても、よかったんだな。食べる量は増えてしまうようだが。
「お客様、本日はお食事ですか~? チャレンジですか~?」
女性店員が、オーダーを取る。
まず、激辛にチャレンジするのか聞くスタイルなのね。
「チャレンジだ。よろしく頼む」
オレは、これをやりに来た。
汗をかきに来たんだよ。
「はい~。チャレンジ一丁~」
「おーっ」
複数の店員の声が、厨房からした。熱気がすごい。
「初めてのお客さんですよね~。ルールは、ご存知ですか~?」
「知っている。しかし、初めてでな。合っているかどうか心配だ。改めて、説明願う」
「かしこまり~。では、ルールのご説明をします~」
まず参加料として、銀貨二枚を払う。
別の店員が、キムチ鍋の準備を始めた。オレの席用だろう。
「お鍋は、一人前のみです~。フードロス防止の為、追加注文などはできませ~ん」
完食できる圏内として、それくらいが妥当と判断したとか。
なお、高齢者の場合はチャレンジ自体ができない。
「以前挑んだ方が、ボリューム的に一人前も食べられなかったんですよ~」とのこと。
一人前の量もそれほどでもなく、うどんで腹がふくれる程度らしい。
五〇歳でよかった。オレでもギリギリ、完食できるかも。
「残り時間が五分になりましたら~、シメに激辛チャーハンが来ま~す。鍋にぶち込みますからね~」
そういうギミック付きか。オレにやれるだろうかね?
「こっからは、重要な事項です~。辛さに耐えられない場合は~」
「ギブアップ!」
真ん中の席で、女性客が手を上げた。
辛すぎて、半分も食べられなかったか。
「あ、ちょうどギブをなさった人がいますね~。よく見ておいてください~」
ギブした席に置いてある、ツボのフタがひとりでに開く。
ツボが傾き、白い液体がなみなみと鍋に注がれた。
あれが、豆乳のツボか。
「豆乳の封印は、『ギブアップ宣言したときに』開きます~」
なお、完全制覇したときも、豆乳のフタは開く。豆乳の完飲も、チャレンジ料金に含まれる。
豆乳が入ってマイルドになったのか、女性客は食欲を取り戻した。もしゃもしゃと、鍋を開けていく。
「このお鍋を辛いまま完食できた場合を、【制覇】とみなします~」
激辛キムチ鍋を制覇できなかったとしても、ペナルティはない。食べ残しさえ、しなければ。
ただ、豆乳なしで制覇したとしても、賞金などは一切ナシ。もらえるのは、制覇記念のサインだけ。名誉だけの戦いになる。
「制限時間は、三〇分で~す。それ以上を過ぎても、勝手に豆乳が投下されますよ~」
辛さを抑えてくれる豆乳まで店側が用意した以上、絶対に残してはならない。
お残しは、罰金として金貨一枚。
残したペナルティのほうが、高くつくなあ。
石の器に入った鍋が、オレの席に置かれた。
ブクブクと、茹だっている。湯気の段階で、目が痛い。
熱さとも、戦わないといけないのか。コイツは、手強い。
「用意ができました~。では、がんばってくださいね~」
女性店員が、大きな砂時計を傾けた。これが落ちきると、三〇分経過したことになる。
「いただきます」
さて、食おう。
まずは、スープから。
レンゲで、スープをすくう。
「おっ……いうほそ辛く……ごっおほ!?」
目に星が瞬く。一瞬で、魂が奪われそうになった。
辛い! 辛いという言葉しか、浮かんでこなかった。
これは強烈だ。
鍋の熱さもあって、食べづらい。
フーフーしながら、スープを攻略していく。
「ああ、辛い!」
一口食っただけで、汗が吹き出てきた。
なのに、止まらない。
「うまい。めちゃくちゃうまいぞ」
この鍋、かなりの熱さと辛さだが、全然手を止めさせてくれなかった。
白菜もニンジンも、エノキダケに至るまで、まったく逃げ道がない。
鶏肉のツミレなんて、唐辛子がまるまる閉じ込められていた。こんなの、食うやつがいるのか。
だが、食べられる。
うますぎて、箸が進む進む。
唐辛子を閉じ込めたツミレさえ、抜群に旨味が閉じ込められていた。
おお、最高だ。
「それと、この豆腐がうまいって、ウワサしていたよな」
湯豆腐をパクリッと。
「おおおお、コイツは大物だ」
思わず、笑みがこぼれる。ボッチ客で、リアクションを見てくれる相手なんて誰もいないのに。
笑ったはずみと、熱さと辛さで、鼻水が吹き出そうになった。
それくらい、この豆腐には魅力がある。
「うまい。こいつはたまらんぜ」
食べながら、何度もうなずいてしまった。
何度も言うが、オレは自身をたたえてくれる人も、エールをくれる友人も連れていない。
一人で激辛と戦う、タダの旅のオッサン「ローガン」である。
「しかし、辛い!」
だが、オレには秘策があった。
冒険者に教わった秘策が。




