第3話 温泉国王
「はあ、ゆっくり風呂に入りたい」
公務の帰り、オレは帰りの馬車でひとりごつ。
ここ、温泉地だぞ。世界屈指の源泉がある温泉地、アルマーだ。
名だたる冒険者たちも、ここで日頃の疲れを癒やすのだと、王都のガイドブックにも載っていた。
なのに、オレは楽しめないという。
「ソロガス王様、次の機会がございます」
「次っていつだよ? 何年後だ? オレに気が休まる日が、訪れるとでも?」
今日は温泉地、アルマーに「数時間だけ」滞在だ。ちょっとあっちの王様としゃべって、すぐご帰宅である。アルマーの名物「コーヒーギュニュウ」とやらも、飲めなかった。温泉に入った後に飲むと、最高だという。
アルマーを旅した冒険者の、【冒険の書】にも書いてあったな。
秘湯と、コーヒーギュウニュウか。なんたる耽美な響き。
なのに、冒険の書は未だに王国にしまってある。今日はお預けかなぁ。
「母国にだって、転送魔法で楽に帰れるだろうが」
「手を振っている村人を、見過ごすわけには参りません。ソロガス王」
オレはアルマー国の村々を回って、手を振り返さなければならない。
肩がコリそうになってきた。
「どうせ村人たちだってよお、オレが義理で手を振ってるなんてお見通しだっての」
「社交辞令、というものでございます。こちらに視線を向けてくださったということこそ、大事なのですよ」
「とはいえ、名物の温泉に浸かっていない時点で、いささかおもてなし拒否の姿勢が強すぎな気がしないか? 相手のご厚意を無下にして、それが我々のいう公務なのか、と、オレは思うがね」
「……ふむ。それはそうですね」
よし。こいつチョロいわ。
「仕方がありません。日帰りとなりますが、温泉を手配いたしましょう」
「おう。よろしく頼む」
言ってみるもんだ。オレだって、やろうと思えばワガママを押し通せる。
「宿を手配しました。では国王、内湯にどうぞ」
「内湯……」
オレが案内されたのは、豪華なスイートだった。しかし、露天風呂ではない。完全な屋内風呂である。
「温泉の成分はそのままでございますゆえ、ご安心を」
「あの、この地の名物って、露天風呂」
「なりません」
国王は、どこで命を狙われているかわからない。
ましてや素っ裸で狙われたら、たまったもんじゃありんせん。防げるもんも防げない。
へい、へい。その理屈はわかりますよ、大臣よ!
それにしても、警戒が過ぎやしませんかねえ!
オレを暗殺されるのが嫌だったら、障壁術師で取り囲んでおけばいいだろうが。
「ガマンなさってください。これが精一杯なのです。キヤネン王国と言えば、世界の中枢を担う国家。その国王ともなれば、魔族でなくてもあなたを標的にしましょう。もはやあなたの敵は、国内外を問わないのです」
「ふーん」
服を脱がせてもらいつつ、オレは大臣の言い訳を聞く。
ようは、保身だな。オレが暗殺されたとき、自分が責任を取りたくないだけなんだ。
「ここにスパイがいて、オレが屋内で殺されることは想定しなかったのか?」とも思った。
しかし、言わないでおく。相手もわかっているだろう。その上で、オレが揚げ足を取ろうものなら、この妥協案さえも撤回される。彼なりの配慮なのだ。
それを、オレが余計なことを言って、不意にするわけにはいかん。
「感謝する。では、浸からせてもらうぞ」
オレは、湯に入る。
ああ、絶妙なコレジャナイ感。
気持ちいいのは、たしかである。だが、これじゃない。露天風呂で、月明かりに照らされながら湯に浸かるのがいいんだよ。うーん。
これでは、普通に入浴しているのと、あまり変わらない。
なんだろう。お背中を流してもらっても、なんだか申し訳ない気持ちに包まれる。至れり尽くせりなのだが、オレ自身はどうも至れた感がない。
「サウナはないか? せっかく内湯なんだ。あるといいんだが」
ついでに「熱波師」なんてのもいると、より高みへ到達できると聞くが……。
「ございます。では、こちらへ」
サウナルームへ、入る。
「普通……」
誰もいなくて、ぼっちサウナだ。
いやあ、うん。快適なのは快適だ。
「あの、熱波師ってのは?」
「はい。最近のサウナに欠かせないという、熱波を促してくださる方たちですよね? 一応、この方たちにお願いしました。どうぞ、こちらへ」
フロントの受付嬢さんが、バカでかい孔雀の羽で、オレを仰いでくれる。
そよそよ~。
「いかがでしょうか、ソロガス王様?」
「ああ、よいぞ。うん。よいよい」
なんか、南国の王様になった気分だ。
わかるよ! わかるんだけどさあ、オレが求めているのと違う。
「風呂上がりの、コーヒーギュウニュウとやらを」
「ご用意いたしております。こちらへ」
受付嬢さんが、「グラスに注いでくれた」コーヒーギュニュウを用意する。
「……」
瓶でくれるんじゃ、ないんかいっ。
「ささ、召し上がってくだされ」
「うむ。馳走になる」
ストローでチュー。うん。ミルクとコーヒーのバランス最高ってちゃうねん!
「えっと、アルマー地方は、アルマー豚を使ったカツ丼が売りだとか」
「はい。もちろん、お風呂上がりのカツ丼も、ご用意いたしました」
やったぜ。堪能させてもら……。
「カツ、丼?」
眼の前にあるのは、銀の皿に盛られたカツライス。いわゆる、カツ皿だった。
「ソロガス国王様、存分に、召し上がってください」
「ち、馳走になろう」
お箸はなく、カトラリーを使うのかー。こんな温泉地でさえ、オレは礼節をわきまえた行動をせよと、要求されるんだなぁ。
「お味は、いかがでしょう」
「実に結構な、お手前だ」
ああもう、うまいのがまた、文句言えない。
文句を言うなら、付け合せのキャベツが邪魔かなー? シャキシャキなのはいいのだが、カツと一緒に食べる前提の配膳なのだ。下敷きにしてやがる。こんな副菜は、マヨでガッツリ食いたいんだ。
カツの下なんて、白メシでいいんだよ。カツには、白メシがあれば十分である。
「きれいに、召し上がられましたな。国王陛下」
「うむ。馳走であった」
……って、ちゃうねん! なにもかもが、ちゃう!
一応平静を装っているが、オレの中のプチソロガスは、暴れまくっていた。
なにもかもが、思っていたのと違うじゃないか!
カツ丼だって、もっと丼を持ってかっ食らうイメージだった!
お上品に、オシャンな皿に持ってどうするねんと!
ナイフとフォークで、ちまちま食えというんかいっ!
コーヒーギュウニュウも瓶で持ってこいや! 腰に手を当ててググッと飲むんとちゃうんかい!
熱波師も、遠慮せんとガンガンにオレを仰いでくれや! 熱波師ってのは、熱波出してこそやろがいっ!
なによりも、露天風呂で夜の肌寒い空気を浴びてこそ、温泉やないのん?
そこに愛はあるんか?
たしかに、どのおもてなしも最高だった。オレのことを配慮してくれているのは、恐縮の至りだ。
しかし、オレが求めているサービスは、もっと雑なものである。
こんなんでは、ちょっと消化不良と言わざるを得ない!
……イカンイカン。これでは、お里が知られてしまうな。
「ご満足いただけましたか、ソロガス国王?」
「うむ。満足した」
一応、温泉には入れたしな。これらのことは、不問といたそう。
あんまりワガママが過ぎても、迷惑なだけ。
オレは王族。クレーマーではないのだ。カツ丼が皿に盛られてでてきただけで、ブチギレてしまうようなオトコではない。
だが翌日、オレは【冒険の書】を引っ張り出してきた。
今日は公務もない。フロも「今日は出歩いていないから」と、軽くシャワーだけで済ませた。
すべては、ガッツリ風呂に入るため!
「待ってろよ、アルマー温泉! ソロガス・キヤネン、いざ参る!」




