第2話 国王、ラーメンにありつく
転送スキルを発動し、トーンクォーツの街にたどり着いたぞ。
「なんだぁ、ぐっと来る路地じゃないかぁ」
これが、ウワサの路地だな。
さてさて、潜入開始だ。
夜になった街なんて、王都じゃめったに探索できない。
いいじゃないか。いい感じに、出来上がった酔っ払いがタムロしている。
とはいえ、客引きがいる酒場なんて場所も少ない。あるとしても、常連客がいる店ばかりだ。馴染の客しか相手にしないため、オレみたいな一見は無視してくれる。
これだよ、オレが求めている世界観は。
程よいカオス。程よい雑踏具合。
いいねいいね。街が生きているって、実感が湧くよ。
この雰囲気が、いいんじゃないか。
清潔な王都キヤネンでは感じられない、血が通った路地!
こんなところにあるラーメン屋なんて、うまいに違いない。
魔王の侵略にも耐え忍んできた、楽しいラーメン屋があるに決まっているさ。
「あったぜ。ポツンと一件の店」
こちらも、それなりの行列。しかし、客の回転率が実にいい。店と客層が、一体化している。
よくこんな店を、見つけたものだ。
冒険者が「うまい」という店に、間違いはなかろう。
並んで待つことに。
このソロガス・キヤネンは、暴君にあらず。ちゃんと、行列に並べる王族なのだ。
行列が、オレの前で途切れた。ようやく店に入れる。
店内は、カウンターしかない。その辺のバーより、狭かった。
大の男たちが、ひしめきあってラーメンをすすっている。みんな、冒険者だな。体格や風体でわかる。みんな宿屋の大衆浴場でさっぱりした後に、この店に入ってきたな。
ますます、グッと来るね。いいよ、この雰囲気は。
こんなのを見せられると、余計に腹が減ってくるなあ。
カウンターが、一つ空いた。
オレは、着席する。
「らっしゃい」
大将が、水の入ったガラスコップをオレの前に置いた。オレのオーダー順が、回ってきたわけだな。
「ウチはラーメンと、ライスしかないよ。瓶ビールは、よそで飲んできてくれ」
大将が、オレに呼びかける。
「それで構わん。ラーメンと、ライスを」
「あいよ。ライスはセルフだ。自分でオヒツからよそってくれ」
オヒツ……これだな。
しゃもじを取って、オヒツからゴハンをよそう。
こんな感覚久しぶりだな。かつて東洋へ赴いたときにもてなされた、【ちらし寿司】なる食いモノの食べ方に似ている。あれも、自分でスキなだけよそっていけ、というスタイルだった。
こうやって、山盛りにして、と。
こんなところで、遠慮なんかしない。ガッツリ満腹になるまで、いただく。
胃袋が、オレに「そうしろ」とささやくのだ。
オレはカウンターから、ラーメンの湯切りをする大将の腕を見る。
年齢の割に、ぶっとい腕だ。ラーメンをするだけなら、あんな体格じゃなくていい。彼はおそらく、元冒険者だろう。
王の目は、ごまかせない。
オレは会ったことはないが、現役当時はかなりの使い手だったろう。数々の冒険をしてきたと、うかがえる。
「ラーメンお待ち」
「ありがとう」
ラーメンが、眼の前に現れた。
外観だけでも、犯罪的で背徳的なフォルムをしている。
麺と白いスープ、薄く切ったチャーシューとメンマだけ。薬味のネギとモヤシは、自由に取っていい。
このムダを極限まで削ぎ落とした、面構え。見ているだけでも、うまそう。
「調味料は、お好きなだけ」
「うむ。馳走になる」
割り箸を持って、いただくとしようか。
まずは、スープから。
「うんめ」
優しい味だ。酔っ払いに向けて、作ってあるなあ。
座ってみてわかったが、どいつもこいつも酒の匂いをさせている。なのに、荒っぽい言動のやつが一人もいない。教育されているわけでもないのに、統率が取れていた。長年培われた、客との信頼関係だろうか?
この味は、たしかに暴れる酔っ払いなんかに、荒らされたくはないわなあ。
お次は、麺をすすらせてもらおうか。
「ズズズっ! ズズズ!!」
やべ、止まらん! 止まらなくなってきたぞ!
「ズズズズっ!」
うん、っま! たまらねえ。
豚骨スープを吸っただけの、実にシンプルな味付けだ。
価格設定を抑えている分、麺とスープの味のバランスにこだわっているようである。
こういったジャンク食って、王宮じゃまず食えないんだ。
第一、素朴さが薄れて、洗練された味に変わる。王都にオープンしたという店主のプライドが、店主の命とも言える味まで変えてしまうんだ。なんとも荒唐無稽な。素朴さこそ、客が求めているものだというのに。
「ああ。うまい」
うまいしか、言葉が出なかった。いやあ、満足度がハンパではない。
なんだ、このうまさは?
ラーメンとメンマと、薄いチャーシューのみという、実にシンプルな味わいである。
なのに、中毒性がすさまじい。
最近だと、ニンニクをドーンで、チャーシューも分厚いものが主流だと聞く。そんな時代に、これほどのボリュームで満足できるとは。
張り紙を見ると、この道で三〇年というじゃないか。歴史を感じさせる。なのに、色褪せていない。
「おっと。忘れていた」
これですよ。ラーメンと言ったら、ライスだろ。
ラーメンのスープをおかずに、ライスを。
ああ、生き返る。これだよ。この一杯が、オレを救ってくれる。
高い酒も、高級な食材も必要ない。ラーメンとライスさえあれば、オレはまた立ち上がれるんだ。
はたから見れば、オレたちが食っているものなんて、炭水化物爆弾だろう。
しかし、それを欲している者たちが多いからこそ、この店は繁盛しているんだ。
その証拠に、ここら一帯は実に治安がいい。
深夜だというのに、誰も騒いでいないというね。
王都でさえ、騎士団などの警備兵が夜回りをして、ようやく静けさができるところだ。
ここは、そんな気配がない。
ラーメンを食って、メシをかきこむ。
この動作を、いったいどれだけの冒険者たちが繰り広げたのだろう。
おそらく、長い年月を経て、様々なマナーやルールが出来上がったんだ。この店を、この街を守るための、暗黙のルールが。
このライスと、ラーメンの素朴さ。これこそ、街の象徴だろう。
「食い足りないかい? メシは、お代わり自由だから。ただし、セルフだよ」
「かたじけない。遠慮なくいただこう」
実際に、他の冒険者たちも、オヒツのライスを取り合うかのようによそっていた。
オレも、そのご相伴に預かろうじゃないか。
「うまいね。このラーメン」
「あんがとよ。領主様が、いいんだよ。この街は。静かでいい街さ」
店の大将が、この国のことを話す。
この街は、魔王が管理しているダンジョンからも遠くて、魔物の被害が少ないという。
仕入れの馬車も、専属の冒険者ギルドが守ってくれるそうだ。
おかげで安心して、仕事ができるらしい。
「領主様も、この都市の利便性がわかってるんだろうね。土地の税金も、よそと比べて安いのさ。おかげさんで、人の出入りが少ないのに、繁盛させてもらっているんだよ」
土地を出ていく店主が、少ないのか。
それで、長いこと決まりごとが途切れずに残っているのだろう。
とはいえ、ここの領主に嫉妬しちまうなあ。学ぶことが多い。
「馳走になった。感謝する」
代金を払って、オレは店を出ようとした。
「あんがとよ。アンタ様も、お屋敷に帰る時は、お気を付けてな」
大将が小声で語り、オレにウインクしてくる。
なんだ、バレていたのか。オレが国王だって。さすが、元冒険者ってわけか。
「どこでわかった?」
「銭がピカピカ過ぎらあ」
テーブルに置いた銅貨が、キラキラと光っている。
「こんな銭をくださる方はよぉ、一人や二人じゃねえんだよ」
いひひ、と、元冒険者の大将が笑う。
なるほど、他の国王も常連ってわけか。やたら治安が良いわけだ。
「これは、一本取られたな」
次は路銀を多少は汚してから、転送スキルを使うか。
(第一章 おしまい)




