第10話 発酵飲料作戦
それにしても、辛い。
毛根から、汗が吹き出している。
「はあ、はあ。でも、うまいんだよなあ」
大臣は「やめておけ」と言っていたが。
辛さだけを言えば、やめておいたほうがよかった。
とても、ギブアップする気にはなれない。
このうまさを体験せずに、死ねないとも思う。
それだけ、中毒性が高い。
うどんをズルズルとすする。
「ぐああああ!」
おおお。吸い込んだコトで、辛味がダイレクトにノドを突き刺した。
ああ、辛いなあ! けど、うまいからやめられん!
うどんも、なんか辛い成分を練り込んでやがる。
「おほほお!」
一人、悶絶するオレ。
だが、他の客もオレなんか気にしない。
敵がオレではなく、激辛キムチ鍋だとわかっているのだ。
あとちょっとなのに、先が進まない。
うどんはほぼほぼ食べ終わり、あとはわずかな具材とスープを残すくらい。
だが、ありとあらゆる辛味成分が、スープに溶け込んでいる。
ここらが、潮時だろう。
今こそ、秘策を使うとき。
「すまぬ。飲むヨーグルトをもらいたい」
「かしこまり~。すぐお持ちしますね~」
すぐに、ヨーグルトが用意された。
聞けば、発酵食品は辛さを軽減してくれるとか。
水では、ダメなのだ。辛さを和らげるために、水を飲んではいけない。水は余計に、辛さを口内に広げてしまう。
飲むなら発酵食品だと。
ためしに、オレはヨーグルトを口に含む。
「おお!」
あれだけ苦戦していた辛さが、少し収まった。
他の客も、発酵食品を片手に鍋をつついているではないか。
この作戦は、激辛界隈でも浸透しているようだ。
激辛に挑みつつ、発酵飲料で中和する。
なんか、いけそうな気がするぞ。
そう思っていた時期が、オレにもありました。
「おまたせしました~。チャーハンでーす」
あとちょっとで完食だった客の前に、激辛チャーハンが追加される。
そうだ。忘れていた!
制限時間五分を切ったら、激辛チャーハンが追加されるんだよ。
せっかく辛さを中和して、順調だったのに。
オレの前にも、チャーハンが。
コメが赤い。ネギと卵だけのチャーハンのようだが。唐辛子の香りがツンと鼻を突き刺す。それに、追い唐辛子が一本追加されている。
「んんんぐおおおお! ゲッホゲッホ!」
辛い辛い! チャーハン単品だと、なんか粉っぽくて、乾燥しててめちゃ辛かった! これは、オジヤ用のチャーハンだ。オコゲになってるみたいだし。
チャーハンを、鍋に流し込む。
「おおお。これで正解だ」
余計に辛くなったが、これはこれで。
「うん、うまいうまい」
コメも甘みが消えていて、それがまたうまい。
たいてい、辛いものに対してコメってのは、甘みがあって救いのイメージがある。
このチャーハンは、その甘えを取り除いた地獄だ。
それでも、うまみが三倍増しになっている。
「もうそろそろ、完食できそうなんだよなあ」
周りの客も、オレに期待をしているようだ。
そこで、オレと同じように完食間際の客を見た。
その人物は、あとスープとわずかなメシと具材のみである。
なのに、ギブアップしたのだ。
豆乳を混ぜて、うまそうにマイルド辛味オジヤを食っている。
完全制覇を成し遂げていないのに、その客は満足げに帰っていった。
「なるほど。そういうことだったのか」
オレは、確信する。
なぜこの店が、完全制覇者ゼロなのかを。
だから、オレも宣言する。
「大将、ギブアップだ」
「はい~。豆乳の封印が、ひとりでに解けますね~」
豆乳のツボが開き、オレの鍋に注がれていった。
赤い鍋の中に、豆乳のマイルドさが合わさっていく。
これを、一口。
あれだけ辛かった鍋が、一気に優しい味になる。
豆乳オジヤになって生ぬるくなるかなと思っていたが、適度に熱を逃がしたことで味わいも深まっていた。
「正解だ」
やっぱり、この店はギブアップするのが前提なんだ。
豆乳といっしょに食べてこそ、このキムチ鍋を最後まで楽しむことができる。
うまい。最高に。
さっきまで、この鍋はオレにとって敵だった。
しかし今は、口の中で友となっている。
最高の時間だった。
「馳走になった。満足だ」
最後のヨーグルトまで飲み干して、ごちそうさま。
「ありがとうございます~。もうちょっとでしたね~」
「いや。あなたはこれも見越して、我々にチャレンジをさせているのではないですかな?」
「なんのことでしょうね~? では、またのご来店をお待ちしております~」
おっとりした女主人は、ニコニコしながらオレを見送った。
「いやあ。食った食った」
しかし、激辛はもういいかな?
帰りに、アイス買って帰ろう。
数日後、オレはまた大臣に、激辛店の前で羽交い締めにされていた。
「止めてくださるな、大臣! この激辛ラーメンなんて、めちゃそそるではないか!」
「あなたも懲りませんな、国王陛下! ダメに決まっているではありませんか! 歳をお考えを! あなたが心臓を病んで亡くなったら、そうなさるおつもりか!」
そうは言うが、オレはもう激辛なしでは生きられない身体になっている。
大地の神が、オレに激辛を食えと叫んでいるのだ!
(第四章 おしまい)




