第1話 国王、プチ家出
「もうイヤ!」
オレは、テーブルに腕を叩きつけた。
財政!
外交!
家督継ぎ問題!
正月のときだけお年玉せびってくる親戚!
冒険者のセーブ!
めんどくせえ!
そしてなによりも、紳士的行動を強要されることだ。
存在しているだけで、オレは気品にあふれるように見えなければならない!
なぜなら、オレはキヤネン王国の国王、ソロガスだから!
これが見えない公務! 見られてるけど! 裸の王様では、いかんのだ。
でも、誰も「苦労なさっている」と見てくれない! 「お金を持っていて、何不自由なく過ごしてらっしゃるのね」と思われているんだ!
家族でもオレだけ「ソロガス・キヤネン国王はお忙しい身なので」とか言われて、毎回なにかイベントがあっても仲間はずれにされるし!
もうウンザリだ! どいつもこいつも、オレをのけ者にしやがって!
「キヤネン国王、いかがされた?」
オレの前にいた冒険者が、心配そうにオレに声をかけてきた。
「あ、いや。こちらの話だ。コホン。では、冒険の続きを聞こうかな?」
「はい」
冒険者が話す旅の記憶を、オレは特殊なノートに書き写す。
「実は先日、トーンクォーツの街をうろついていたんです。【ぷちメダル】を探していたら、道に迷ってしまって……」
「ほうほう」
「そしたら、路地の裏手から、煮豚のいい香りがするではありませんか」
恍惚の表情で、冒険者が虚空を見上げた。
「はっ。申し訳ない。つい、取り乱しました」
「構わん。続けたまえ」
「で、路地裏に様子をうかがいに行ったのです。そしたら、結構な人が並んでいるのが見えました。ラーメン屋だったようで、どうもそのスープの香りだったのです」
「ラーメンねえ」
「キヤネン国王は、ラーメンをお召し上がりになったことはございますか?」
「ございませんなぁ。お忙しい身ですからなぁ。どのようなものか、見当もつきませんなぁ」
思わず、イヤミが漏れてしまった。
「申し訳ない」
「いや構わん。大人げなかったな」
いかん、いかん。コイツらは、悪気があるわけじゃない。彼らは旅をしているだけなんだ。
「それからそれから?」
「で、我々も並びました。そこの、ラーメンを食べてみたんです。これがまた、天にも昇るほどの味でして」
「もっと具体的にっ」
オレの趣味は、冒険者の活動記録を仕入れることなのだ。
冒険者が話す飯やレジャーの話を聞いていると、こちらまで行動したくなってくる。
「なんの変哲もない、オーソドックスなラーメンです。具材も少なく価格を抑えた、極めて庶民的なラーメンでして。ですが、忘れられません。いかにも、下町で愛された味といいますか」
「なるほどねえ」
トーンクォーツか。ウチの領内だな。
「以上が、我々の旅の記憶でございます」
「あいわかった。旅の記録をしておくぞ。旅がしたくなったら、こちらの大臣に声をかけるがよい」
「わかりました。失礼いたします」
「うむ」
冒険者がでていった後、オレは「ふう」とため息をつく。
「大臣、もうよい。下がってよいぞ」
「ははっ」
オレは、大臣を下がらせた。
とりあえず、冒険者の記録はここまでだよな。もう、誰も来ないはずだ。
「……よし。決めたぞ」
オレは、オレは! 家出する!
でもすぐ帰ってこないと怪しまれるから、夜中にこっそり抜け出しちゃうもんね。
いわゆる、プチ家出ってやつだ。
だいたいな、オレに国王なんてやらせんなってんだよ。
どうしてオレが、国民のために働かねばならん?
国民はな、ヘタに王様がアドバイスをかましたらいかんのよ。
一流企業の社長も、「自分はなにかあったときに頭を下げるのが仕事」と割り切って、業務は部下に全部任せるっていうじゃん?
冒険者の間でも、望まずして助言をしてくる「アドバイスおじさん」ってのは、忌み嫌われる存在なわけよ。
指示厨ってやつでな。
国民は、自分で勝手に幸せになる。
オレの犠牲の上に成り立っているわけじゃ、ないのさ。
だから、オレ一人がいなくなろうが、知ったこっちゃない。国は勝手に栄光と挫折を繰り返す。
それが、世の摂理ってなもんでな。
そんなことより、ラーメンだ。絶対、食いに行こう。
例のスキルを使って、と。
夕飯を食っているときも、頭の中はトーンクォーツの街にあるというラーメンで埋め尽くされていた。
あのスキルさえあれば、オレはラーメンのある街までひとっとびだから。
オレには、冒険者たちの行動を書き記す【冒険の書】というスキルがある。
どうも冒険者共は、普段は「こことは違う世界」で過ごしているらしい。一旦旅を打ち切ると、突然この世界からいなくなる。元の世界で、二重の生活をしているようなのだ。
この世界に再び現れるには、各国の王様に【冒険の書】という旅行記の保存を依頼する必要がある。
彼ら冒険者と、この世界の橋渡し役。それこそ、オレたち国王の需要な役割ってわけよ。
【冒険の書】の管理は、神々が我々国王に与えた最重要任務なのさ。
要はオレたち国王が生きている限り、冒険者たちは再度この世界で冒険を始められるのだ。
しかし、国王だってタダでそんな役割を担っているわけじゃない。
オレたちにだって、特権をもらっている。
その名は……【ファストトラベル】!
各国の国王は、「自分が書に記録した冒険者たちの滞在していたポイントに、一瞬で移動」ができるのだ!
要するに自分たちが旅をしなくても、旅の道具を用意しなくても、どの世界にも行きたい放題ってこと!
冒険者だって、瞬間移動魔法と、それを唱える魔力がなければ、転送魔法が使えない。
その点、オレたちはノーコストだ! 願えばすぐに、街に降り立てる。
「父上、なんだか、にこやかでありますが?」
息子である王子が、オレを見ながらフォークを止めた。
「そうだったか?」
「はい。ワインを飲むペースも、ゆるめのようですが?」
これからラーメンを食いに行くからな。泥酔していきたくねえんだよ。
「気のせいだ、息子よ。今のオレは、絶賛ネガティブ状態。いわゆる、常時ミドルエイジクライシスってやつよ」
「おいたわしや、父上。どうか、大事なさってください。いざとなったら、公務を休まれても」
「心配ない。オレは五〇歳。まだお前に、王位を譲ってやる気はないさ。それより自分の奥さんと、息子の心配をなさい」
「そこまでの悪態をつかれるほどでしたら、心配するまでもございませんな」
「そういうわけさ。ナッハハ」
オレは、額に浮かんだ汗を拭く。
危ない、危ない。感づかれるところだった。
まだまだお前には、国王の特権は早いんだよ。
王女も、オレのことをジッと見てんじゃねえよ。なんもありませんぞ。
というわけで、スキルを発動する時が来たな!
今は深夜。ここからは、オレの時間だ。
月明かりしか、オレを見ていない。
どうしてオレが、夜にセーブをさせないかというと、夜はオレの時間だから!
夜は、オレこそが「キング」である。いや、もはや「エンペラー」だ。色々征服しちゃうもんね。
「夜は魔物が多いから、出歩くのは危険じゃね?」
知るか。そんなこと。魔物が来たら、逃げればいい。護身術くらい、覚えとるわい。伊達に王様、やってねえんだよ。そこらの領主とかとは、鍛え方が違うんで。
「おっと、王様のマントと寝間着は、着替えてっと」
スカジャンと、ズタボロのジーパンで変装する。冒険者がダンジョンで拾ってきたらしき民間人の服を、タダで譲ってもらったのだ。すべては、この日のために。
「よおっしゃあ! トーンクォーツの街にあるっていう、ラーメン屋にしゅぱーつ!」
小声でガッツポーズを取りながら、オレは転送のスキルを発動した。
こうして、オレ様の夜は始まる。




