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第6話:【朗報】詰んだので伝説のダンジョンに入ってみたw なお、入り口は塞がった模様。

高貴な身分も、魔力も、味方もいない。 残されたのは、泥に汚れ、皮が剥けたこの両拳のみであった。


【入り口:亡き母の記憶】


アリシアは、吸い込まれるような闇を湛えた洞穴の前に立っていた。 そこは、周囲の生物が本能的に避ける禁域。だが、今の彼女にとって、死の危険など街で受ける屈辱に比べれば些細な問題であった。 洞窟の入り口には、苔に覆われた古い石造りの台座が鎮座していた。その表面には、複雑な幾何学模様のルーンが刻まれている。


(……この模様、見覚えがありますわ)


泥まみれの脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。 それは、まだ元気だった母が、幼いアリシアに読み聞かせてくれた古い絵本の記憶であった。 「いい、アリシア。このルーンはね、異界への扉を開く鍵なのよ。迷い子がこれを見つけたら、勇気を持ってその上に乗りなさい」 母の穏やかな声が、今はもう聞こえないはずの声が、雨音の消えた耳の奥で再生される。 アリシアは、導かれるようにその台座へと足を乗せた。


次の瞬間、幾何学模様が淡く発光し、彼女の視界は白一色に染まった。


【第一階層:退路の喪失】


視界が戻ったとき、アリシアは広大な地下空間に立っていた。 背後を振り返る。そこにあったはずの光は消え、ただ冷たく巨大な岩壁がそびえ立つのみであった。 入り口は完全に消失している。もはや、このダンジョンを奥へと攻略し、出口を探し出す以外に生きる道は残されていなかった。


アリシアは絶望しなかった。否、絶望する権利さえ、すでに捨て去っていた。 彼女はボロボロの軍服の裾を強く結び直し、未知の深淵へと歩き出す。 大気には濃厚な魔力が満ちている。魔力を持たぬ彼女には、それが毒ではなく、ただ少し重たい霧のように感じられた。


【迷宮:知識という名の武器】


迷宮の壁面には、鮮やかな極彩色の花々が咲き乱れていた。 それは美しい景観とは裏腹に、近づく者を甘い香りで誘い込み、強酸の粘液で溶かす食人植物の群生であった。 魔力があれば焼き払える。だが、今の彼女には指先を灯す火火一つ起こせない。


(……冷静になりなさい。軍学校の博物学で学びましたわね)


アリシアは周囲を観察し、湿った地面から特定の粘土質を含んだ泥を掬い上げた。 食人植物の感覚器官は、獲物の発する体温と、皮膚から漏れる微弱な脂質に反応する。 彼女は迷うことなく、全身にその冷たい泥を塗りたくった。高貴な令嬢としての矜持を泥で塗り潰し、ただの「動く泥人形」に徹したのである。


植物の触手が、すぐ目と鼻の先で蠢く。だが、泥によって体温と気配を遮断された彼女を、植物たちは岩の一部としか認識しなかった。 アリシアは一歩一歩、繊細に、丁寧に足場を選びながら、死の花園を無傷で通り抜けていった。 力がないのなら、理を使えばいい。彼女の瞳には、かつての弱々しさは消え、冷徹な計算が宿り始めていた。


【深部:禍々しき門の番人】


どれほどの時間を歩き続けただろうか。 辿り着いた先には、階層全体を威圧するような巨大な扉が鎮座していた。 黒い金属で造られたその扉には、血管のように赤黒い魔力が脈動し、触れれば魂まで吸い取られそうなほど禍々しい。


だが、その門へ近づくためには、避けては通れない広間が存在した。 広間の至る所に、蠢く影がある。 数多の魔獣、異形の怪物、そして朽ち果てた武具を纏うスケルトンの群れ。 ダンジョンの深部へ挑む者を、数による暴力で蹂躙するために配置された「モンスターハウス」。 扉を背にした魔獣たちが、泥にまみれた少女の侵入に気づき、一斉にその赤く光る眼を向けた。

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