第53話:【悲報】絶望のどん底、居心地が良すぎて「逆転のレシート」を書き換えてみた件
再会した無能の記憶
鉄血の枢機卿が振り下ろした鉄拳は,正確にアリシアの頭部を捉えた。凄まじい衝撃が脳を揺らし,彼女の視界から色が消えた。
泥の中に沈み,口の中に広がるのは鉄錆の味と不快な泥の感触だった。それは,数ヶ月前に彼女が全てを失い,王国第三辺境連隊の指揮官として放り出されたあの日の感覚そのものだった。
「…….…….ああ……。この冷たさ,この惨めさ……。懐かしいですわね」
泥に顔を埋めたまま,アリシアの唇が微かに動いた。 枢機卿が彼女の髪を再び掴み,無慈悲に引きずり上げる。彼の鉄の指は,アリシアの頭皮を剥がんばかりの力で食い込んでいた。
「理解したか。汝が弄んできた『力』など,我らが生きるために削り出した命の削りカスに過ぎぬ。汝の傲慢な買収劇は,この泥の中で幕を閉じるのだ」
枢機卿は空いた方の拳を鋼鉄の杭へと変質させた。心臓を一突きにし,因果ごと粉砕するための確殺の構えであった。
覚醒:痛みの「時価評価」
しかし,アリシアは笑っていた。 鼻血と泥で汚れ,ボロボロになった顔で,彼女は枢機卿を真っ直ぐに見つめ返したのである。その瞳には,先ほどまでの退屈な「お買い物」の熱ではなく,狂気にも似た歓喜が宿っていた。
「……。…….三行で言いなさいな。要するに,貴方の人生は,わたくしの拳より『重い』と言いたいのですわね?」
「……何?」
「素晴らしい。これほどまでに重く,鋭く,不快な感情……。わたくしがこれまで買い叩いてきたどんな財宝よりも,今のこの痛みは『高価』ですわ」
アリシアは泥の中に落ちていた「壊れた懐中時計」を握りしめた。 彼女は考えるのをやめていた。だが,代わりに「感じる」ことを始めたのである。
「重いものは,高い。高いものは,価値がある。そして価値があるものは……全てわたくしのコレクションに加えなくてはなりませんわ!!」
アリシアの全身から,泥を蒸発させるほどの猛烈な圧力が放たれた。彼女は枢機卿に髪を掴まれたまま,至近距離でその「鉄の腹部」に右拳を叩き込んだ。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
それはこれまでの「素振り」ではない。枢機卿の絶望と重みに同期し,それをそのまま利子として上乗せして返却する「全額返済」の一撃であった。
乱入:紅蓮の業火
枢機卿の巨躯が初めて後退し,地表に深い溝を刻んだ。しかし,決着がつく前に空が真っ赤に焼け落ちた。
「……。…….仲良く泥遊びかしら? 見苦しいわね,鉄屑も,落ちぶれた令嬢も」
天上から降り注いだのは,雨を瞬時に蒸発させ,泥濘を溶岩へと変える極大の火炎だった。
戦場の中央に降り立ったのは,指先から太陽の如き熱量を放つ「紅蓮の魔女」であった。彼女の背後には,かつて一国の騎士団を灰にしたという無数の火炎の魔導陣が展開されている。
「枢機卿,貴方の『秩序』は退屈だわ。この女は私が焼く。彼女の絶望も,貴方の怨嗟も,全てまとめて私の火力の『薪』にしてあげる」
魔女の瞳には,かつて魔導帝国の実験体として全てを焼かれ,自分以外の全てを灰にすると誓った狂気が渦巻いていた。
泥沼の三つ巴:大戦争の極致
「あら……。次から次へと,高価な商品がやって来ますわね」
アリシアは泥の中から立ち上がり,破れたドレスの裾を優雅に(物理的に引きちぎって)整えた。 正面には,再び装甲を再構築し,復讐の炎を燃やす鉄血の枢機卿。 頭上には,全てを灰にせんと微笑む紅蓮の魔女。
二人の「同格」の怪物に囲まれながら,アリシアは自身の「壊れた時計」をポケットにねじ込んだ。
「暴力は善。そして,重すぎる愛(攻撃)はさらに善ですわ。……お姉ちゃん(仮),計算を始めなさいな。この二人をまとめて買い取るための,わたくしの『命の残高』を!!」
戦場は今,ただの戦争を超え,三大怪物の「人生」を賭けた地獄の競り市へと変貌しようとしていた。




