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第4話:【悲報】追放先がガチの修羅の国だった件。とりあえず宿を借りたい。

魔力など必要ない。 この拳を叩き込み、その顔を歪ませる。それだけで十分であった。


アリシアは泥の中に捨てられた公文書を一瞥し、背を向けて歩き出した。引き止める者は誰一人としていない。それどころか、彼女の背中を追うのは、厄介払いが済んだという安堵の溜息と、死にゆく者へ向ける憐れみだけの視線であった。


砦の周囲に広がる土地は、すでに死んでいた。 かつては豊かな緑があったはずの国境地帯は、長引く戦火と、奪われた「木櫃ぼくき」の影響か、地脈さえもが枯れ果てている。草木は黒く変色し、吹き抜ける風は生物の腐臭を孕んでいた。


アリシアの祖国を除けば、周辺の諸国と呼べる勢力は、すでに国家としての体をなしていなかった。 地図上には境界線が引かれているものの、実態は軍閥や盗賊団が跋扈する無法地帯である。力なき者は奪われ、力ある者はさらに奪う。治安という概念そのものが、この荒野においては贅沢品に過ぎなかった。


アリシアは、ボロボロになった軍服の襟を立て、ひたすら北へと歩を進めた。 道中、行き倒れた死体や、獲物を探す野盗の視線が幾度となく彼女を掠める。だが、泥にまみれながらも獲物を屠る獣のような眼光を放つ彼女に、あえて手を出す愚か者はいなかった。


数日の放浪の末、彼女はようやく一つの集落へと辿り着いた。 そこは、周辺の地獄絵図に比べれば、まだ「マシ」な部類に入る小国であった。辛うじて法が機能し、金で安全を買える程度の秩序が残っている。


アリシアは、腰に隠し持っていた僅かな硬貨を取り出し、街の外れにある薄汚れた宿屋の門を叩いた。


「……部屋を。一番安いところで構わない」


応対に出た主人は、アリシアの姿を見て露骨に顔を顰めた。 泥にまみれ、身なりは浮浪者と変わらぬ女。しかし、その声には一切の卑屈さがなく、冷徹なまでの意思が宿っている。主人は毒気を抜かれたように、黙って鍵を差し出した。


案内された部屋は、カビの臭いが充満し、ベッドのシーツも黄ばんでいる代物であった。 だが、アリシアにとっては、雨風を凌げるだけで十分であった。彼女は窓際に立ち、遠く、自分が捨てられた祖国の方角を見つめる。


高貴な身分も、魔力も、味方もいない。 残されたのは、泥に汚れ、皮が剥けたこの両拳のみ。

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