第3話:【悲報】作戦失敗して「例のブツ」を奪われた結果www
数日後、戦場を支配していたのは死臭と絶望であった。 アリシアの指揮した防衛作戦は、見るも無残に瓦解した。拠点の砦は炎上し、連隊の防衛線は紙屑のように引き裂かれたのである。
だが、アリシアは冷静であった。 泥を啜り、岩陰で肩を揺らす兵士たちを横目に、彼女は心の中で独白する。 兵力、食料、魔力。そのすべてが欠如したこの地獄で、今日この時まで戦線を維持できたこと自体が奇跡に近い。初日に全滅していてもおかしくなかったはずだ。 その事実を正しく評価できる者は、この場には一人もいない。
事態を決定的に悪化させたのは、単なる敗北ではなかった。 陥落の際、砦の最奥に厳重に封印されていた 木櫃 が敵の手に渡ったのである。
それが何であるか、アリシアには一切知らされていなかった。 だが、本国から派遣された査察官が、顔を真っ青にして嘔吐し、発狂したように叫び声をあげている姿を見れば、事の重大さは明らかであった。 それは、国の高官のみが知る禁忌。決して表に出してはならない「何か」であった。 誰もその正体を口にしない。ただ、取り返しのつかない致命的な損失であることだけが、重苦しい沈黙の中に漂っていた。
「……アリシア・エングラム。前へ出ろ」
数時間後、泥にまみれたアリシアの前に、本国からの特使が立った。 男の手には、冷酷な宣告が記された公文書が握られている。
「王国の最高機密である 木櫃 を、貴様の無能ゆえに敵に奪われた罪は万死に値する。貴様が『無能』でなければ、これほどの失態は起きなかったはずだ」
あまりに一方的な責任転嫁であった。 重要な機密の存在すら伏せ、十分な防衛戦力も与えず、ただ失敗の全責任を押し付けるための生贄。 アリシアをこの地に送った時点で、王都の連中が描いていた筋書きはこれであった。
「――よって、本日をもって貴様の全爵位、および王位継承権を剥奪する。貴様はこの瞬間からエングラムの名を語ることを許されぬ、ただの罪人だ。二度とこの国の土を踏むな」
特使は汚物を見るかのような目でアリシアを蔑み、文書を泥の中に投げ捨てた。 かつてアリシアを無視し続けた部隊長たちも、関わり合いを避けるように目を逸らす。 誰一人として、彼女のために声をあげる者はいなかった。
雨はいつの間にか止んでいた。 代わりに、アリシアの心の中にあった「高貴な義務」という名の枷が、音を立てて砕け散った。
「……。……。ああ、そうですか。そういうことですか、皆様」
アリシアはゆっくりと、泥に汚れた拳を握りしめた。 無能と蔑み、道具のように使い捨て、絶望の淵に突き落とした。 その報いは、言葉ではなく、もっと分かりやすい形で精算すべきだと彼女は確信する。
魔力など必要ない。 この拳を叩き込み、その顔を歪ませる。それだけで十分であった。




