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第1話:【悲報】俺たちの指揮官、追放された無能令嬢なんだけど、これ詰んだよな?

どしゃ降りの雨が、泥濘と化した最前線の塹壕を叩いていた。 湿った煙草の煙と、拭いきれない鉄錆の臭い。焚き火を囲む三人の兵士は、死を待つような虚無感の中で、自分たちの「不運」を笑い飛ばすしかなかった。


「……なぁ、お前ら聞いたか? 隣の教皇国の 鉄血の枢機卿 。あいつの率いる重装歩兵団、この前の戦で敵の城門を体当たりだけで粉砕したらしいぜ」


新兵の若い男が、震える手で泥水を啜りながら言った。


「ああ、有名だな。あそこは人間じゃねえ。歩く鉄の壁だ。だが、魔導帝国の 紅蓮の魔女 の方がヤバいだろ。指をパチンと鳴らすだけで、一国の騎士団がまとめて消炭だ。あんなの、もはや天災だよ」


古参の伍長が、短くなった煙草を吐き捨てて応じる。


「ハハッ、どっちも御免だね。俺は自由都市連合の 黄金の獅子 の方が怖いわ。あそこの魔導銃兵連隊は、一発の弾丸に平民の年収分の金をかけてるって話だ。戦う前に、予算の桁でこっちの心が折れる」


三人は顔を見合わせ、自嘲気味に笑った。


「教皇国は鋼鉄。帝国は火炎。連合は金、か。どこも化け物揃いじゃねえか」 「ああ、それにな。世の中にはそれらとは別の意味で、戦場に出しちゃいけない怪物がいるんだぜ」


伍長が、背後の天幕――ボロボロで雨漏りしている、一番立派なはずのテントを顎で指した。


「教皇国は強い。帝国も強い。だが、世界で一番惨めな軍勢は、間違いなく俺たち 王国第三辺境連隊 だ。なぜだか分かるか?」


新兵が唾を飲み込む。


「……兵士が、食い詰め者の寄せ集めだからですか?」 「それもある。だが決定的なのは、 指揮官があの無能令嬢だからだ 」


視界が、泥まみれの軍靴からゆっくりと持ち上がる。


「……。……。……。」


テントの軒先。雨に打たれながら、一人の少女が立っていた。 かつては最高級の絹に包まれていたであろう肌は、今や煤と泥に汚れ、手入れの届かない銀髪は重く湿っている。


私の名前は、アリシア。 数日前までは、この王国の誇る公爵令嬢であり、次期王妃候補だったはずの女。


「……報告を」


私の声は、雨にかき消されそうなほど細い。 目の前の兵士たちは、敬礼どころか視線すら合わせようとしない。それどころか、隠そうともしない侮蔑の視線を私に投げつけている。


「報告もクソもねえですよ、お嬢様。食料はあと二日分、矢は一斉射で終わり。さっき届いた本国からの伝令じゃ、援軍は来年まで待てだそうだ」


伍長が、鼻で笑いながら吐き捨てた。 それは報告ではなく、死刑宣告だった。


私は震える指先を、泥にまみれた軍服のポケットに突っ込んだ。 そこには、王都から追放される際に唯一持たされた、壊れた懐中時計が入っている。


(ああ、そう……。私を殺したいのですね、お父様も、お兄様も。そして、あの婚約者殿も……)


魔力が使えない。淑女教育についていけない。 たったそれだけの理由で、私は無能の烙印を押され、この地獄へと放り出された。


空を仰ぐ。 雲の向こうには、先ほど兵士たちが語っていた鉄血や紅蓮の軍勢が、虎視眈々とこちらを狙っているのだろう。 私の背後には、やる気も忠誠心もゼロの、ゴミ溜めのような敗残兵たち。


「……笑えてきますわね」


ポツリと、独り言が漏れた。


まだ心は折れていない。 だが、それは希望があるからではない。

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