Angelblood 第2章後編【煙草】
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悠蛹(@snghrk2414)
「コルヴはなぜ来ないんだ?」
屋敷への潜入決行前、デプラはコルヴへの疑問を口にする。
「俺は、ちまちま動くのが苦手だ」
デプラは初めてコルヴに会った時——バーの惨状を思い出し頷く。
「潜入は人数が少ないほどリスクが低い、家族を取り返すだけなら尚更だ」
コルヴはデプラを一瞥すると、深く息をつく。
「それに、あの屋敷には二度と立ち入らない、戻らないと誓っている……この誓いは破れない」
デプラはコルヴを見つめる。
「あなたには十分助けてもらった。今度は俺が、ファルムを助けるだけだ」
コルヴはにやりと笑い、頷く。
「ああ、今のお前ならやれる。頑張れよ」
***
コルヴから教えられたルートで、デプラは屋敷へ潜入する。
〈おそらく、警備員の数は少ないだろうな〉
デプラは、コルヴから与えられた事前の情報を思い出す。
〈奴は——ドラヴィエルは、狩りを楽しむ〉
自らは門の捜索を行わず、発見者と交渉し、破談すれば奪い取るのだという。
〈その実行部隊が——ミレルだ〉
「ミレル……」
コルヴの言葉通り、屋敷の警備は異様なほど薄い。
デプラは、試飲会場と思われる広い部屋を見つける。壁に飾られた翼が、不気味なほど白く、室内を取り囲んでいた。
更に屋敷内を捜索し、警備された地下への扉を見つける。
貯蔵室——と扉の前には文字が刻まれている。
〈警備が二人……こちらには気付いていない〉
デプラは懐から、球状の道具を取り出し、それを見つめる。
〈これ……〉
〈デプラ、お前はこれを使うのは嫌だろうが、手段は選べない……誰も殺さないなら、尚更だ〉
デプラは煙玉を警備の足元へ投げる。
「ん?」「なんだ?」
警備が煙を吸い込む。途端に二人の眼球が焦点を失い、恍惚とした表情を浮かべながら気絶する。
警備から鍵を奪い、デプラは扉を開く。
地下は清潔だが暗く、空気が重い。
首に下がるペンダントの淡い光だけが、壁を薄く照らす。
先へ進むと、複数の扉が並ぶ空間へ辿り着く。
扉の先にはそれぞれ、天使がしまわれていた。
〈いいか、全員助けようとは思うなよ〉
〈そんなことをすれば捕まって終わりだ〉
〈お前の目的は——〉
脳裏にコルヴの声が響く。
「……わかってる」
デプラは扉のひとつに近づく。中には片翼の天使が膝を抱えている。飼われて長いのか傷が多く、その目は青黒く染まっていた。
扉の取手を掴む。
〈ここまで来て、失敗はできない……〉
デプラは唇を噛み、奥へ進む。
最奥。痩せて小柄な男と大男の二人が、扉の前に立っている。
〈きっとあそこだ〉
隠れる場所は無く、ここから煙玉を投げても、まず先に見つかるだろう。
デプラは静かに、ナイフを構える。
***
「止まれ!」
窓の無い部屋、唯一の出入り口の先から、男たちの声が響く。
硬く冷たい壁。使用される時にしか、音も聞こえず、開くこともない扉。
「っぐ!」
呻き声が聞こえる。
ファルムは立ち上がり、ゆっくりと歩きだす。
「なに?」
彼女は扉に近づくが、中から外を覗く事はできない。
「デプラ……?」
翼を奪われた天使は、記憶の中——扉の先へ感じる彼を想った。
***
デプラは先手でナイフを大男の腿へ、二本目を小柄な男の腕へ目掛けて投げる。
「っぐ!」
一本は太ももに命中し、大男は体勢を崩して倒れ込む。腕を狙ったナイフは狙いをずらされ、皮膚を撫でる。
「っつあ!」
距離を詰める相手。デプラはすかさず追撃を小柄な男へ投げつけ、武器を持つ手に当てる。
「っくそ!」
ナイフを当てられ、男は武器を弾き飛ばされる。小柄な男は床に落ちたナイフを拾い上げ、デプラへ飛びかかる。
デプラは左手に持ったナイフで、相手の刃物に応戦しつつ、もう片方の腕で追加のナイフを取り出し、男の腕へ突き刺す。
「うぐぁ!」
倒れた男の奥から、先ほど腿にナイフを当てたもう一人の男が、デプラとの距離を詰めていた。
大男は、デプラの脇腹にメイスを叩き込む。
「——っ!」
瞬間、デプラは体を捻り衝撃を柔らげるが、腹部にじわりと熱が広がる。
隙をついた男は、デプラの横をすり抜け、通路に設置された警報装置を鳴らす。
「しまった!」
デプラはナイフを投げつけ、男は倒れるが、既に警鐘が鳴り響いている。
「ファルム!」
デプラは急いで扉をこじ開ける。
彼女は、そこに立っていた。
無数の採血痕、背中の大きな傷。
——だが、瞳には出会った時と同じ、美しい青い光が宿ったままだ。
彼女を抱きしめる。
そんな時間は残されていない、すぐにでも逃げなければ。
しかし、この瞬間溢れた自身の想いを無視できるほど、デプラは冷静ではなかった。
ファルムは応えるようにそっとデプラの胸に身を寄せ、互いの存在を確かめ合う。
体格差は入れ替わり、ファルムの背中には翼がないぶん、腕をまわしやすい。
ファルムの方から身体を離す。
「走ろう!」
鳴り響く警鐘——
後ろから警備兵が追いかける。
デプラは逃げながら、ファルムが兵士に追いつかれないように、ナイフ投げと煙玉で応戦する。
***
追手を振り切った二人は、街から少し離れた廃屋に身を隠す。
「見失ったみたいだ」
デプラは息を整えながら、外の様子を窺う。
ファルムは息を切らし、へたりこんでいる。
呼吸も安定した頃、デプラは懐から箱を取り出す。
屋敷に入る前、コルヴから勝手に拝借した煙草だ。
「珍しい嗜好品らしい、師匠がこれ好きなんだ」
コルヴの使い方を思い出しながら、ぎこちなく箱に葉と火を入れる。その様子を、ファルムは優しく見守る。
「……」
久しぶりの状況に、デプラは少しくすぐったさを感じる。
箱の側面に空いた穴から煙がのぼる。
デプラはゆっくりと顔を近づけ——盛大に咽せた。
「それ、美味しいの?」
「ん……いや、苦い」
ファルムがデプラの方へ寄る。
「……私も」
ファルムは箱の煙に顔を近づけ、同じように咽せる。
二人は互いを見つめ、笑い合う。
——雨の音。
二人を隠すように、外は音で満たされている。
不意にファルムが、デプラの頬に触れ、顔を近づける。
デプラは戸惑うが、ファルムの青い瞳から目が離せず、固まる。
箱からのぼった煙が、薄く天井へと消えていく。
少年と少女は、少しの間——静かに見つめ合っていた。
***
屋敷――
「申し訳ありません!」
警備兵が、屋敷の主——ドラヴィエル公爵へ報告を行う。
ドラヴィエルは冷たい笑みを浮かべている。
「おい」
彼の声に、そばで控えていた執事が、液体の入った瓶を運んでくる。瓶の口を開け、主人へ手渡す。頭を下げていた警備兵を含む室内の使用人全員が、瓶から香る匂いと、美しい青色の液体に五感を奪われていた。
ドラヴィエルは瓶の注ぎ口に顔を近づけ、香りを愉しむ。
「私は狩りが好きだ」
警備兵が再び頭を下げる。
「だが、そのために警備を薄くしていたのは——私の失敗だった」
彼が瓶を持つ手を軽く掲げる。
ドラヴィエルの背後の影が揺らめき、複数の人型が瓶に群がる。
「行け」
ドラヴィエルの命令と同時に、影は姿を消した。
屋敷の主は、お気に入りを逃した警備兵へ、徐に視線を戻した。
***
廃屋を後にし、二人は森の中を進んでいた。
デプラの足取りが徐々に重くなり、視界が揺らぎ、彼は倒れ込んだ。
「どうしたの……?!」
脇腹に受けた傷の悪化が原因で、ここまで逃げて来れたのが不思議なほどだ。
ファルムが駆け寄り、デプラの名を呼ぶが、意識が遠のいていく。
森の木々の間から現れた影が、二人に近付いていた。
読んでいただいて、本当に嬉しいです!
ありがとうございます!
煙草のシーン、どうでしたか?
ここ、結構好きなシーンなので共感してもらえたら嬉しいです。天使の血がある世界で、煙草。
二人は再開し、逃亡を始める。
逃避の末にあるもの。




