W&WM 第二章中編【黄金の記憶】
「……いや、いい。それより、どうしてこの屋敷にいる」
コルヴは最初の質問へ戻る。
ヴェレは不遜な姿勢を崩す事なく、男を見つめる。
〈一対多、こちらには蛍月もいる。ここは会話して、様子を見るしかない〉
「天使、それと『門』について知るため」
〈天使や門のことをよく知らない、そのうえ、"魔女"という言葉、この世界の人間が知っているはずもない……〉
コルヴは確信を得る。
「天使と門について知らない人間がいるとはな。この世界では常識だぞ」
その言葉に、ヴェレは鼻で笑う。
「一般的な知識では足りない、私はもっと知りたいんだ。そのためには、以前それらについて研究していた者を見つける必要がある」
「なぜそれを……」
短く呟いた男の言葉に、ヴェレは答える。
「この屋敷の主人に聞いた」
取り囲む者たちに一瞬、動揺が見えた。
「……奴の部屋には、近衛も含め姿がなかった。お前の仕業か」
〈我々が屋敷に侵入した時、数名の兵士が倒れ、錯乱していた。奴の魔法と見て良いだろう〉
〈彼らは肉体に怪我を負っていなかった。こいつの魔法、物理的な破壊ではないと推測できるが……〉
彼は奥歯を噛み締める。
〈その方が良かった……。女性ひとり、戦い慣れしている様子もない。そのうえ子供を連れている。一度発動すれば、戦闘にすらならない能力という可能性が高い〉
〈既に発動されている場合を想定しても仕方がない。発動していないなら、何か条件があるという事か。例えば――連続での発動ができない、準備が必要、複数人同時には使えない…〉
「なあ」
ヴェレが痺れを切らしたように口を開く。
「もう良いか? 用事があるんだ」
この先に、天使が収容された地下への階段がある。コルヴは彼女の視線に気付く。
「待て、用事ってのはなんだ?」
「天使だよ。この屋敷の地下に囚われている天使を拝みに行くんだ」
〈やはりか……だが、焦らず様子を見るべきだったかもな〉
コルヴを含む彼らは、ヴェレの迷いのない足取りが、地下への扉へ向いているのを発見し、急いで取り囲んだのだ。
「奇遇だな、その天使たちの解放が我々の目的だ。となれば、アンタらをこのまま行かせる訳にはいかないし、同行してもらう」
「なぜ一緒に行動しなきゃならない? 私は、知識として天使に興味があるだけだ」
ヴェレは横目で、取り囲む者たちを観察する。
〈まずは魔法の発動を防ぐこと――ならば、奴の欲しい情報を持っていることを匂わせる。そうすれば、無闇に魔法で攻撃して、こちらを行動不能にはしないはずだ〉
「研究者の居場所を知ってるといったら?」
コルヴの言葉に、微かにヴェレの眉が動く。
「……」
〈この男、知っているのか、研究者の居場所を。今すぐにでも魔法を使いたいが、多勢に無勢の現状ではリスクが高い。機会を得るためにも、従っておくしかないか〉
「良いだろう、仲良く天使の解放といこうか。私はヴェレ、こいつは蛍月」
「コルヴだ、よろしくな」
二人は形ばかりの笑みを湛え、共に歩き出した。
***
魔女と少女を含む集団が、互いに警戒を隠さず、地下への階段を降りる。
解放軍の一人がコルヴに近寄り、低く声を掛ける。
「良いんですか? 数ではこちらが有利です、今のうちに拘束した方が――」
コルヴは兵士を手で制する。
「あの態度、虚勢かもしれんが油断はできない。本当に魔法が使えるなら、勝ち目はないかもしれん。
使ってこないのは条件があると見える、そのきっかけが、こちらの攻撃という可能性もあるからな」
コルヴは少女を見る。魔女の手首をしっかりと握り、階段を慎重に降りる蛍月を見ると、頭を振った。無造作に頭の後ろで束ねた髪が揺れる。
〈くそ、あの子供を見ていると、昔を思い出す……〉
階段を降りた先は、薄暗い地下空間。天使が囚われているはずだが、空気は澱み、物音ひとつしない。
「手分けして、天使を解放しよう」
「ヴェレは俺とだ」
コルヴが仲間へ指示を出し、ヴェレへ向き直る。
「その子は地下の入り口で仲間の一人と待機させる。おかしな真似をするなよ」
ヴェレがコルヴを睨む。
「素早く済ませるぞ」
「「はい」」
コルヴと蛍月、そして不機嫌そうなヴェレを置いて、仲間が散る。
「こい」
解放軍の女性が蛍月の腕を掴む。蛍月がびくりと震え、身体を強張らせる。
ヴェレが近づき、蛍月の鈴を指で弾く。
その乾いた音色に、蛍月の意識が過去から引き戻される。
「待っていろ、必ず戻る」
「うん…!」
「いくぞ」
コルヴの言葉に、ヴェレは不服そうな様子を見せながら、内心ほくそ笑んでいた。
***
地下の一室。その扉を開けると、そこには天使がいた。
光を通す白い髪、陶器のような肌。だが、翼は無く、背中には焼き切られたような跡だけが残っている。
「さあもう大丈夫、ここから出よう」
コルヴが駆け寄り、膝をつくと、天使が顔を上げる。その青い瞳は暗く、光を反射しない。
「……っ」
コルヴが顔を歪めた時、彼の背後から忍び笑いが聞こえる。
「くく、これが天使か」
「社会に搾取され、人として扱われず使い捨てられる、無垢なる価値の化身」
「ああ……そうだな」
コルヴが天使を見つめながら、鈍く相槌を打つ。
「で、研究者はどこにいる?」
「まずは天使たちをここから脱出させる、外にも仲間が待機している。彼らに天使を預けたら、直接あいつの所へ連れていってやる」
コルヴが振り返ると、彼の目にエメラルドの光が映る。
「そこまで付き合うつもりはない」
そう言いながら、魔女が右手を宙へかざす。
房内が一段暗くなり、彼女の瞳の中に魔法が宿る。
「お前の『天使を屋敷から救出する』欲望を叶えよう」
〈情報さえ得てしまえば、もう従う必要はない〉
「対価として、『研究者"レムナラ"の居場所』の情報を徴収する」
魔女の中へ、知識が、記憶が流れ込む。
その瞬間、ヴェレの瞳がみるみる開かれ、口角が吊り上がる。
「ハッ! お前こそ――"何者"で"どこから来た"んだ?!」
ヴェレは、彼の名を呼ぶ。
「カヴォル」
「……」
カヴォルと呼ばれた男――コルヴは何も言わない。
「お前は、元々は別の世界にいた。一人の少女の、神の如き力、それを与えられた黄金の騎士」
「その布や革の下に、御伽話のような永遠に朽ちることない肉体がある」
ヴェレの語る内容が真実であると、彼の引き結んだ口元が肯定していた。
「お前のいた世界でも、門が現れたんだな。その門に呑まれ、今もここにいる」
「『門』、ますます興味が湧いた」
「待て!」
〈天使を解放したら、まず仲間に引き渡す必要がある。魔女を一人でレムナラの場所へ行かせるのは危険だ〉
「もう研究者のいる場所は分かったし、お前から得られる知識もない」
そう言い残し、ヴェレが部屋を去ろうとすると、魔法の光が再び現れる。
「っ!」
緑の鋭い光が、彼女の首や手首を縛り上げる。
「まさか……!」
ヴェレがコルヴとの会話を思い返す。
〈「良いだろう、仲良く天使の解放といこうか」〉
『Prētium Absolūtum』の原則――
魔法の使用者、または対象者が欲望の叶え方を提案し、双方の合意があった場合。同意した方法により、欲望は叶えられる。
この原則を、魔法の使用者は知らない。




