W&WM 第一章【世界渡りの種】
魔無が魔法を得た事実を、社会は隠蔽しようと画策した。ヴェレを特異体と呼称し、捜索と排除を命じた。
魔女は単独で行動し、一所に留まることはなかった。これが災いし、各地で目撃例や圧倒的な魔法の効力が恐れられ、そして羨望の対象となった。
魔無を虐げる魔法社会の根底を揺るがす事態に、不安は膨れ上がり、弾圧は過激化した。
魔無の中に燻っていた反逆の徒も、魔女の存在を象徴に祭り上げ、掲げられた鮮やかな緑色を旗印に抗争へと発展していった。
渦中のヴェレは戦争に参加せず、目的の存在を探して、ある場所を訪れた。
そこは魔法の膜が貼られ、外部からの意図しない侵入を拒絶している。
世界渡りの種、その一人が、この施設で保護されている。少女は生まれつき視力が殆ど無く、成長するにつれ、視界に映る僅かな光も、失われた。瞼の上には布が巻かれ、耳の後ろで結われている。
用意された部屋の中で、彼女は遊ぶ。
赤い紐に鈴が付けられ、それを軽く投げたり、ぶらぶらと揺らしている。粘土やブロックなどが置いてあるが、収容されてから数年間、これ以外の娯楽は与えられていない。
狭い部屋で、睡眠と食事、検査の繰り返し。施設の者たちは、少女に触れることを避け、会話も一方的な質問のみだった。
***
『二人組にさせるな!』
特殊な力を持つという種族が隠れ住む、辺境の地。そこに武装した集団が襲撃を行った。
『お父さん! お母さん!』
少女は叫ぶが、熱と煙、周囲に響き渡る音と声に掻き消される。
『どこにいるの?!』
『こい!』
少女の腕が女に掴まれ、強引に引かれる。
『いやだ! 助けて!』
瞬間、少女の頭部に生えた小さな角が淡く光る。
『なに?!』
――途端、周囲の景色が変わる。
舗装された通り、賑わう街並み、行き交う人々。
『くそっ! どこだここは?!』
女が興奮して声を荒げる。
『いたっ!』
少女の腕を掴む手に力が入る。
『君たち』
数人が、二人に近づき声をかけた。統一された礼装、周囲の様子、治安維持を担う者たちだろうか。
『おい! 早くここから移動しろ!』
女は少女へ怒鳴ると、腕を強く引く。
『怪しいな……おい、捕えろ』
兵士らしき者たちに女は組み伏せられ、少女は赤くなった腕を、別の兵士に再び強く掴まれる。
『貴様ら、魔無ではないだろうな?』
***
普段静かな施設内が、先ほどから騒がしい。
「……なに?」
少女は床に耳を当てる。
程なく、再び元の静けさを取り戻した施設で、少女が過ごす部屋の扉が開く。
「見つけた」
危うく、力強い女性の声。
声の主は、コツコツと靴を鳴らし、少女の前に立つ。元々背の高い彼女の影が、盲目の少女を包み込む。
「お前は、世界渡りの種か?」
少女は質問に短く答える。
「……はい」
魔女は即座に次の質問をする。
「その力を使えるか?」
「……たぶん」
「ここに、他にも同じ種族はいるか?」
「……居ない、と思う」
女性はふむと、一拍置くと、再び質問する。
「ここが、お前の居場所か?」
「え……」
聞かれ慣れない問いに、少女は戸惑った。
「なに…その質問……」
彼女は何も言わない。ただ答えを待っている。
「……分かんない」
「…でも、どこかにあるなら、行きたい。どこにあるのか、知りたい」
「そうか」
蛍月の知りたいという言葉に、目の前の女性が笑ったような気がした。
「取引しないか」
「取引……?」
「世界を知ること、この世界以外の、より多くの知識を得る。それが私の目的」
「お前の力で、私を別の世界へ移動させてくれ」
「その代わり――」
「私が、お前の目になる」
傲慢で、一方的な取引だ。
「目が見えないことは不幸なことだとは思わない。だが、元々持っていたものを自分の意思によらず失うことは不幸だと、私は思う」
「私の見た景色を、光を、色を伝えよう」
「私がお前を守る」
少女は押し黙る。沈黙の後、口を開いた。
「私の"いばしょ"は、見つかる?」
「ああ、見つけよう。お前のいるべきところを」
魔女は、少女へ手を差し出す。
「わかった」
少女は意を決したように、ぐっと力を込め、差し出された手を取り立ち上がる。
「取引成立だな」
女はにやりと笑みを浮かべた。
「私はヴェレ、お前の名前は?」
「蛍月」
「蛍月、行こうか」
名前を呼ばれた少女――蛍月は、緊張を見せながらヴェレの手を握る。
ふと、ヴェレが少女に手をかざす、周囲の空気が張り詰め、エメラルドの光が部屋を照らす。
しかし、魔法は発動しなかった。
「?」
蛍月がヴェレの方へ顔を向ける。
〈まあいい、一人の方が楽だが、"渡りの力"は私自身が使えても意味が無いからな。この魔法『Prētium Absolūtum』も、道すがら試して理解を深めることにしよう〉
『世界渡りの種について』
――移動先は、渡りの力を発動した際、身体が触れていた同行者に左右される。
彼らの話では、同行者が同じでも、以前いた世界に戻ることは出来なかったという。
道は一方通行で、往復は出来ない。
「いくよ?」
蛍月が、ヴェレの手を強く握る。
「ああ」
蛍月の小さな角が光る。
周囲の景色がガラスのように割れ、二人は世界から切り離される。
重なり合った破片がプリズムの門を形成し、元いた世界の破片が、はるか後方へと流れていく。
折重ねられた門から溢れ出すスペクトルが、一際強く、色を放つ。
白、そして青い光が、ヴェレの瞳に反射した。




