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GateFragments  作者: 悠蛹
第4巻 World and World Magic―世界と世界の魔法―

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W&WM 序章【魔法のある世界】

 ――この世界には、魔法がある。

 その力は誰にも宿る。

 火を、水を、繁栄を得る。

 海を、空を、自由を操る。

 魔法は当然に享受されるものであり、持たざる者は、同じ人として扱われることはない。

 

 持たざる者、彼らは『魔無(マナ)』と呼ばれた。


 『魔無』として生きる女性――ヴェレ。

 彼女は魔無であることを隠し生きていた。魔法を必要としない仕事を転々とする。

 魔法のない仕事、同じ場所へ居続けると、魔無を疑われる。疑われれば、審問が行われる。


 彼女は、働くことで得た対価を、本を読むことへ捧げた。知識を得ることが、彼女を彼女たらしめた。種類を問わず、古本から安いものを買い漁った。

 専門書、雑誌、哲学書、図鑑、歴史書、技術書。

 ――物語。


『雨の物語』を読んだ。

「泣いている少年を元気づけようと――」

 ヴェレの唇が、文章をなぞる。

「泣いていた少年が笑い、その場には幸福が満ちている。けれど、泣いた原因に背を向け、集団の中で個を放棄してしまったようにも取れる」

「……本質を忘れて、停滞に甘える者たちか」


 ヴェレは雨の物語を気に入り、その本を買った古書店へ頻繁に足を運ぶようになった。

 読み終わった本は売ってしまい、手元には常に現在読んでいる一冊のみがあった。

 彼女にとって本は知識や見識を得るためにあり、手元に財産として置いておく必要はなかった。低賃金の労働と、いつ魔無と疑われるかもしれない中では、荷物を増やす理由が無かった。


『騎士の誓い』を読む。

「この命をもって、あなたをお守りします――」

 彼女の長い黒髪が揺れ、文字の上へ垂れる。

「互いを想い、助け合う心」

「誓いは呪いとなる、命には命をもって対価を支払うべきだと。預けられた命は、重荷になり、双方を苦しめることになる」


「払えなければ出ていってもらう」

 ヴェレは借家に住んでいたが、最近になって持ち主が変わり、賃料を上げると頻繁に訪れるようになった。

 以前の持ち主は身元も保証できないヴェレを、この家へ住まわせてくれた。だが、急に家主が変わったのだ。

 この辺りで、以前よりも魔無狩りが活発化していることが関係しているのか、推測することしかできない。

「ここから引っ越すべきね」

 ヴェレは移動の計画を立て始めた。


 ***


『天使の物語』を読んだ。

 ヴェレの切れ長の瞳が文字を追う。

「陶器のような肌に、透き通る髪。白く美しい翼」

「まるで天使は価値の化身ね、人間の所有欲や加虐性を刺激する」

 丁寧にページを捲る。

「無垢さは自身だけでなく、周囲の人間をも危険に晒すことになる」

「人と違うものを異物として扱い、利用する……」


「っは、この世界と同じだな」


 ***


 ヴェレが、町を離れる前にもう一度、古書店を訪れた。この店で買う最後の本を探していた彼女は、ある文献を見つける。


『世界渡りの種について』

 本は薄く、紙も劣化して状態は良くない。だが、確かに値札は貼られており、商品として置かれていた。


 世界渡りの種――彼らの存在によって、世界はこの世界だけではないことが判明した。彼らの外見的な特徴は、頭部に生えた"角"だ。

 彼らは、自身とその同行者を別の世界へ移動させる。移動する様子は発見されたが、戻ってきた事例は確認されていない。そのため、現在はお伽話の存在と化している。

 移動先は――。


「別の世界……」

 ヴェレがそう呟いた時、彼女が暮らす借家の戸が音を立てる。

 誰かが扉の前にいる。ヴェレは読み終わる前の本を閉じ、部屋の隙間から外の様子を窺う。

 そこには借家の家主と衛兵、横には審問官が立っていた。

 新しい家主は以前から、ヴェレが魔無であると疑っていた。告発者への報奨と、魔無を匿っていた場合の重罪化に伴って、家主はヴェレを魔無の疑いありと密告したのだ。


「動くな!」

 扉が魔力を帯びると、内側へ吹き飛び、衛兵が侵入してくる。衛兵の手は光が瞬いていた。

 ヴェレは、侵入者たちの間を縫って逃げようとするが、先ほどの扉のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 ヴェレが家主を見上げる。家主は下卑た笑みを浮かべ、彼女を見下ろしていた。

「審問するまでもない、魔無でなければ、我々から逃げる必要がないからな」

 審問官の言葉に、衛兵は頷く。衛兵が睨みつけるヴェレを殴り倒すと、拘束した。

「よくぞ報告してくれました、これは報奨金です」

 審問官が懐から金属の擦れる音を鳴らし、袋を取り出す。家主は恭しくそれを受け取ると、中身を確認し始めた。

 彼らが去った後の部屋には、読み切られずに栞が挟まれた本が一冊、残されていた。


 ***


 ヴェレは所定の審問ののち、火刑が行われることとなった。

 魔法を使えることを証明できれば問題が無いため、拷問などの手間を掛けずに、即座に魔無の判別が行われる。だが、拘束されている間、看守による様々な暴行が行われる。着替えや食事が出るはずもなく、排泄物は放置される。


 処刑は民衆の娯楽として好まれるため、日付を定めて公開される。当日だけは、身体を洗われ、生地の薄い服を与えられた。

 火刑は特に視覚的な派手さがあり、人気が高い。専門の魔法使いが召喚され、美しい炎により忌まわしき魔無を浄化する。

 人々は社会不安や鬱憤を、魔無という共通の敵を定め、攻撃することで結束を強めるのだ。

 

「聖火よ。かの者を赦したまえ」

 審問官が言葉を綴る。

 赤と白を基調とした装束を纏い、魔法使いが中央に立つ。目の前には拘束されたヴェレが、汗や脂などの汚れで固まった髪の隙間から、じっと彼らを見据えていた。

「哀れなる魔無。神の祝福を得られず、世界から拒絶されし存在よ」

「火の浄化により、汝は新たな機会を与えられる」

「祝福を受け入れよ」

「再びこの世界へ訪れよ」


 審問官が一歩下がると、魔法使いが高らかに叫ぶ。

「聖火よ!」

 宣言と同時に、ヴェレの身体が燃え上がる。

 皮膚が変色し、身体の水分が蒸発するように痛み出す。

〈赦しを乞う理由がない〉

〈機会は与えられるものじゃない〉

〈私と彼らの間に、慈悲など存在しない〉


〈この世界に居場所などない……なら〉


 ヴェレは願った。


 もう誰にも、彼女の価値を、知識を、存在を――


 奪わせはしない、と。



 エメラルド色の光が周囲を満たし、ヴェレはその光を瞳に反射させながら、炎に燃え上がった。


 ***


 ヴェレは民間から着替えを済ませ、広場へ戻ってきた。審問官や火の魔法使いを含めた群衆が、欠けることなく残っていた。

 彼らに近づいても、反応はない。恍惚とした表情で、鎮火した火刑台を見つめている。

 彼らの目には、火刑の続きが順当に執り行われている。

「っふん」

 ヴェレは口角を上げ、軽く鼻を鳴らすと、借家へ忘れ物を取りに戻っていった。



 彼女は魔女となった。


 彼女の魔法――

 『Prētium(プレーティウム) Absolūtum(アブソルートゥム)(絶対の対価)』

 対象の欲望を叶え、その後、対価を徴収する。

 相手の欲望に応じて、対価の大きさは変動し、何を対価とするか、相手に選択権はない。

 魔法は意思と同時に発動し、拒否することはできない。

 これにより、彼らは『魔無の命を娯楽として消費し、安息を得る』欲望を叶えた。

 対価として、彼らの知識と時間、そして魔力を差し出した。

 ヴェレの魔法は他者の欲望を叶えることが目的ではない。知識を得て、己の無魔として虐げられる運命を捻じ曲げる――彼女のための手段。

 決して、他人がその魔法を私欲に利用することは叶わない。


 誰にも支配されない、ヴェレ(Velle)ルミエラ(Lumiera)の王道。

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