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GateFragments  作者: 悠蛹
第3巻 記雨―忘却と再会の約束―

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32/35

記雨 終章【門へ】

「ようやく、着いたね」

 シルが息を切らしながら、山頂を見上げる。すぐ後ろにはユール、ルクシアと続く。


「この裂け目、近づいても先が何も見えないね」

 ユールは、ガルトから借りた外套のフードを掴み、深々とかぶる。山を登るにつれて、雨は強まっているようにも感じられた。

 目の前には空を覆う巨大な亀裂が広がり、山頂を闇が覆っている。

 

「……」

 洞窟で休んで以来、彼女は口数が減り、シルやユールが話しかけても、気のない返事をするばかりだった。


「ユール」

 シルが振り返り、夕闇を宿した瞳の少年を見る。

「ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」


 シルの言葉に、ユールはかぶりを振る。

「ううん。僕もこの先に行く」

「工房の周辺や、ここまでに見つけた石碑は写したからね」

 ユールは外套越しに、鞄に手を添える。

「もしかしたら、元は僕も、別の世界に生きていたかもしれないし」

 ユールは躊躇いがちに続ける。

「見届けたいんだ、シルの旅を」

 驚いた様子のシルをよそに、ユールは視線をルクシアへ移す。

 二人の視線を感じ、ルクシアは口を開く。

「私は……ここに残るわ」

 ルクシアは、二人へ視線を合わせずに話す。


「また誰かが、この世界にやってくるかもしれない。安全な場所を見つけて、体を休めるのには、助けが要るでしょう?」

 シルは眉をひそめ、彼女を見つめる。


「…その誰かも、こうして山を目指すかもしれない」

 ルクシアは、言い訳を並べるように言葉を継ぐ。


「ここで、この世界でじっとしていても、何も変わらないよ……。一番大切なことは、心を一番動かすから、疲れるんだ」

「忘れていくことを嘆いて――楽なんだ。大切なことから目を背けて、雨に身を任せてさ」

「記録の中には、この世界に絶望して、諦めてしまった人もいる。自分から、雨に溶けてしまうことを選んだんだ」

 ユールは、外套のフードからルクシアを覗く。


 麓の洞窟で、ルクシアは娘たちのことを思い出した。それは彼女にとって、素直に喜べるものではなかった。

 あの世界に、子供たちを置いてきてしまった。長い間、どんな辛い思いをさせたか知れない。

 シルの話を思い出す――なぜ、二人のそばに私がいないのか。シアリスとアリシアが酷い目に遭ったのは、自分が消えたからだ。

 今更、会わせる顔がない。

 こんな事なら、思い出さなければ良かったと――。


「……ガルトの話し相手も、要るだろうから」

 ルクシアは、震える声を絞り出すと、刀をシルへ差し出す。

 刀を手放すということは、彼女自身の存在――ルクシアであることを、母親であることを諦めるという事だ。

 目貫に加工されたブローチ、そして刀を持つ生身の右手に、雨粒が当たる。傘を持つ機械の左腕は、だらりと下がり、彼女の全身が雨に濡れる。

 シルは一瞬、差し出された腕を見ると、その燃える瞳でルクシアを見つめた。


 泣きそうで、壊れそうな、母親の顔を。


「……アタシは、アリシアとシアリスを助けたい」

 シルがゆっくりと言葉を紡いでいく。


「でも違ったんだ」


「アリシアと、家族になりたかったんだ」


「アリシアには、笑顔でいて欲しい」

「アリシアの喜んだ顔が見たい」

「アリシアを幸せにするために、あなたが必要」


 シルは、刀を持つルクシアの腕を掴むと、彼女の手に刀の柄を握らせる。

「それが、アタシの願い」


「ルクシア、あなたの本当の願いは何?」

 シルの問いに、ルクシアの瞳が揺れる。

 

「選んで!」

 刀を手放し、雨に身を委ねる。過去を忘れ、現実を忘れ、安息の中で空洞の殻となる。

 または、娘たちとの絆を握りしめ、雨に抗う。記憶を手繰り、未知の闇へと飛び込む。


 その先にある再会を信じて。


 シルが目的を忘れずに旅を続けられた理由――

 それは、この世界に落ちてすぐに、ルクシアが傘を差し出して雨を防いだこと。ガルトの工房で濡れた身体を拭き、忘却の力が薄められた水を飲んだこと。


 なによりも、シルが探し求める親友の血縁者がずっとそばにいたことが、彼女の記憶を留めていた。


「私は……」

 ルクシアは顔を歪ませる。

「アリシア、シアリス……」

 身体が熱い。


 選ぶのが、怖い。


 誰かに任せている方が楽だ。


 雨の所為だと、世界の責任だと。


 握られた、娘たちとお揃いのブローチの感触。その手を包むシルの両手。


「あの子たちに、会いたい」

 理想の母親ではいられなかった。いるべき時にそばにいて、守ることができなかった。


 それでも、また彼女たちに会いたい。


 ――家族として、母親として。


 全身に浴びているはずの雨の冷たさは、右手から広がる熱によってかき消されていた。


「行こう!」

 シルの力強い声に、二人は頷く。

 三人は互いの手を握り、先の見えない闇の中へ足を運ぶ。


 ***


 雨の降る世界で、唯一熱のこもる工房。

 ガルトが窓から、薄く影だけが見える山を見つめていた。



 ――門に導かれ、三人の物語は続く。


『GateFragments』第三巻『記雨』

——完——

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


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