Angelblood 第2章前編【血の街】
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悠蛹(@snghrk2414)
ファルムが奪われてから数年、デプラは路地を歩む。
彼女よりも小さかった彼の身体は、今ではファルムよりも少し大きい。以前よりも声は一段低くなり、指も節が立つようになっていた。
彼にとって、家族はもうファルムしか残されていない。
デプラは胸元の青いペンダントを強く握る。
応えるように瓶の中の液体が淡く光る。
〈ファルムはこの街にいる……!〉
あの日から、ペンダントに導かれるように村を離れ、天使の取引が盛んなこの街へ辿り着いていた。
薄暗い路地で、男に声を掛けられる。
「お兄さん、飲んでいかないか?」
デプラが男の方を振り向くと、男は顔を見て舌打ちする。
「なんだガキか……お前みたいな子供に教えることはねえ」
「これなら?」
デプラは、男へ袋から取り出した硬貨を数枚渡す。母親がファルムを使って稼いだものだ。
「……なるほど。付いてきな」
硬貨を一枚一枚、舐め回すように確認した男は、視線をデプラへ向けて短く指示した。
案内された場所には酒場のような建物があり、男はデプラを残して、無言で来た道を戻って行った。
デプラが古い木造の建物に近づくと、中が異様に騒がしい。
「——!」
勢いよく出入り口の扉が開き、気を失った男が扉ごと店外に投げ出された。
まもなく店内が静まり、デプラは警戒しつつ酒場に入る。
床には、先ほどの騒ぎによるものか、客が何人も倒れている。
——グラスを置く音。
デプラが音の方へ視線を向けると、髪を無造作に後ろで束ねた白髪の男だけが、カウンターに座っていた。
厚手の外套を身に付け、革の手袋をしているため、首から下は全く肌が見えない。
酒場の中央に置かれた台座——その上には天使が憔悴した様子でへたり込んでいる。
首や腕には傷がいくつもある。それだけではなく、管が伸びた先は容器に繋がれ、青い液体で満たされていた。
デプラは台座の上の天使を見る。中性的な顔立ちに、長い髪が台座へ垂れる。焼き切られたような跡が背中に残り、青い瞳は深海のように暗く、光を拒絶していた。
——ファルムではなかった。
デプラは、安堵と失望が混じった感情で視線をカウンターへ戻すと、座っていた男が消えている。
白髪の男はデプラの懐に入り込み、拳を打ち込む。
「っが?!」
反射的に一撃を防いだが、追撃をまともに受け、壁に叩きつけられる。
デプラは気力を振り絞り、騒ぎで床に散らばったと推測される木片を、正確にかつ複数を同時に、男へ投げつける。
男は問題なく破片を手で弾く。その隙に、デプラは店内中央の天使と男の間に立った。
「…やるな、坊主。……それに、どうやら客じゃなさそうだ」
男はデプラを見ながら言う。
「そっちこそ、いったいなんなんだ!」
デプラは息を整える時間を稼ぐため、会話を続ける。
「俺はコルヴ、このバーからその天使を奪いにきた」
男は顎を触りながら、にやりと笑う。
「奪うだと!」
デプラは構えるが、コルヴと名乗った男は続ける。
「ここは天使のバー……あぁ、つまり……そこにいる天使を楽しむ店だ。この街にはこういう店がよく出来る」
コルヴの「楽しむ」という言葉に、天使はビクリと震える。
「上流から払い下げられた天使は中流の金持ちが所有するか、こうしたバーで使用される」
「俺はそういう天使を奪って、匿っている」
「匿う?」
デプラは警戒しつつも、問い掛ける。
「あぁ、天使に詳しい知り合いがいるんだ」
コルヴはその一言で説明したつもりらしく、カウンターに座り直し、姿勢を崩して話題を変える。
「そういう坊主は、なんでここに来た?」
コルヴは懐から、葉の入った袋と穴の空いた箱を取り出す。
「客じゃあ無いなら、この店に来る理由もない。それに、天使を庇うように俺の前に立ったのも不自然だ」
箱の中へ葉を入れ、火をつけて蓋を閉じる。箱の側面から煙が立つ。
「ファルムという名前の天使を探してる、家族なんだ。何か知らないか」
煙を楽しむ様子のコルヴを見ながら、デプラは答える。
「天使が家族だと? 相当イカれてるのか?」
まだ煙の立つ箱をカウンターに置き、コルヴはデプラを覗き込む。
少年の瞳に、コルヴは表情を引き締める。
「……そいつはドラヴィエル公爵のお気に入りだ」
コルヴからの思いがけない情報に、デプラは心臓が跳ね上がる。
「教えてくれ! ファルムはどこにいるんだ?! そのドラヴィエル公爵はどこにいるんだ?!」
デプラの問いを制し、コルヴは順を追って答える。
「やつはこの街で、最も多くの天使を所有している」
「何年か前に新しい天使を見つけたらしい。奴主催の試飲会に参加した連中の話題は、その天使の味で持ちきりだ」
デプラは拳を強く握る。
「その天使の名が、ファルムというらしい」
「そこはどこなんだ……? 頼む、教えてくれ」
コルヴは答える。
「ドラヴィエル公爵の品評会場、この街で二番目に大きな建築物だ」
「分かった、教えてくれてありがとう」
「待て」
短く礼を言い、去ろうとするデプラを、コルヴは呼び止める。
「天使を取り戻すのを手伝ってやる」
デプラは振り返り、コルヴは続ける。
「さっきの動きは良かった。奴の屋敷に忍び込んでお前の家族を取り返すために、少し鍛えてやる」
「そんな時間はない」
デプラは焦る気持ちを抑えられない。
ファルムのいる場所が分かったうえに、試飲会………恐ろしい想像が浮かぶ。
「俺一人に苦戦するようじゃあ、ドラヴィエルの私兵からは逃げられない」
「実戦経験が無さすぎる、俺の活動を手伝え」
デプラは逡巡する。
〈今すぐにでも助けに行きたい。けれど、この男の言う通りだ〉
デプラはバーでのコルヴとの戦闘を思い出す。
〈今乗り込んでも、きっと助けられない〉
デプラは問う。
「けれど、あんたに……コルヴには何の得がある」
「……俺は昔、奴の天使狩りに加担していたんだ」
コルヴの告白に、デプラは目を剥く。
「すべてはその贖罪だ…ただの自己満足だがな」
コルヴは苦々しげに答える。
「…分かった、手伝うよ。けど、ドラヴィエルやその屋敷について教えてくれ」
デプラの言葉にコルヴは頷く。
「よし、必要以上に付き合わせはしない。最低限の実力が付いたら屋敷に向かうんだ」
「だが彼女を取り戻したら、そこから逃げるのに集中しろ。決して、復讐など考えるな」
「お前の目的は——家族を取り戻すことだ」
デプラはコルヴの目をまっすぐに見据える。
「俺の目的は最初からずっと変わらない」
「ファルムを取り戻すことだから」
デプラはペンダントを強く握りしめ、台座の上で震える天使の元へ、ゆっくりと歩み寄った。
お読みいただきありがとうございます!
第1章から数年…
デプラの決意。彼の信念は揺るぎません…。
復讐ではない。ただファルムを取り戻すこと。




