願いの器 第3章後編【死】
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悠蛹(@snghrk2414)
夜――
ラヴィラドはリラエムを自室へと呼び出す。
部屋に入ると、彼女はラヴィラドを見据える。
「どうだ、何か変わったか?」
ラヴィラドはリラエムの瞳に宿る輝きを値踏みするように見つめながら問う。
「――はい」
ラヴィラドがリラエムを促す。
「もっと近くでみせるんだ」
二人の距離が縮まる。
リラエムの瞳――
黒く美しい闇夜の中に、円環を成す黄金の輝き。金色の微粒子が星のように煌めいている。
ラヴィラドの手が、リラエムへ伸びる。
リラエムは彼の腕に手を添え――強く引く。
「お」
体勢を崩した男の首筋に、流れるようにナイフを沿わせる。
「っか?!」
男は首筋を手で押さえるも、流血は止まらない。
身をよじり仰向けになったラヴィラドの目の前に、リラエムは顔を寄せる。
瞳が触れるほどの距離で、光を失ってゆく男の眼を、彼女はその金色の輪で覗き込んでいた。
彼はもう何も言わない。何も命令しない。
――富を必要としない。
「これで……」
テセラがラヴィラドに利用されることはなくなる。
彼の呼吸を止めることが、少女を守ることにつながる。
彼女は――それしか方法を知らない。
ラヴィラドの死は、リラエムの報告によって共有された。同時に、ラヴィラドの取引による裏切りについても、リラエムは明かし謝罪した。
「商品を得られなかった取引相手による、報復の襲撃が原因かと」
「テセラ様の永遠の残滓が、あのように恐ろしい使われ方をするなど!」
カヴォルが怒りをあらわにする。
「私がラヴィラド様へ共有していたサンプルが……申し訳ありません」
ナイカーが下を向き、肩を震わせる。
「そういう契約だったでしょう」
ガルトが慰める。
「それで、リラエムさん。あなたはどうしたいの?」
サウラが、リラエムへ問う。
ラヴィラドの死、サウラはリラエムの報告を鵜呑みにするべきか思考していた。
「この命をもって、テセラ様へ忠誠を誓います」
リラエムの言葉と、彼女の瞳に宿る刻印。その永遠が、テセラを守った結果であることを、カヴォルの報告で守護者たちは知っている。
「......そう」
サウラはそれ以上何も言わずに、テセラの傍に立つマレーナを見る。
マレーナは静かにうなずいた後、すぐにテセラへ視線を戻した。
――テセラはただ、服の裾を握りしめ、ラヴィラドの死を悲しんでいた。
研究を止めるべきかも議論されたが、ここで中断すればテセラを、永遠を持たない少女へ戻す可能性も失ってしまう。ナイカーとガルトの研究は継続し、より加速していった。
テセラは、同じ輝きを共有するリラエムに対してより懐くようになる。少女がリラエムに触れ、甘えるたび、彼女が以前口にした言葉がリラエムの脳裏で反芻される。
〈「わたしはラヴィラドさんとも仲良くなりたいな」〉
***
取引の停止により、商品や情報を巡る各国の牽制は限界を迎え、保たれていた膠着状態は破られる。
皮肉にも、ラヴィラドの取引は侵攻をほんの僅かに遅らせていた。
永遠という一人の少女を求める、あるいは恐れる各国が一斉に、教団領へと侵攻を開始する。
石畳の美しい街に、煙が上がる。
――戦争が始まった。
***
ナイカーはこれまで以上に永遠の研究へ没頭した。
ガルトは研究助手を務めつつ、防衛用の装置や装備、兵器の製作を指揮した。
サウラは教団内の非戦闘員を統率し、戦時下の人心を掌握、内乱を抑制する。
カヴォルは前線部隊の指揮官として黄金の大剣を振るい戦場を駆け回る。
マレーナは野戦病院の責任者として、絶え間なく運ばれる負傷兵の治療から医療兵への指示と、死力を尽くした。
リラエムは、引き続き諜報員として各国の戦線へ潜入し、攪乱と情報収集を行う。
***
――激化する戦争。
周辺諸国は遅れを取るまいと堰を切ったように、教団を全方位から襲う。もはやそれが許された当然の行為のように、全ての欲望がテセラという少女へなだれ込んでいた。
マレーナは最前線の救護施設へ赴いていた。戦場には敵味方が入り乱れ、限界は引き延ばされ、理性はほとんど残されていなかった。
捕虜の中に重傷の悪化から意識を失った若い兵士がおり、マレーナは治療を施す。
「子供が武器を持たされ、他者の欲望に使い捨てられるなんて……!」
「危険です!こいつは敵ですよ?!」
施設の兵士が声を荒げる。
「ごめんなさい、けれどこれは私の使命だから」
「あなた達には近づけさせない、隔離して私だけで治療にあたるわ」
***
マレーナが経過観察をしていると、隣国の青年が意識を取り戻す。
ゆっくりと瞼を開ける兵士へ、マレーナは声をかける。
「目が覚めたのね、よかった。安心して、あなたを傷つけたりしないわ」
青年は寸刻、ぼんやりとマレーナを見つめると、突然目を見開いた。
「大丈夫よ、ここには私しかいないから」
マレーナの声は彼にはまるで届いていないようで、兵士は周囲をぎょろぎょろと観察している。
マレーナが彼を安静にさせようと手を伸ばす。
「うわぁああ!」
青年は叫びながら、天幕内に置かれていた医療用のナイフを握りしめると、マレーナへ覆い被さった。
叫び声を聞きつけ、教団の兵士たちが駆けつけたとき、マレーナはすでに致命傷を負っていた。
「マレーナ様……!」
憔悴した青年はその場で教団兵に斬り倒され、マレーナは隣の救護施設へと運ばれた。
天幕を移動する際、降っていた雨粒が、マレーナの頬を濡らした。
〈テセラ……愛しい子〉
テセラの声。
笑った高い声、元気のない時の低い声、怒った時の叫び声。
〈あの子を、ずっと見ていたかった〉
さらさらと光を通す白銀の髪。
柔らかい肌。
小さい体の全身を使って感情を表す姿。
〈あの子の笑顔が……私の光〉
その瞳の輝きで、いつも応えてくれた。
あの子は、力を手に入れる前から、みんなの幸せを願っていた。
物語を――世界を――全てを、愛していた。
命を――肯定していた。
その愛が、私へも向けられていることが、本当に嬉しかった。
天幕への移送後すぐに治療が開始されたが、マレーナは寝台の上で静かに息を漏らし――眠りについた。
***
マレーナの死体は、教会本部へと運ばれた。
テセラは、リラエムから事前に報告を受けていたが、半狂乱になり暴れると部屋から出てこなくなった。
彼女を安置した部屋へ、守護者たちが訪れる。テセラもその後ろから室内へ入る。
「……!」
守護者たちの声が小さく漏れると、テセラが彼らの間から、マレーナのもとへ駆け寄る。
「やだ……」
マレーナは静かにそこにいた。
「やだよお」
テセラが彼女の手に触れる。
「……っ!」
びくりと、テセラが震える。
テセラはいつも、マレーナの手を力づよく握り、それにマレーナは優しく握り返すことで応えていた。
今のマレーナの手は、力を込めて握ると、そのまま肉が落ち窪んでしまいそうだった。
テセラの体温をただ受けるだけで、何も応えない。
肉体がマレーナの一部では無くなってしまったかのような、触れた手の感覚に、テセラは恐怖した。
部屋には――ここにはもう、自分しかいないように感じた。
「おねがい……」
テセラはマレーナに覆い被さる。
先ほどの手の感覚が全身に伝わり、吐き気を感じる。
「やだ……やだ……」
テセラは願った。
「おかあさん……!!」
ナイカーの推測通り、テセラの力は、死体となったマレーナには何も与えなかった。
黄金の光は現れず、何も聞こえない。
テセラにとっての世界が、魂を失った肉体となって横たわっていた。
教会の白い壁が青みを帯びて、日没の部屋を暗く飲み込んでいた。
「うああああああ!!」
テセラが腕を振り上げる、何もかもを殴りつけ、破壊したかった。
けれどその腕は、マレーナの亡骸を前に、震えながらダラリと下がった。
もうそこにマレーナは無い。わかっていても、もうただの肉体だと感じても、触れるのが怖かった。
「いらない……」
「……え?」
サウラが我を取り戻した拍子に、声を漏らす。
「こんなちから……もういらない」
テセラの声。
リラエムが、テセラを抱きしめる。
「……ふぅ!…うああああ!」
テセラは、触れられることが痛かった。今は何もかもが、彼女を攻撃する。
テセラは暴れ、リラエムを引っ掻き、腕や脚を振り回して彼女の体を傷つけた。
リラエムは何も言わずに、テセラを抱きしめ続け、離さなかった。
「わたしが……ひっ…こんなちからもってなければ……!せんそうなんておきなかったのに!おがあさんがしぬ…う…ことも……ながったのにい!!」
テセラはしゃくり上げるように、体を上下に振るわせながら泣き崩れた。
何も書けません。
いや、私自身は泣きまくりながら書いてました。
その想いが少しでも文章から伝わっているなら、もう何も望みません。
願いの器は、もう少し続きます。




