願いの器 第3章中編【翼】
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悠蛹(@snghrk2414)
ガルトがナイカーに協力し、体制が強化されたことで、研究に進展があったと全員が招集された。
研究室には、二つの標本が並んでいた。
テセラが触れ、枯れることなく柔らかな光を放ち続ける金色の花。
そして、二人によって製作された抽出機により、その力の一部を引き剥がされ、試験管の中で淀んだ輝きを見せる青色の液体だ。
「この液体は、いわば永遠の残滓です。治癒効果はテセラ様の力より弱く……おそらく持続性にも欠けるでしょう」
ナイカーが神妙な面持ちで補足する。
ガルトがその横で、苦々しくあごひげに触れる。
「俺の作った抽出機が、テセラ様に触れられた植物や小動物から、その残滓を絞り出した。……技術的には成功だ」
「ええ、この研究を進めていけば、テセラ様を普通の少女に戻して差し上げられるかもしれない」
ラヴィラドが、興味深そうに青い液体を眺め、ふと素朴な疑問を口にした。
「素晴らしい。だが、ひとつ気になることがある。そもそも、なぜテセラ様ご自身にその力を付与しないのですかな?」
「……それは、絶対に許しません」
マレーナの強い口調。
「それは、あの子から未来を奪うということよ」
「テセラ様が永遠になれば、この世界の欲望に――永遠に晒されるということでもあります」
カヴォルの言葉に、サウラも静かに同意した。
「彼女は神じゃないのだから」
テセラが、震える声で口を開いた。
「……ごめんなさい」
全員の視線が、小さく肩を震わせる少女に寄せられる。
「わたし……試してみたの」
テセラは自身の金色の瞳を伏せ、懺悔するように言葉を紡ぐ。
「皆がわたしのためにがんばってるのを見て……。わたしがもっと強くなれば、誰も傷つかなくて済むと思って……だから、願ったの。わたしも、みんなと同じにしてって」
研究室が静まり返る。
「……でも、ダメだった。わたしの体には、何度お願いしても、何も起きなかった」
テセラの告白は、彼女が奇跡を与えることはできても、その恩恵を自身で享受することはできないという事実を証明するものだった。
***
「取引成立だ」
隣国の重役である男は笑い、リラエムから差し出された商品――青く濁った液体を受け取った。
ラヴィラドがリラエムを利用して行う取引により、テセラの力の残滓は、またたく間に周辺諸国へと流通していった。
対照的に、教団内ではテセラから直接永遠を付与される者は現れなかった。
しかし、ラヴィラドの取引によってテセラの名声は拡大し、教団の規模は膨れ上がっていく。その存在が、周辺諸国にとって無視できない火種となり始めていた。
取引相手たちはより多くの商品、それだけではなくテセラそのものをラヴィラドに要求しはじめ、その圧力はそのまま彼の苛立ちへと変わっていった。
「おい、今夜も私の部屋へ来い」
その矛先が向けられたのは、彼の私兵であるリラエムだった。
ラヴィラドの暴行は日を追うごとに激しさを増し、リラエムの肉体と精神は摩耗していく。
リラエムがテセラを護衛する日――
以前は、彼女の黒く美しい瞳にはテセラの黄金の瞳が映り込んでいた。だが今の彼女の瞳は、まるで行く手を阻む霧のように暗く濁り、もはや光を通さなくなっていた。
ふいに、リラエムがテセラを制し、歩みを止める。
二人の周囲に、音もなく複数の影が立ち現れる。リラエムがテセラへ、冷静に声をかけた。
「私のそばから、離れないでください」
その一言に従い、テセラは彼女の邪魔にならぬよう、寄り添う。
襲撃者たちは皆、布で顔を覆い、表情を窺い知ることはできない。
彼らが一斉に襲いかかると同時に、リラエムもまた、小ぶりな暗器を抜き応戦する。
だが、襲撃者たちの狙いは執拗にテセラへと向けられる。
リラエムはテセラへ向けられる暴力をすべて一人で対処する。急所を避けながら、肉と骨で刃を受け止め続けた。
リラエムの暗器が、一人の襲撃者の首筋を正確に断ち切る。
しかし、彼らに動揺する様子はない。一人が懐から取り出したのは、青い液体――ラヴィラドがリラエムを使って他国へ流した商品だった。
それを倒れた男の傷口に注ぐ――確実に一撃を加えたはずの首筋が泡立ち、塞がる。
リラエムがその光景に目を奪われたわずかな隙だった。背後から迫った別の襲撃者の刃が、リラエムの背を深く斬りつける。
吹き出した熱い鮮血が、至近距離にいたテセラの顔を濡らす。リラエムの血がテセラの目に入り、視界は赤く染まり遮断された。
「……リラエム?!」
何も見えない。
目を開けようとしても、血がまつ毛を固め、瞬きすらままならない。
襲撃者の叫び声、肉を斬る不快な音。
テセラは震えながら地面に膝をつき、必死に手を伸ばした。
――ドロリとした熱い血溜まり。テセラはその生温かい感覚だけを頼りに、這うようにしてリラエムの体を求めた。
「リラエム、どこ……? リラエム!!」
「テセラ様ぁ!」
カヴォルが駆けつけ、黄金の大剣が襲撃者を両断する。遅れて兵たちが駆けつけ、辺りは制圧されていく。
視界を失ったテセラは、リラエムの肉体を抱きしめ、生死を確かめようと必死に叫び続けている。
――その喧騒を、少し離れた回廊の陰から見つめる男がいた。
彼はつまらなそうにその様子を眺めている。
教団の兵を、他国への示威を名目に遠ざけた。
リラエムが守り抜けば、自身の私兵の価値が上がる。もし死ねば、その遺体を周辺諸国の暴挙として外交の道具に使える。
自身の苛立ちの捌け口としていたリラエムが消えるなら、それもまた一つの利益だとすら考えていた。
〈痛いよ……!〉
テセラの頬に、リラエムの消え入りそうなほど浅い呼吸が触れる。
少女は願った。
刹那、絶望から黄金の光が溢れ出した。
リラエムの背の裂傷から、黄金の羽が吹き溢れ、巨大な翼となって二人を包み込んだ。
「……っ!」
カヴォルが声を漏らし、剣を止める。
その神々しいまでの光に、襲撃者も、駆けつけた兵たちも、誰もが動きを止め、目を離すことができなかった。
閉じられていた黄金の翼が、花開くようにゆっくりと広がっていく。
黄金の羽が花弁のように舞い広がり、太陽の光を反射して輝きながら、静かに空気に溶けていく。
光の渦が収まった中心には、横たわるリラエムと、彼女にしがみつく少女だけが残されていた。
リラエムの背を裂いていた傷跡は塞がり、血溜まりさえも消え去っていた。
「リラエム……!」
テセラが震える声で彼女の名を呼ぶ。
リラエムがゆっくりと瞼を開く。髪、吐息が触れるほどの至近距離で、二人の瞳に金色の光が映り込む。
だが、リラエムの瞳に宿る輝きは、もはやテセラの反射ではなかった。
彼女自身の瞳の奥に、円環のように刻まれた黄金の刻印があった。
「リラエム、よかった……!」
テセラは、霞む視界でリラエムの無事を確認すると、泣きながらその首に抱きついた。
黄金の瞳を宿したリラエムは、愛おしそうにテセラを見つめた。そして、傷ひとつない両腕で、少女の小さな体を優しく抱き寄せた。
腕の中に感じる、少女の体温。
リラエムはその温もりを感じながら、喉を開く。
「……はい」
〈――想定とは違ったが、まあいいだろう〉
様子を見届けていたラヴィラドは、つまらなそうに鼻を鳴らし、その場に背を向けた。
彼の背中を、リラエムの黄金の輝きが射抜いていた。
願いの器第三章中編
読んでくださってありがとうございます!
本当に、ありがとうございます。
ここまで読んでくださっている方々へ、どれだけ感謝していることか。
永遠
黄金の輝き
血
羽
青い残滓




