Angelblood 第1章【贈り物】
「母さん聞いて!森が急に裂けて、この子が現れたんだ!」
家へ着くなり、デプラは母親へ森で目にした出来事を告げる。
家の中は薄暗く、蝋燭の小さな火だけが、最低限の明かりを提供していた。
母は、子供が突然連れてきた天使を見て驚いた。
——少しの間考え込んでいた母親は、デプラの肩へ手を置き、微笑む。
「もし、あなた……ファルムちゃんが嫌でなければだけれど。
他に頼れるところも無いのでしょうから、暫くの間ここで暮らしてみない?」
母親からの提案に、ファルムはデプラの袖を掴みながら静かに頷いた。
***
森での日々は、ファルムとデプラ——二人の時間になった。
「ファルム、見てて!」
デプラが得意の的当てを披露し、見事狙った箇所へ命中させる。
彼はすぐさま天使へ向き直り、反応を窺う。
翼の生えた少女は、柔らかな笑顔を少年へ向けながら拍手を送った。
デプラは少し照れた表情を浮かべながら、彼女へ近づく。
「ほら」
デプラは拾った石や枝を、ファルムへ手渡す。
「投げてみなよ」
受け取った石を握り、ファルムは大きく振りかぶった。
しかし、手を離すのが遅く、石はそのまま地面に叩きつけられた。
二人は、最初に出会った森の花畑へ来ていた。
「ここはお気に入りの場所なんだ」
デプラはときおり、白い花を編んで花冠を作り、町へ出て売り歩いていた。
同じ要領でデプラは花冠を作ると、ファルムの頭に載せた。
彼の手先を目で追っていた彼女は、予想外の贈り物に驚くが、すぐに表情を変える。
ファルムは満面の笑みを見せ、贈り物がずれるたびに何度も嬉しそうに直している。
その様子に、デプラの胸は高鳴った。
森で寝転び、上を見上げる。
木々は空へ高く伸び、葉の隙間から光芒のように降り注ぐ。
「綺麗……」
呟くファルムの横からは反応がない。
「デプラ?」
起き上がり横を見ると、彼は静かに寝息を立てていた。
ファルムは、遊び疲れたデプラの頭を膝に乗せ、彼のツンとした短い髪に触れる。
彼女の翼はデプラを優しく包み込み、二人は互いに安息を得る。
「ファルムには翼があるけど、飛べるの?」
ある日、デプラはファルムの背を見ながら質問を口にした。
ファルムは脇を締め、翼を大きく広げた。胸の前で拳を構えると、両膝を曲げて姿勢を下げる。彼女は目を閉じ、勢いよく地面を蹴った。
足はすぐに地面に着き、彼女はそのまま前方に倒れ込む。
「へ、平気?」
デプラの心配に、ファルムは土のついた顔を見せて応えた。
ファルムの腕には小さな切り傷が増えていた。
転んだ時に出来たのかと思ったが、既に血は止まっており、彼女に聞いても首を振るだけだった。
ファルムを迎え入れてから、家での食事は以前より豪華になっていった。肉や具のあるスープが食卓に上がり、デプラは喜んだ。
母の髪は艶を増し、顔色が良くなった。
服も新調したようで、皿を運ぶ手には美しい指輪が光る。
母親は朝早くから街へ出掛けるようになり、家へ帰るたび、物が増えていった。
***
少し空気が寒くなり、ファルムも袖の長い服で肌を覆い、過ごすようになった。
だが彼女は、森で過ごす時間を増やしたいのか、遅くまで家に帰りたがらなかった。
ファルムは、二人のお気に入りの場所——森の中の白い花畑へ、デプラを誘った。
「これは?」
彼女は、液体の入った小瓶を糸で首飾りにしたものを、デプラへ差し出す。
瓶の中身は青みを帯びて柔らかに揺れ、光を返す。
「あなたに持っていて欲しい」
デプラは戸惑いながらも首にかけ、温かさと不安が混じる感覚を抱く。
ファルムはデプラへ微笑む。少女の青い瞳は、ペンダントの液体と呼応するように淡く揺れていた。
***
花冠を売るために街へ出掛けたデプラは、露店が並ぶ路地を通る。
「さあ『天使の血』だ! このあたりに出回るのは珍しい、本物の『天使の血』だ!」
店主が声を張りあげ、周りには人が群がる。
デプラは歩みを止め、見物人の合間から覗き込む。
「どうやって本物だと証明する?」
「濃度は?!」
「どこで仕入れたんだ?」
「近くの森で天使を見たやつがいるらしいぞ!」
矢継ぎ早に群衆から声があがる。
台に陳列された小瓶の中に揺れる液体は、彼の首に下がるペンダントの中身と、同じ色だった。
デプラは胸騒ぎを覚え、家へ急ぐ。
家の前へ着くと、戸が開いている。中へ入ると、室内は荒れ果てていた。
扉は全て開け放たれ、家具のほとんどが倒れていた。
「なんだ、これ……」
母とファルムの姿はなく、赤と青の血が床に散っている。
青い血は点々と、家の裏口から森へと続いてた。
デプラは足をもつれさせながら、森へと急ぐ。
森の白い花畑、そこには切り落とされた翼があった。
白く、ファルムの体には少し大きいように見えた翼。その根元は、今は青く染まり地面に転がっている。
「——!」
デプラはその場で崩れ落ち、嗚咽を抑えながら翼の元へ這い寄る。
手がそれに触れる。
ファルムの瞳、声、拍手の音、膝と翼の温もり。花冠を被ったファルムの笑顔が脳裏に浮かぶ。
だが目の前には、少女の一部だった羽が残されているだけだ。
デプラの中で音が響く。
石が的へ当たる。その乾いた音が大きくなる。
——音。
————音。
——————音。
デプラは誓う。
〈ファルムを取り戻す〉
森の白い花々は、天使の血で青く染まっていた。




