Calamity Gate 第2章前編【邂逅】
数年後――
◇◇◇
「アリシア!」
シルが赤い髪を弾ませながら名前を呼ぶ。
「明日は正式な構成員としての初任務だっていうのに、今日も演習室にこもりっきりなんて」
シルは不満そうにアリシアを見る。
「いつも通りにしてる方が落ち着くから…」
二人は演習室を出る。
「そして!これでついに、休日の外出許可が取れるね!」
「お姉さん探し兼!お菓子屋さんアンドお洋服屋さん巡り!」
「…スイーツ巡りだけじゃなかったっけ」
「そりゃあこんだけ頑張ったんだから、もう一つくらい楽しみを増やしても誰も責めないでしょ」
「それにアタシたちなら、すぐ見つけられるよ」
「なんたって歴代最優秀バディだからね」
シルは得意げに胸の前で腕を組む。
「キューブの任務外での使用は禁止されてる」
「大丈夫!ふふ、いざとなったら私の力で…」
「分解したり、変な機能付けるのは自分のキューブだけにしてよね…あとハッキングもね」
アリシアは逸る気持ちを誤魔化すように言葉を返す。
「あれはたまたま!事故だから!もうしないから」
シルが隣で弁解しているなか、アリシアは期待を膨らませる。
〈ようやく…お姉ちゃんに会えるかもしれない…!〉
各施設へと繋がるホールには、電子掲示板がある。
「"特異体"の情報、また出てる」
掲示板へ駆け寄るシルに、アリシアも続く。
電子掲示板――
『"特殊危険変異個体"(以下、変異体)は、先日(○○○.○○.○○)の門発生源へ出没』
『任務に当たった構成員を戦闘不能にし、○名の孤児を攫い姿を消した』
『支援部隊が特異体を追跡するも失敗』
『特異体の出現は○年前の"機関研究区画襲撃事件"から、度々目撃されている。非常に危険な個体であり、発見次第速やかに排除するよう引き続き――』
〈機関研究区画襲撃――〉
〈特異体が初めて発見された事件だ〉
アリシアは全構成員・候補生へ通達された指令を思い出す。
『変異体の中で意思を持ち、非常に高い戦闘能力を持った個体が発生、研究区画へ侵入し多くの研究員が死亡、大切な研究データの一部も破壊された』
『我々はこの個体を"特殊危険変異個体"とし、発見次第最優先で対処する』
「子供たちを攫って、どうしてるのかな…」
シルが呟きにアリシアは答える。
「分からない…」
「けれど、今後私たちの参加する任務にも現れるかもしれない」
「その時は…」
「その時は!全力で子供たちを守ろう!」
シルが勢いよくアリシアへ言う。
***
「これが…門…」
アリシアとシルは息を呑む。
初任務の門発生源――
命令は規模の小さい門の対処。二人は初めて門を目の当たりにする。
被害の少ない郊外。
そこの空間に、人の頭ほどの大きさで球状の"穴"が浮いていた。周囲の草花や鉱物は異様に変形、桃色や水色に変色し淡く光を帯びている。
〈これ以上拡大はしないみたいね〉
〈周囲にも、変異体や要救助者は見当たらない〉
装置越しにシルの声が聞こえる。
「私のお母さんも、門に呑み込まれた」
「この門の先に別の空間があって、そこでまだ生きているのなら…」
***
休日――
外出許可を得たアリシアは、人の多い通りに面した喫茶店や公園の丘で過ごしていた。
候補生の頃はほとんど軟禁状態だったが、構成員になると決められた日だけ短時間の外出が許可される。
許可される範囲は狭く、制御装置によって常に位置は把握されている。
シアリスの所在について、機関はアリシアへ情報提供されない。
アリシアを見つけたシルは、彼女の憂鬱な横顔に一瞬、足を止める。
「アリシア!」
シルはアリシアの負担を和らげようと、努めて明るく振る舞う。
「この前話してたお店なんだけどさ…」
シルの前向きな態度に、アリシアも硬い表情を崩す。
〈アタシがアリシアを、絶対に一人にはしない〉
***
〈アリシア!注意して!なにか接近してる…!〉
アリシアは別の任務終了後、新たな門の発生源へと移動していた。
後方で全体を把握するシルが伝える。
都市の上空を触手が伸び、アリシアやシルを追い越しビルの上を高速で門へ向かう影が見える。
「…!あれは…」
アリシアがつぶやいた時、
〈〈全構成員!特殊危険変異個体の接近を確認!〉〉
〈〈最優先で排除せよ!〉〉
門周辺の全員へ通信が入る。
門発生源――
構成員たちと門の間に、上空から"特異体"が落下する。
「目標発見!交戦する!」
「ですが!まだ周囲の救助が完了していません!」
「これは最優先事項だ!」
複数の構成員が同時にキューブを撃ち込む。粒子が円錐状に変形し、高速で飛ぶ。
特異体には確かに着弾し、命中した箇所に孔ができるが、一瞬で塞がる。
「この程度ではだめか!」
特異体が陣形に突っ込む。
「近接戦闘に切り替え!」
粒子変形もままならぬ間に、特異体の触手が伸び、先陣を薙ぎ飛ばす。
陣中央の部隊が近接戦闘へ移行。
粒子が剣状に変化し、刃が青い光を放つ。
構成員が伸びる触手を斬り払う隙に、特異体が距離を詰め、武器の射程を潰す。
「さがれ!」
陣後方の構成員が銃で援護射撃を行う。銃口からキューブのエネルギーが弾丸のように撃ち出される。
特異体は後方部隊の射撃を受けながら、中央部隊の構成員を触手で投げ飛ばし戦闘不能にする。
「っくそ!」
「再生にも限界があるはずだ!距離をとって撃ち続けろ!」
アリシアとシルが到着した時、部隊は特異体によって壊滅させられた直後だった。
二人は息を呑む。
あちこちで構成員たちが呻いている。
〈…そんな、けど息はあるみたい〉
シルは分離させたキューブを構成員たちへ分配し、膜を張る。
――直後、小さな悲鳴が聞こえる。
シルが構成員たちの保護を終え、周囲の環境を把握する。
〈子どもが残ってる!近くに変異体!〉
シルが言い終わるや否や、特異体は触手を腕のように伸ばして瓦礫を掴み、高速で悲鳴の元へ移動する。
アリシアも粒子を足に纏い急ぐ。
「…お父さん…?」
少女が変異体を見上げる。
変異体は答えず、腰から上部が異様に膨らみ蠢いている。
変異体の震えが止み、少女へ複数の触手が勢いよく伸びる。
特異体とアリシアが、変異体と少女の間に着地し、同時に変異体から伸びた触手を弾く。
シルは遠隔でキューブを飛ばし、少女を保護する。
特異体の行動に動揺したアリシアをよそに、彼女は鋭く揃えた指先を、変異体の核の位置へ的確に突き刺す。
変異体が悲鳴のような音を鳴らしながら崩れる。
「お父さん!お父さん!」
少女が泣き叫びながら、粒子の膜を叩く。
困惑して特異体の背中を見つめるアリシアへ、彼女が振り返る。
「…!」
瞳に互いの姿が映る。
特異体は驚いた表情を浮かべ、すぐに表情を変える。
〈…なに?この感じ…〉
アリシアは特異体に違和感を感じる。
〈それに…なんでそんな悲しそうな表情をしてるの…?〉
特異体の胸にある核が淡く揺れる。
特異体とアリシアの目があったのは一瞬で、特異体は少女を粒子の膜ごと掴み上げると跳び去る。
「待って!!」
アリシアは叫ぶが、
子どもは連れ去られてしまった――
シルがアリシアを呼ぶ声が聞こえる。
アリシアは特異体の消えた方向に向かって立ち尽くしていた。




