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七月五日、日本、終焉の日

作者: Gさん

2025年7月1日。

東京湾岸の空に、誰も見たことのない“ひかり”が現れた。


青とも白とも言い難い光線は、音もなくただ静かに降り注いでいた。


気象庁は「光学的な蜃気楼の一種」と説明したが

ネット上では「人工衛星兵器の誤作動」「異星文明からの警告」「地震の前兆」

などの憶測が飛び交った。


それでも、人々の生活はいつも通りに続いていた。



7月2日。

東京駅の地下で、原因不明の“泡”が湧き上がった。


発見当初は排水トラブルかと見なされたが、泡は腐食性を持ち


わずか一晩で鉄骨やコンクリートを溶かし、深層へと染み込んでいった。


翌朝、泡は忽然と消えた。


同日、北海道から沖縄まで、全国各地で「空に向かって歩く人々」が目撃される。


空など歩けるはずもないのに

彼らは見えない階段を昇るように、一歩、また一歩と、空へ消えていった。

動画はすぐに拡散されたが、政府は「デマの可能性が高い」と発表した。



7月3日。

関東一円で時計が狂い始める。

正確に調整された原子時計すら、3分43秒だけ、必ず“未来”を指すようになった。


また、この日、富士山の山腹が赤く染まった。

「火山活動ではない」「気象現象でもない」

そして、その赤は夜明けとともに“文字”を形成した。


――【あと二日】


同日夜、ニュース番組が一斉に放送を中止する。理由は不明。


ただ一つ、画面に表示された共通のメッセージがあった。


「記録はここまで」


7月4日。

日本全土で電波が不安定になり

スマートフォン、カーナビ、テレビ、Wi-Fi、あらゆる電波通信が断絶された。


それでも人々は、現実味のないまま「明日が来る」と信じた。


そして――


2025年7月5日 午後21時。


空が割れた。

それは隕石でも爆発でもなかった。

音もなく、光もなく、「夜空という概念」が切り裂かれたのだ。


裂け目の向こうにあったのは、巨大な“目”だった。


人の目ではない。


それは、“誰か”がこちらを見ていた。


誰も叫ばなかった。


言葉を失ったのではない。


「叫ぶ」という発想が、この世界から抜け落ちたのだ。


街が、川が、森が、山が、音もなく静かに消えていった。


建物が瓦解したのではない。


存在そのものが“なかったこと”になっていった。


最後に残されたのは、言葉だけだった。


それも、ただ一つ。


【終了】



日本は終わりを迎えるはずだった。


空は裂け、空間がひび割れ、音もなく存在が剥がされていく。


だが、その瞬間




時間が止まった。




誰もが気づかぬまま、一つの存在だけがその「停止」の内側にいた。


名は、アキラ。年齢不詳、出生不明、国籍も戸籍もない。


ただ一つ、この世界に「何かをしに来た」という確かな意志だけを持つ少年だった。


「……これが、滅びのエネルギーか」


アキラの目の前に漂っていたのは、黒く、冷たい、存在を食む“渦”だった。


それは言葉でも物質でもなく、「世界そのものを終了させる情報」の塊。


このままでは、この世界の日本が完全に喰われる。


「けど、これが一つなら、どこかに“もう一つの日本”があるはずだ」


彼は右手を掲げる。


指先に集まるのは、青白く脈動する光。


それは並行世界を“認識”する力であり、アキラに唯一許された“特異性”だった。


「並行世界転移、開始」


空間がひび割れ、別の“日本”が姿を現した。


それは、まだ滅びていない。

けれど、この世界と酷似した歴史を歩んできたもう一つの現実。


「……君たちには悪いけど、エネルギーを移すよ」


そうつぶやいたアキラの瞳に、一瞬だけ、罪悪感が宿った。



並行世界の日本。


そこでは、2025年7月5日は、特に何の変哲もない夏の日として始まっていた。


朝のニュース番組では気温とゲリラ豪雨の話題が並び

通勤ラッシュでは誰かがスマホを落とし

子どもたちはプールの授業に歓声を上げていた。


そんななか、東京・高円寺の商店街にアキラは現れた。


Tシャツとジーンズという平凡な姿。

だがその瞳の奥には、あまりに多くのものを背負った者だけが持つ“無音の覚悟”があった。


「この世界の座標は、完璧。……よし」


彼は歩きながら、周囲の空気を観察していた。


この世界に、滅びのエネルギーを“無理やり流し込む”には、どうしても媒介となる場所と人物が必要だった。


「この世界に、俺と“つながれる”存在がいるはずだ……」


そしてその人物こそ、この世界の「アキラ」だった。


この並行世界にも“アキラ”という少年はいた。


ただし、こちらのアキラは高校二年生。


背も低く、クラスでは目立たず、成績も運動も平凡。


しかし、彼にはひとつだけ特異なものがあった。


「夢の中で、もう一人の自分を見る」


その夢は、7月に入ってから急に頻発するようになった。


見知らぬ街。崩れ落ちる建物。裂けた空。黒い渦。


そして……自分によく似た少年が、何かを抱えて立っている。


現実では起きていないはずなのに、夢の中の記憶はあまりに鮮明だった。


7月5日午前11時。


アキラ(別世界)は夢の中で何度も見た公園へと足を運んでいた。


「来るなら、今しかないはずだよな……“もう一人の俺”」


その言葉に応えるように、背後から声がした。


「やっと、会えたな。俺」


振り返ると、そこには少年が立っていた。


夢と同じ顔。

だが、背は少し高く、目が鋭い。言葉の節々に、死を越えた覚悟がにじむ。


「君は……本当に俺なの?」


「俺だったもの、かもな。でも今は“滅びを背負う存在”だ。君に協力してもらう必要がある」


アキラ(別世界)は黙っていたが、何かを感じ取っていた。


それは、未来の自分の絶望とも言える気配だった。


並行世界にも“アキラ”という少年はいた。


ただし、こちらのアキラは高校二年生。

背も低く、クラスでは目立たず、成績も運動も平凡。


しかし、彼にはひとつだけ特異なものがあった。


「夢の中で、もう一人の自分を見る」


その夢は、7月に入ってから急に頻発するようになった。


見知らぬ街。崩れ落ちる建物。裂けた空。黒い渦。


そして……自分によく似た少年が、何かを抱えて立っている。


現実では起きていないはずなのに、夢の中の記憶はあまりに鮮明だった。




午後1時、都内某所。


高層ビルの屋上で、二人のアキラは対面していた。


「このままじゃ、君の世界も喰われる。元の世界は、もう消えた。完全に。俺だけが残ってる」


「じゃあ……君は、避難してきたんじゃなくて……」


「滅びそのものを“持ってきた”。この世界の代わりに、俺の世界が消えるように」


アキラ(別世界)は混乱した。


「でも、それって……こっちが犠牲になるってこと?」


「違う。“調整”する。俺がエネルギーの流れを操って、滅びの力をこの世界で“封印”する。君の心と身体が必要なんだ、並行存在としてな」


「……俺に、そんなことできるの?」


「できるさ。なぜなら君は、俺だ」


黒い雲が空に広がり始める。

“滅び”が、次の世界を求めて暴れだす。


「いくぞ、アキラ。同期起動!」


二人が手を重ねる。


空気が弾け、ビル全体が青白く脈動した。


空が裂け、黒い渦が姿を現した。


先の世界を喰った“滅び”の意志だ。


「間に合うか……!」


アキラ(元世界)はエネルギーを抑え込みながら叫ぶ。


だが、完全な封印にはこの世界の“存在認証”が必要だった。


アキラ(別世界)は目を閉じ、心を集中させた。


黒い渦に、自分の“存在そのもの”を同期させる。


そして、自分の中にいた無数の恐怖や迷いを、一つひとつ切り離していった。


「僕は、君を信じるよ。僕自身を、信じる」


その瞬間、世界は震えた。


渦が反転し、エネルギーは少年たちの身体に収束していく。


爆音はなく、ただ、静寂とともに“世界の終了”は遠のいた。


気がつくと、空は晴れ渡っていた。


黒い渦も、裂け目も、もう存在しない。



数日後。


アキラは公園のベンチに座っていた。


隣には、アキラ——いや、今はもう存在しない世界のアキラがいた。


「封印は完了した。けど、俺の時間はもう長くない」


「……そっか。でも、君がいなかったら、僕たちは……」


「いや、君がいなかったら無理だった。ありがとう、俺」


アキラは立ち上がり、歩き出した。


その背中が、次第に透けていく。


「なあ、最後に一つだけ。覚えててくれ。“滅びはいつも近くにある”。だけど——」


「“乗り越えられる”。だろ?」


「……やっぱり、俺だな」


アキラは笑った。そして、そのまま、風に溶けるように消えた。


空には、まっすぐな陽射し。


風には、確かな命の匂いがあった。


おわり

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