『強欲な城』野分晴れかつての愁いを消し去らん
四.野分晴れかつての愁いを消し去らん
一番心配された台風も、その年は東北地方を直撃しなかった。爽やかな秋晴れの下「鬼小十郎まつり」は行われた。大坂夏の陣の戦いが祭りのテーマなので、米沢市の武将隊との直接のやり取りは行わないことにしたが、纐纈氏の提案で扮装しながら郷土品の販売を行うことになった。特に評判が良かったのが、コスプレをしている客が五百円以上の買い物をした際にチケットを配り、十枚集めるとクジを引けるサービス「コスプレ物販市」だった。ここ数年はコロナ禍で落ち込んでいたが、コロナ前の例年比で三割増しの記録を叩き出した。物販エリアの一等地で好々爺が嬉々として品物を売り捌いていたが、果たして雄三だった。山形物産市のブースの隣で、ご当地アイドル握手会を同時に開催していたが、物産市の方が長蛇の列を作っていた。値引きやおまけの付け方、相手の心を捕らえる会話術、商品の製法や販売会社の知識等を、青年部の若者に叩きこんでいた。引き連れていた若者は六人に増えていた。それを傍らで見ていた時野は一人に、
「私の予想では、纐纈氏も覚醒しております。おそらく彼の記憶を持っていると考えます。あの『人たらし』な性格は間違いありません」と話しかけると、
「わしもそう思う。直江兼続の扮装など死んでもしたくなかった筈じゃ」と同意した。
「しかし彼は、あのような性格ではなかったはずじゃがの?」
「素養があっても生い立ちによるところが大きいかと思われます」
「今は安土桃山ではなく、令和じゃからの」
「我々や纐纈氏以外にも、覚醒している人物がいるのではないでしょうか?」
「おるであろう。そのうち出会えるかもしれんの。宇宙人に出会うより確率が高いわ」
「御意にございます。ところで体調は万全で御座いますか?」
「恐らく大丈夫であろう。伊達武将隊の面々を説得できなんだ。今宵は、おぬしと彼らと参ろうかの」
「御意!」
火入れ式・開会式が終わると段取り通り、消防団の伝統階子乗り、居合披露が行われた。白石城の特設ステージでは、有志参加者による「創作舞踊・鬼武者舞踏陣」が披露された。伊達政宗に扮した時野が、片倉小十郎重長に扮した美空一人を引き連れて舞台上に参上すると、観衆が騒めいた。
「市長は、いつもあの細いのと一緒にいるな」
「誰だ、アイツは?」
「今日の舞台は二人だけなの?」
「伊達武将隊はどうした?」
無責任な憶測を尻目に、重長の鎧兜に扮装した一人は、時野の笛の音のリズムに合わせ、中腰の態勢から足で二拍子のリズムを取りだした。両手の扇を八の字にひらめかせ、すずめ踊りの最も基本的な舞いを披露した。
観衆が静まり返ったところで曲が二周目に差し掛かると、舞台裏から白石高校と工業高校のバンド部隊が武将に扮して参上した。ドラムとベースが派手なリズムを叩き出して演武が始まった。ギターが怒り狂ったように響き渡り一人の舞いを盛り上げた。演奏予定の半分に差し掛かったところで一人は気を失い眠ってしまった。傍らで隠れて見ていた成田実率いる伊達武将隊は、地元の新体操クラブ生が扮する武将隊と共に舞台上に上がり何事もなかったように、太鼓を叩きながら舞い狂い、パフォーマンスを盛り上げた。気を失った一人を、武将隊の一人である長田常夫が抱き抱え舞台を降りた。武将隊の一人、大庭直輝は扇子を片手に普段の二割増しのパフォーマンスを披露した。物販で儲けまくった雄三は、ビール片手に好奇心に満ち溢れながら演目を見ていた。湧き上がる歓声。呟かれまくるツイッター。あげられまくるインスタグラム。実質十分のパフォーマンスだったが、観衆の多くは体感五分ほどに感じられただろう。圧巻な舞踏パフォーマンスは、豪快な花火と共に終演した。益岡公園の駐車場から、一発二発、十発ニ十発と打ち上げられる花火は、人々の興奮を継続させた。
人々の関心が花火に移ると、武将隊の面々は舞台裏で、バンド部隊や新体操部とハイタッチを交わし労を労った。バンド部隊や新体操部が去って数分後に一人が控室の傍らで目覚めると、伊達武将隊の面々と時野が談笑を交わしていた。時野が、それに気づき
「殿、お目覚めですか?」と話しかけると、
「時野さん、ごめんなさい。また気を失ってしまいました・・・」
「!・・・いいえ、大丈夫です。武将隊が演武の後半を引き継ぎました。観衆は何も気づかなかったでしょう」そして時野は残念そうに黙ってしまった。すると成田が、
「なるほど、過眠症か。とんでもない爆弾だ。はっはっは」と笑うと、武将隊の面々が釣られて笑い出した。時野も小さく、
「ふっ」と笑った。
「成田さん、御免なさい。体力に自信がないので、お役に立てるか分かりませんが、青年会に入れてください」
「あー・・・、そのことか、気にするな・・・。君の事は何も知らなかった。でも、まぁ、出来る限りで大丈夫だ・・・」
「?」一人が返事に困っていると、
「今まで通り、自由参加で構わないと決まりました」と、長田が付け加えた。
「有難うございます」一人の顔に笑みが戻った。時野が、
「伊達武将隊の協力が得られないから、バンド部隊に協力を仰いだのだが、まさか武将隊が新体操クラブを引き連れて参加するとは思わなかったよ」
「全ては演出なのです」
「はっはっは」こうして、鬼小十郎まつりは終わった。昨年は実施されなかった花火の打ち上げが続いていた。同時に感動の立役者の継承もスムーズになされた。祭りの演者も、訪問客も、地元の人々も、四半刻ほど花火を楽しんでいた。
黄昏の
祭りの後の鐘響都
受け継ぐ意思を誰ぞ知るらん
数日後、ホワイトキューブの新体操クラブに入会し汗を流している一人を、たまたま通りかかった時野と成田が見かけた。
「平日の昼間から、体操の練習か。まるで貸し切りですね」成田が呟くと
「誰にも邪魔されないからこそ、この時間帯を選んでいるのだろう」と時野が応えた。
「彼は本当にあのアグレッシブな美空君でしょうか? 何かが抜けてしまったように見えます・・・」
「そのうち、きっと戻って来るさ」
「? 何が戻ってくるのですか?」
「ふふっ、さぁなー」
「そんな言われ方をすると、気になりますよ―」
「政が好きなお方だ。我々は祭りを全力で盛り上げていればよい」
「何のことか、サッパリ分かりません」
鹿倒立の練習をしていた一人に声をかけようと成田が近寄った。
「あっ、今話しかけてはダメです」というコーチの静止を聞かずに、
「美空君! 元気かな?」
「!」
あまりの声の大きさに驚いて、一人はバランスを崩して倒れこんで気を失ってしまった。
「危険ですから、練習中はお静かに願います」
「大変失礼しました」謝る成田を尻目にコーチは一人に近寄り、
「美空君、大丈夫ですか?」
「う~ん、・・・」一人は起き上がると、辺りを見回した。時野の顔を見るなり、
「小十郎、家康の親父は何処だ!」
「‼」
そして白石城は、今日も静かにその時を待っていた。
第二部:『東北絆まつり編』に続く