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『強欲な城』山瀬風稲穂を根こそぎ捥ぎ取らん

三.山瀬風(やませかぜ)稲穂(みのり)を根こそぎ()ぎ取らん


季節外れの鶯が先週まで賑やかだったが、今週に入り記録的な猛暑日が続き、鳴きを潜めてしまっていた。小中学校では、来週から夏休みが始まるという時期に『鬼小十郎まつり』の段取りも大詰めを迎えていた。西日の当たる会議室に伊達武将隊の面々と時野と一人が集まっていた。やけに薄いブラインドで太陽光を遮り、耐用年数が疾うに過ぎたエアコンが億劫そうに動いており、数分毎に「ギ―」という音を出していた。時野と一人と伊達武将隊の面々は、冷たいペットボトルのお茶を飲みながら会議を始めた。

「春は纐纈(はなぶさ)氏に弄ばれただけだったの。彼は、物販市の利益だけが目当てだったに違いありません」と、一人が会議の口火を切ると伊達武将隊の面々が一人を見詰めた。成田のその眼差しは、睨んでいるという表現が適切だった。

「物産市は盛況でした。祭りがきっかけとなり、ふるさと納税の問い合わせ、申し込みも増えております。我々の目的は果たせました」と時野が応えた。

「宣戦布告をして、マスコミやSNSを賑わせる派手な催しを期待していたが、出来なかったの」一人が発言する度に武将隊の面々は、顔を見合わせていた。溜まりかねた成田実が口火を切った。

「秋の『鬼小十郎まつり』の段取りは、例年の通り進めたいと思います。米沢からの参加者も、先方の希望通り受け入れることが出来ます」

「相変わらず段取りが良くて助かるよ」時野が労った。

「この場を借りて、一つ美空君にお願いと忠告があります」

「何でしょう?」

「青年会に入会して、一緒に白石を盛り上げる気はありませんか? 君は、時野市長が初当選する選挙戦の終盤に選挙本部に潜り込んで、圧倒的なパフォーマンスで選挙戦を盛り上げました。それまでの我々の苦労が霞むほど輝いていました」

「それほどでもありません。有難う御座います。失礼しました」

「時野市長を唆して、米沢市に宣戦布告をするなど、あなたの行動は常軌を逸しています」

慌てて時野は静止した。

「唆されたつもりはないですよ」

「いいえ、われわれ伊達武将隊共通の見解です。市長は美空君に気を使い過ぎです。彼は片倉家の子孫かも知れませんが、一青年です。(はた)から見ると主従関係のような市長の振る舞いは見るに堪えません。美空君には、少し分を弁えてもらいたいです。そして伝統あるお祭りは遊びではありません。尚且つ、時野市長は白石の代表です。高校卒業と同時に消防団に参加し、青年部で祭りを盛り上げ、市長選にも当選しました。十分に時間と努力を積み重ねてきたのです。あなたは言葉遣いや態度を改めて、これを機に我々にも胸襟を開いて頂きたいのです。あなたが青年会に入らなければ部外者扱いとし、今後祭りへの参加を認めることは出来ませんし、我々が協力することもありません」真剣な眼差しに一人は、

「・・・考えておきます、です」と軽く頭を下げるだけだった。

「もう一つ、気になることがあります。この際だからお聞かせください」

「何でしょう?」一人に緊張が走った。

「白石市を盛り上げたいのは分かりますが、なぜすずめ踊りばかり舞いたがるのか分かりません。白石市には、『うーめん体操』もあれば、太鼓の演目ではありますが『景綱囃子』もあります。なぜ、そちらで大々的なパフォーマンスを展開しないのか、お聞かせください」

「やりやすいからの」

「それだけですか?」

「それだけだの」会議室に白けムードが一気に広まった。成田は嘆息すると、

「それでは市長、我々は仕事に戻ります」と言って、武将隊の面々と共に退出してしまった。

時野に対する伊達武将隊の面々の信頼は厚かったので、成田実以外は異論どころか発言さえも最後までしなかった。時野と一人は会議室に取り残され、しばらく沈黙が続いた。エアコンの音すらもやけに煩わしく感じられた。思案を巡らせた一人は、

「・・・何じゃ? この喪失感は、・・・『人取り橋の合戦』以来じゃ・・・」

「! 殿・・・」時野に緊張が走った。エアコンは場違いなノイズを出し続けていた。

「殿? ・・・」時野の言葉に、一人は思案に暮れながら頭を掻いた刹那に、

「! ワシは、・・・」くわっと目を見開いて時野を見やると、時野は微笑んでいた。

「殿、覚醒おめでとうございます。お待ちしておりました。さぁ、全てを始めましょう」と時野は笑顔で一人を迎えた。

「覚醒?」

「左様で御座います。殿はただ今覚醒しました」一人もようやく状況を理解した。

「・・・うぬは、小十郎か? いつから気付いておったのじゃ?」時野はかしこまって、

「白石市の市長選挙で当選した時です。感情の高ぶりに誘われて、過去の記憶が戻ったのでございましょう。誰に相談しても致し方なき事。ただの今まで胸に秘めておりました。当選直後の美空君の、『さぁ、青葉城を復興させようぞ!』の一言で、美空君がいずれ殿に覚醒することを確信しました。近頃は、言葉の語尾に「の」が付く発言が目立ちました。覚醒間近だったので、お待ちしておりました」

「うむ、そうであったか・・・。わしは片倉家の子孫でありながら、政宗の生まれ変わりであったのか・・・」

「経緯は分かりませぬが、生まれ変わりと言うよりも記憶の断片的な遺伝か継承で御座いましょう。当時の事を、何から何まで覚えている訳ではありません」

「それでは、青葉城の再建計画もややこしい話になるまいか? 生まれ変わりと世間にばれてしまっては、自分の居場所が欲しいなどとみっともない事である」

「殿の覚醒前の出来事に御座れば問題はないと考えます。青葉城は再建されてしかるべき城で御座います。兼ねてから考えておりましたが、一つ提案が御座います」

「うむ、なんじゃ」

「殿が、仙台市長か、宮城県知事に出馬されて、青葉城の再建計画を進めてはいかがでしょう?」一人は、ふふふと笑い

「『死出の旅路をただひとり、我はこの世の客人哉』客人が、訪問先で派手な仕事をするものではない。時代も様変わりしておる。まずは民意を盛り上げるのじゃ。自然に城も再建に向かうであろう」

「しかし、それでは時間がかかり過ぎはしませんか?」

「遊びだと思えば良い。その方が長く遊べるでの」

「城が完成する前に、記憶の覚醒が終わりましたら、どうなさいます?」

「もしまた次回に覚醒したら、その時に確認させてもらおうかの。覚醒せなんだり、城が出来ておらなんだら、それまでじゃ」

「御意に御座います」

「しかし廃城令に加えて、仙台空襲で焼失してしまったのは実に惜しかったの。『城』は戦時においては攻めの起点であり守りの要じゃ。そして平和時においては「繁栄の象徴」でもある。命を懸けて戦った(にんげん)たちのシンボルじゃ。見れば、来れば、体験すればこそ分かる魂の感動だ! 映像だけでは全ては伝わるまい。感動に飢えている連中を誘うのじゃ」

「城は、観光の目玉に御座いまする」

「清水の舞台を彷彿とさせる(ちょう)(えい)(かく)からの眺めは絶景じゃ。たちまち仙台観光の目玉となろう。天守閣からの眺めと比較したくなるであろう。本丸の大広間の鳳凰図は、現代技術で復元出来るし、レプリカでも良い。本丸、二の丸、三の丸は散策コースに設計し、二の丸には、庭園と能舞台も復元する。時代に合わせた多目的な舞台にするのじゃ。我らが死して、人々が死しても尚、復元され続け、愛され続け、訪れる人々の称賛が絶えない『強欲な城』じゃ。与える感動は、景観のみによらず、経験からも受け取れるのじゃ」熱くなった一人の声色が変わり始めた。

「今は他国を侵略して収益を奪い取る時代ではない。観光客を呼んでお金を落として頂く時代じゃ。建築資金はどうする? クラウドファンディング? 議会で特別予算を組んでもらうか? そもそも株式会社を設立して株式を発行するのはどうじゃ? それでは経営規模が小さすぎるかの? 建築後に特典をバラまくのはどうじゃ? 特別優待観覧券? 特別観覧券? 一般観覧券? 資金源は豊富じゃ。おっとインバウンドも忘れておったわ。利益の洪水じゃ。溺れてしまうわ。祭りでこの世を変えるのじゃ!」強欲な妄想で盛り上がっている一人に、

「他の地域の祭りへの『宣戦布告』は続けるおつもりですか?」一人はその一言で我に返ると声色を戻した。

「『宣戦布告』は大袈裟じゃったの。コラボ企画の申し込みに変更じゃ。『すずめ踊り』が参加を認めるまで、このまま話題作りを続けよう。こちらが知名度を上げ続ければ、向こうも祭りへの参加を認めてくれよう。そこから本当に『青葉城再建計画(プロジェクト)』は始まるのじゃ」

「昨年のプレゼンでは、にべもなく断られました。残念です」

「口惜しいの。(よく)(がわ)め、今に見ておれ」


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