『強欲な城』初東風に唆されて宣戦す
一.初東風に唆されて宣戦す
千六百十五年、大坂夏の陣が終わると 『元和の一国一城令』が発令され、諸大名は居城以外の廃城を命じられた。しかし『白石城(益岡城)』は、仙台藩の支城として、その存在を特別に認められた。物見櫓を兼ねた三階の天守閣も平成に入って復元された。そして、毎年多くの観光客が押し寄せて絶景を楽しんでいた。今年は例年に比べ初雪は早かったが、彼はパウダーのような雪化粧をうっすらと纏って今日も静かに市の中心に佇んでいた。
白石市長の時野輪音は、面長で背丈が高く、オールバックの髪型が特徴的な四十代の紳士だった。誠実で物柔らかな口調と仕事の丁寧さが皆に愛されていた。
「美空君、それでは参りましょう」
「はい、時野さん、この日を待っていました」
自らが自家用車を運転し、助手席に政策参謀を自称する二十代の青年を乗せて美空家を出発した。この青年の名は美空一人、身長は高いものの華奢で幼い顔つきだった。
米沢市は二日前、過去十数年間で最大の積雪量を記録していた。時野は除雪の行き届いた国道を申し訳なさそうに運転し、上杉祭り実行委員会事務局に辿り着いた。会議室へ案内されると、室内は二台の石油ストーブで暖が取られており、十人ほどの実行委員は会議が始まるのを待っていた。時野市長と委員会の面々が見守る中で、一人のプレゼンテーションが始まった。
「・・・と、このような流れで『開戦前夜の式典』に参加することを考えておるでの・・・、です。具体的には、武禘式が終わった直後に我々が乱入し宣戦布告する流れを考えておりますし、乱入させて頂きます、です」
会議室のプロジェクターの前で一人は、ひときわ鋭い眼差しで力強く式典の流れを説明した。
「何だ、あの口調は?」
「緊張しているのか? ふざけているのか?」
「悪意は感じられないが・・・?」発言の度に表情を曇らす委員会の面々を尻目に一人は熱心に説明を続けた。プレゼンの一切が終わり、数秒の沈黙の後、実行委員長の纐纈雄三が訊ねた。その声は、酒焼けしてはいるものの聞き取れないほどでもなかった。
「ん~。美空君と言ったかな?」
「はい、何かの?」一人の返事に、時野は肝を冷やした。
「・・・」雄三は、ギョロリと一人を睨みながら質問を続けた。
「『宣戦布告』とは大袈裟だが、もっと他に表現はないのかね? 『すずめ踊り』ではいかんのかね? なぜ『上杉祭り』でそれをやりたいのかね? もう少し詳しく具体的に説明してくれないかな?」一人は立て続けにされた質問にたじろいだが、すぐに落ち着いて切り返した。
「ありません。ダメだの。承知しました」
一人の返答に、会議室内の全員が困惑した。
「まず物事の取り掛かりは、多少大袈裟な方が良いと考えます。『お祭り』だからの。表現の仕方ひとつで、人々の興味、関心、食らい付きが変わるでの。そして次に『米沢城』は、伊達政宗公の生まれた城としても有名です。我が白石城は政宗公の参謀の片倉小十郎景綱の居城です。私はその子孫にあたります」
雄三が再びギョロリと一人を睨みつけ、会議室内は俄かに騒めいた。全体の鋭い視線を感じつつも、一人は無視するように説明を続けた。
「白石と米沢には、お互いに少なからぬ縁があるので、定期的な祭りの場を借りて親交を深め、盛り上げてもいきたいと考えております」
一人が話し終わると、雄三が口を開いた。
「もう一度言うが『すずめ踊り』では、ダメなのかね? 『青葉祭り』は有名だろう? 伊達を盛り上げたいなら仙台でやりなさい。そもそも『上杉祭り』は、上杉謙信公と武田信玄公の戦いの場だ。伊達政宗は決戦時に生まれてすらいない」間髪を入れずになされた質問に、一人は一瞬、溝内を打たれる思いだった。会場は再び騒めき始めた。時野は、他の者たちが発言さえしないことに気付き雄三の掌握力の強さを悟った。委員会の面々は、雄三の「なぶり癖」を思い出し、一人が試されていることに何となく気付き始めていた。一人は一つ深く呼吸をすると
「目的は『宣戦布告』の後の交流戦にあります。多少の因縁とストーリー性がなければ、祭りの盛り上がり自体が欠けてしまいます。極端な話ですが『城取り合戦』レベルのスケールの大きなものを考えております」
雄三の顔色が俄かに変わった。
「『城取り合戦』? 馬鹿げてるね。君は全国の城に喧嘩を売って歩くつもりか?」
「最終的には、そうだの」一人は、臆することなく即座に答えた。
「正気か? 誰が君の相手をするのだ?」
「風呂敷は大きいほうが良いでの。白石城は百の名城にも入っていません。これから番手を上げねばの」
「君は何を言っておる」雄三を無視するように一人は、プロジェクターに向き直り話を続けた。
「それは、さておき、
一、他の市に宣戦布告をされた、
二、交流戦で決着をつける、
三、秋の小十郎まつりでリベンジを誓う、という一連の流れで交流戦企画を進めたいのです。マスコミとSNSの食い付き方が変わりますが、それが最大の目的です。訪問客の一割増を、祭りの売り上げ二割増しを目標とします」聞き終わると、委員会の他の参加者から騒めきが消え、雄三が口を開いた。
「肝心な話だ・・・。さておくんじゃない」雄三は動揺しながら声を絞り出した。
「・・・検討の余地は、あるね・・・・・・」いつもと違う雰囲気に会議室内の面々が困惑した。数秒後に落ち着きを取り戻した雄三は、言葉を続けた。
「しかし、三日目の祭りのメインは先程の説明の通り『川中島の合戦』の再現だ。仮に交流戦を行うにしても、隅でひっそりと行うことになるだろうが構わないかね?」
「何事も初めて行うものは、正解が見当たりません。与えられた条件の下で取り組んで、終わった後に正解とさせましょう」きっぱりと言い切る少年のような笑顔には迷いがなかった。
「話を聞いてみないと分からないものだよ。この君の企画書では、何を目的としているのか分からなかった。説明を聞いて概ね理解できたよ」
「失礼しました。有難うございます。よろしくお願いするでの」
「・・・うむ。こちら側で改めて検討してみるよ。今月中に返事はさせてもらう」と言いつつ時野に近づいた。すれ違いざまに、一人には雄三が涎を垂らしてニヤケているように見えた。時野は雄三を受け入れるように、
「乱筆乱文、失礼しました。お時間を頂きまして有難う御座いました。検討の程、宜しくお願いします」と深々と頭を下げた。
「貴重なお休みの日にわざわざ時間を取って頂いて、ありがとうございます。」雄三は満面の笑顔で、
「いえいえ、お忙しい身です。市長、わざわざご足労様でした。これは『リオ』とお読みするのですか。なかなか素敵なお名前ですね」
「ルビを振っておかないと『リンネ』と呼ばれてしまうものですから」
時野は雄三の言葉を一つ一つ包み込むように受け入れた。途端に雄三の態度も変わった。
「私の名前も同じでね、親からの頂きものなので、粗末に出来ません。苗字は先祖からの伝わりものです。守り続ける重圧も大きいですな」
「委員長の苗字は、この辺りでは珍しいですね。失礼ですが出身は、どちらでいらっしゃいますか?」
「岐阜や愛知に多い名なのです。実家は愛知県です」
その時、二人の会話を傍らで聞いていた一人は、ようやく緊張が解け疲労の為パイプ椅子に崩れ落ち、虚空を見やり始めていた。そして間もなく、背もたれに寄りかかりながら居眠りを始めてしまった。それに気づいた時野は、会話が終わるや否や会釈をして、
「実は、彼はナルコレプシー(過眠症)なのです」と言って一人に近寄った。
「それでは、よろしくお願いします」
と言って時野は、一人を抱きかかえるように会議室を後にして、一人を車に乗せ事務局を後にした。時野の運転する車の助手席に一人が寝ぼけながら乗っている姿を見て委員会の人々は、
「変わった関係の二人ですね」
「親族なのでしょうか?」
「親しいだけなのか、繋がりが深いのか・・・」飛び交う憶測に雄三は、
「次元の違うところで繋がりを持っているのだろう・・・」と呟いたが、他の人には何を意味するのか分からなかった。
「全国の城に喧嘩を売って歩くだと? 嘯きおって、若造めが!」
帰りの車中で時野は、
「纐纈氏の判断次第ですな」一人はぼんやりとそれを聞いていたが、ハッと我に返り、
「時野さん、それはどういう意味ですか?」と聞き返した。
「おや? 聞いておりませんでしたか? 彼は、各地方自治体の祭りを実行する公益社団法人を運営しているそうです。一度くらいは、新しい企画も面白そうだと前向きでした。現在手掛けている祭りは、二十余りになるそうです。どれもこれも似たり寄ったりだとか・・・」
それを聞き流し気味に、一人は不満をぶちまけた。
「あの纐纈と言う人は、私に対して当たりがきついと感じませんでしたか? 初対面なのに・・・」
「私から見て、そのようには感じませんでした。気のせいでしょう。少しだけ話しましたが、私には気さくな人物だと感じられました。出身は愛知県で、北海道を除く東日本の各地で祭りを運営しているそうです」
「そうでしたか・・・考え事をして、そのあたりを聞いておりませんでした」
「・・・」
「山形には一刻(二時間)程おったかの?」
「・・・半刻(一時間)程ですね。会議は十時から始まりました」
「そうでしたか、とても長く感じました」
「・・・」時野は、兼ねてから気になっていた質問を、何気ない形で投げかけてみた。
「青葉城には、未練はありますか?」
「やはり、居場所が欲しいでの・・・」
「!」その言葉を聞いた時野は歓喜したが、表情には出さず何事もなかったように運転を続けた。信号を曲がり長い直線に差し掛かったところでもう一つ質問を投げかけた。
「瑞宝殿ではいけませんか?」
「瑞宝殿が家だとするなら、わしが欲しいのは仕事場じゃ」と答えて、一人は再び窓の外をぼんやり眺め始めた。
「!」それを聞いた時野は意を決して
「殿、お待ちしておりました。さぁ、全てを始めましょう!」と言ったが、一人は再び深い眠りに落ちていた。
「・・・もう少しですか?」と未練がましく口籠った。そのまま一人を自宅に送り、雄三の返事を待つことにした。二日後に雄三から返答を貰い、武禘式の後の十五分間のパフォーマンスと、翌日の二種類の対決をすることで祭りへ参加する許可が下りた。脚本は全て雄三の書き下ろしだという。