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第七話:部長の憂鬱と完璧主義の罠

すがすがしい秋晴れの日が続き、校内は二週間後に迫った文化祭の準備で活気に満ちあふれていた。


ミステリー研究会も例外ではない。


今年の企画は、部長である竜崎麗華の発案で「ミステリー脱出ゲーム~名探偵からの挑戦状~」に決定。


部員たちは、麗華の的確な指示のもと、小道具作りや謎解きの考案に意気揚々と取り組むはずだった。



しかし、ここ数日の麗華の様子は、普段の冷静沈着な彼女とはどこか違っていた。


「桜木さん、その小道具の色合い、もう少しアンティーク調にできませんか? 微妙にイメージと異なります」


「深町くん、そのプログラム、もう少しレスポンス速度を上げられないかしら。コンマ数秒の遅れが臨場感を削ぐわ」


些細な点への過剰なまでのこだわり。


部員の提案には、「私のプランが最も合理的です」と耳を貸そうとせず、逆に自分の指示が不明瞭だと部員が困惑していると、途端に不機嫌になる。



「部長、このトリックなんですけど、もう少しこうしたら、参加者もびっくりして面白いんじゃないですか?」


結衣が目を輝かせて提案しても、麗華は眉間に皺を寄せたまま、ピシャリと言い放った。


「それは蛇足です、桜木さん。奇をてらう必要はありません。全体の調和を考えてください」


普段なら、ユーモアを交えつつも的確なアドバイスをくれるはずの麗華の、その刺々しい物言いに、結衣はシュンと肩を落とした。


クマさんが「部長、ちょっと休憩したらどうだい? コーヒーでも淹れるよ。少し顔色が悪いみたいだ」


と心配そうに声をかけても、


「大丈夫です、熊井先輩。時間は限られていますから」


と、麗華はパソコンの画面から目を離さずに答えるだけだった。


その夜、詩織は偶然、下校途中にまだ煌々と明かりがついている部室の前を通りかかった。


そっと中を覗くと、麗華が一人、山積みになった資料と格闘している姿があった。


机の上には、赤ペンで修正がびっしりと書き込まれた企画書や、何冊もの推理小説、暗号に関する専門書などが散乱している。


(麗華先輩…また一人で残って…)


詩織の胸がチクリと痛んだ。


彼女の横顔は、達成感ではなく、焦燥感と疲労に深く覆われているように見えた。


(もっと面白くしないと…もっと斬新なトリックを考えないと…ミステリー研究会の名に恥じない、完璧なものを作り上げなければ…。これは、三年生の私にとって、最後の文化祭なんだから…みんなの期待に、応えないと…)


麗華の心の中では、そんな声が渦巻いていた。


周囲が寄せる(と彼女が思い込んでいる)期待と、自分自身が課した高すぎる理想の狭間で、彼女は知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたのだ。


麗華のスランプは、文化祭の企画準備に影を落とし始めた。彼女の指示は時に細かすぎ、時に曖昧で、部員たちはどう動けばいいのか分からず、作業は遅々として進まない。


かつて活気に満ちていた部室には、重苦しい沈黙と、ぎこちない空気が漂う時間が増えていった。


「ねえ、詩織先輩…」ある日の帰り道、結衣が不安そうな顔で詩織に囁いた。


「部長、最近なんかピリピリしてません? 前はもっと、こう、ドーンと構えてたっていうか…話しかけるのも、ちょっと緊張しちゃって…」


詩織も同じことを感じていた。


あの自信に満ち溢れていた麗華の姿は、今はない。


慧は、そんな麗華の様子を静かに観察していた。


彼は、麗華が「完璧な部長」「期待に応えるべきリーダー」という「あるべき姿」に強く囚われ、その枠の中で身動きが取れなくなっていることを見抜いていた。


「竜崎先輩は、自分で作った『完璧』という名前の檻に、自分自身を閉じ込めてしまっているのかもしれないね」


部活後、詩織が慧にそっと相談を持ち掛けた時、彼はそう呟いた。


「檻…ですか?」


「うん。そして、その檻は、先輩自身が鍵をかけないと、誰も外からは開けられないのかもしれない」


慧の言葉は、詩織の心に重く響いた。


そして、文化祭まであと一週間と迫った、脱出ゲームの模擬リハーサルの日。事件は起こった。


麗華が心血を注いで設計した、物語のクライマックスとなるはずの重要なギミック――隠された扉を開けるための複雑な暗号装置――が、何度試しても正常に作動しないのだ。


「そんな…!設計通りのはずなのに…!」


麗華の顔から血の気が引いた。


部員たちが「先輩、どこか配線が間違ってるんじゃ…」「手伝いますよ!」と声をかけるが、麗華は「大丈夫です!私が確認しますから!」と頑なにそれを拒絶する。


パニックと焦りで、彼女の思考は完全に空回りしていた。


そして、ついに糸が切れたように、麗華は叫んだ。


「もういいです! 今日の準備は中止します! 私一人で、全部やり直しますから!」


そう言い捨てると、彼女は部室を飛び出してしまった。


残された部員たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


このままでは、ミステリー研究会の文化祭企画は頓挫してしまうかもしれない。


詩織は、すがるような思いで慧に視線を送った。


慧は、静かに麗華が飛び出していったドアを見つめ、何かを深く考えているようだった。


彼女の心の檻を開ける鍵は、一体どこにあるのだろうか。


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