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第六話:言葉のナイフ、心の盾

航への匿名の誹謗中傷は、その後も執拗に続いた。


日に日にやつれていく航の姿に、ミステリー研究会のメンバーたちの胸は痛んだ。


彼は学校を休みがちになり、たまに部室に顔を出しても、その瞳には以前のような鋭い光はなく、ただ深い疲労の色が浮かんでいるだけだった。


詩織は毎日航に連絡を取り、他愛ない話をして彼の気を紛らわせようと努めた。


麗華は冷静にSNS運営への再三の削除要請と並行し、学校側への正式な問題提起も視野に入れ、情報収集と対策立案を進めていた。


クマさんは、見るからに栄養満点だが、やや独創的すぎる手作り弁当を「元気が出るぞ!」と航の家に届けに行き、彼の母親に丁重に(しかし遠回しに)断られるという一幕もあった。


一方、結衣は「ネットの悪口にはネットでお仕置きよ!」と息巻き、独自の「犯人怪しいリスト・学年別バージョン」を作成しては部員たちに披露したが、そのほとんどが「挨拶の声が小さいから」「目が笑ってないから」といった的外れな理由で、重苦しい雰囲気を一瞬だけ和ませる役目を果たしていた。


慧は、航から提供された全ての書き込みログ、投稿時間、使用されている言い回し、そして「球技大会の後くらいから」という情報を、まるで複雑なパズルを解くかのように、黙々と分析し続けていた。


「犯人は、おそらく航くんのことを個人的に、そしてかなり詳しく知っている人物だ。


そして、航くんに対して強い劣等感か、あるいは歪んだ形の嫉妬心を抱いている可能性が高い。


普段はそれを抑圧しているけれど、匿名という仮面に隠れることで、溜め込んでいた攻撃性を爆発させているように見える。


球技大会での航くんの活躍が、その感情を刺激する直接的な引き金になったのかもしれない…」


慧はノートにいくつかのキーワードを書き出し、それらを線で結んでいく。


容疑者は、航の身近な数人に絞られつつあった。


ある日の放課後、慧は航に、そしてミステリー研究会のメンバーたちに、一つの提案をした。


「犯人に直接メッセージを送るのは危険だけど、彼らが見ているであろう場所に、僕たちの意思を伝えることはできるかもしれない」


慧は、航が中傷を受けているSNSの、関連する別の公開コミュニティ(例えば、学校の非公式ファンページのような場所)に、いくつかの短いメッセージを投稿することを提案した。


それは、犯人を名指しするのではなく、その行動がもたらす結果や、言葉の重みについて問いかけるような内容だった。


「言葉は、時として刃物よりも深く人を傷つける。そして、その刃は、いつか必ず自分にも返ってくるものだ」


「本当の強さとは、誰かを打ち負かすことじゃない。自分の弱さと向き合い、他人を思いやれる心を持つことだ」


根底には、物事の繋がりや因果応報を示唆するような、静かで重い響きがあった。


詩織は、それが慧らしいやり方だと感じた。


数日後、事態が動いた。


あれほど執拗だった中傷の書き込みが、ピタリと止まったのだ。


そして、麗華が学校側と連携して行っていた調査と、慧が絞り込んでいたプロファイルが一致する人物が浮上した。


意外なことに、それは航と同じクラスで、普段は物静かで目立たない生徒、Cだった。


学校の一室で、麗華と担任教師、そして航と慧が見守る中、Cとの話し合いの場が持たれた。Cは最初、強張った表情で関与を否定していた。


しかし、慧が静かに、しかし的確に、Cが抱えていたであろう航への複雑な感情――それは憧れと嫉妬が入り混じり、自己肯定感の低さからくる歪んだ承認欲求へと繋がっていたこと――を言葉にしていくと、Cの強固な仮面が少しずつ剥がれ落ちていった。


「どうして…分かったんだ…」


堰を切ったように、Cは泣きながら全てを告白した。


球技大会で活躍し、クラスの人気者になった航への強烈な嫉妬。


自分には何もないという焦燥感。


誰にも言えない家庭環境の悩み。


それらが匿名SNSという暗闇の中で増幅され、卑劣な言葉となって航に向けられたのだった。


C自身もまた、見えない「苦しみ」に苛まれていたのだ。


全ての書き込みはC自身の手で削除され、彼は学校からの指導を受けることになった。


航への謝罪の言葉は、涙で何度も途切れた。


事件は一応の解決を見たが、航の心に刻まれた傷がすぐに癒えるわけではなかった。


しかし、彼の表情には、以前のような絶望の色はなかった。


部室に戻った航に、慧は静かに語りかけた。


「航くん、君を傷つけた言葉の記憶は、すぐには消えないかもしれない。


でも、大切なのは、他人の言葉で君自身の価値を決めないことだ。


君が君自身を信じることが、何よりも強い心の盾になるんだと思う。


僕たちは、いつでも君の味方だよ」


その言葉に、航はゆっくりと頷いた。


詩織が差し出した温かいココアを手に取り、彼は久しぶりに、ほんの少しだけ穏やかな笑みを浮かべた。


部室には、いつもの日常が戻りつつあった。


だが、メンバーたちの心には、言葉が持つ重みと、見えない悪意の恐ろしさ、そしてそれ以上に、支え合う仲間の大切さが深く刻まれた。


詩織は、人の心の深淵を静かに見つめ、そこに一条の光を投げかけようとする慧の姿に、尊敬と、そして日に日に強くなる特別な感情を抱いていることを、はっきりと自覚していた。


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