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第五話:SNSに潜む悪意の影

結衣の恋の悩み相談から一週間ほど経った、ある日の放課後。


ミステリー研究会の部室には、珍しく重苦しい空気が漂っていた。


原因は、普段は冷静沈着、かつ毒舌で部内のツッコミ役を担うことの多い深町航の異変だった。


ここ数日、彼はノートパソコンの画面を頻繁に確認しては深いため息をつき、明らかに集中力を欠いていた。


口数も普段の三分の一以下だ。


「ねえ、航、今日なんか元気なくない? もしかして、この前のプログラミングの課題、バグだらけで再提出とか?」


お菓子を食べながら、結衣が無邪気に尋ねるが、航は「…別に」と力なく返すだけだった。


その様子に、詩織も慧も、そして麗華やクマさんも、内心では何かあったのだろうと察していた。


そして、その日の部活が終わる頃、タイミングを見計らったかのように、航が重い口を開いた。


結衣が「お先にー!」と元気に帰り、部室に慧、詩織、麗華、クマさんの四人が残った時のことだった。


「あの…実は、最近、ネットでちょっと…困ったことになってて」


航は俯いたまま、言葉を選びながら話し始めた。


彼が匿名SNSの特定のコミュニティ内で、自分に関する誹謗中傷の書き込みが続いていること。


最初は無視を決め込んでいたが、日に日に内容が悪質化し、事実無根の悪口だけでなく、個人情報に近い情報まで晒され始めていること。


「誰がこんなことをするのか、全く見当もつかなくて…正直、怖いです」


絞り出すような声には、普段の彼からは想像もつかないほどの弱々しさが滲んでいた。見えない相手からの執拗な攻撃に対する恐怖と、どうしようもない怒りが、彼の肩を小さく震わせている。


「そんな…ひどい…」詩織は言葉を失った。


画面を見せることさえ躊躇う航の様子から、その中傷がいかに酷いものか想像がついた。


麗華は険しい表情で腕を組んだ。


「それは悪質ね、深町くん。そのSNSの運営には削除を要請したの?」


「はい、何度も…。でも、対応が遅くて、消されてもまたすぐに新しいのが…」


「匿名だからって、何をしてもいいわけじゃないのに…」


クマさんが怒りを滲ませながら、航の肩にそっと手を置いた。


「航、辛いだろうけど、一人で抱え込むなよ。俺たちにできることがあれば何でも言ってくれ」


そこへ、忘れ物をした結衣が「あれー?まだいたのー?」と戻ってきた。


事情を察した彼女は、先ほどまでの軽口が嘘のように真剣な顔になり、拳を握りしめた。


「何それ!許せない!絶対そいつ見つけて、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」


「今は感情的になる時ではないわ、桜木さん。まずは冷静に情報を整理しましょう」


麗華が結衣を制する。


慧は、航が「見せたくない」


と言いながらも、証拠として保存していた中傷書き込みのスクリーンショットを、黙って見つめていた。


そこには、航の性格を歪めて伝える言葉や、プライベートを揶揄するような卑劣な表現が並んでいた。


「航くん」慧は静かに顔を上げた。


「何か心当たりはある? 最近、誰かと揉めたり、恨まれたりするようなこととか…」


航は力なく首を振る。


「特に思い当たる節はないんです…。だから余計に、誰が、何のためにこんなことをするのか分からなくて…それが一番怖いです」


「そっか…」


慧は頷き、さらに尋ねた。


「この書き込み、いつ頃から始まったの? 何か、きっかけになるような出来事はあった?」


航は少し記憶を辿るように目を伏せ、やがてぽつりと言った。


「確か…先週の、球技大会が終わった後くらいから…かもしれません。あの時、僕らのクラス、優勝したんですけど…そのことと何か関係があるのか…」


慧は、書き込みの文体、使用されている言葉遣い、投稿されている時間帯などに静かに意識を集中させた。


まるで、そこに潜む見えない犯人の輪郭を捉えようとするかのように。


(この執拗さ…単なる妬みやっかみにしては、少し粘着質すぎる。個人的な恨みか、それとも複数の人間による愉快犯か…。でも、航くんのかなりプライベートな情報を知っているとなると…範囲は絞られるはずだ)


詩織が心配そうに慧の横顔を見つめた。


「相田くん、何か…」


「まだ分からない」


慧は短く答えた。


「でも…この『見えない悪意』は、きっと僕たちの、すぐ近くに潜んでいる気がする」


その時だった。


航のスマートフォンの通知音が、静まり返った部室に鋭く響いた。


画面を見た航の顔から、さっと血の気が引く。


「また…書き込みが増えてる…今度は、俺の家のことまで…!」


彼の声は震え、その目には絶望の色が浮かんでいた。


誹謗中傷は、リアルタイムでエスカレートしているのだ。


慧は険しい表情で、もう一度スクリーンショットのデータに目を落とした。


彼の脳裏には、いくつかの断片的な情報が、ある一つの可能性へと収束し始めていた。


それは、まだ確信には遠い、淡い仮説だったが。



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