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第十六話:それぞれの正義、ひとつの真実


その夜、ミステリー研究会のメンバーは、慧の部屋に密かに集まっていた。


慧が見た高遠の不審な行動、そして偽の可能性が高い手がかり――それらの情報を共有し、今後の対策を練るためだ。


「彼らは、このゲームの公平性を損なう何かをしている可能性が高い。そして、その目的は、単にゲームに勝つことだけではなさそうだ」


慧の静かな分析に、結衣が憤慨の声を上げる。「やっぱり! あの爽やかイケメン、腹黒だったんだわ! 許せない!」


麗華は腕を組み、冷静に状況を分析する。


「青葉第一ほどのプライドの高い学校が、なぜそのようなリスクを冒してまで、姑息な手段に訴えるのか…解せませんわね。よほど勝ちにこだわっているか、あるいは、何か別の、私たちには見えない事情があるのか…」


「いずれにせよ、このまま相手の土俵で戦うのは不利だ。僕たちのやり方で、彼らの不正を明らかにしつつ、この謎解きゲームそのものの真実にも迫る必要がある」


慧の提案に、部員たちは頷いた。


翌日、謎解きゲームはさらに複雑さを増していた。


慧たちは、青葉第一のメンバーたちの行動を注意深く監視しつつ、自分たちの推理を進めていく。


詩織は、氷川玲奈にそれとなく話しかけ、彼女のガードの堅さと、時折見せる高遠への複雑な眼差しに気づいた。


結衣は、持ち前の(やや強引な)コミュニケーション能力で高遠に「何か隠し事してませ~ん? 謎解きのヒントとか、こっそり教えてくれてもいいんですよ~?」とカマをかけてみるが、高遠は余裕の笑みで軽くあしらうだけだった。


一方、航は、慧が前日に高遠が何かを隠したのを目撃したゴミ箱周辺を徹底的に調査し、ついに小さな紙片の切れ端を発見する。


それは、明らかにこの謎解きゲームの正規のヒントではなく、誰かが手書きで記した別の指示書の一部のように見えた。


「『B地点の鍵は偽物』…?」


その文字に、慧の仮説は確信へと変わった。


麗華は、夜の自由時間に図書室に籠り、過去のミステリーコンテストの記録や、青葉第一に関する古い学校新聞の記事などを徹底的に洗い直していた。


そして、一つの記事に目を留める。それは数年前、高遠の兄がリーダーを務めていた青葉第一ミステリー愛好会が、全国大会の決勝で、慧たちの高校のOBが結成したチームに僅差で敗れたという内容だった。


記事には、当時の高遠兄弟の悔しそうな写真も掲載されていた。


「そういうことだったのね…」麗華は呟いた。


高遠の異常なまでの勝利への執着は、兄の雪辱を果たしたいという強い思いから来ているのかもしれない。


謎解きゲームは、ついに最終局面を迎えていた。


「消えた宿泊客」が最後に目撃されたという「ホテルの秘密の書斎」の場所は特定できたものの、その部屋に入るための「最後の鍵」が見つからない。


両校とも、この最終問題に苦戦していた。


慧は、航が見つけた紙片の「B地点の鍵は偽物」という記述と、これまでの青葉第一の不自然な動きを繋ぎ合わせ、ある結論に達していた。


彼らが隠しているのは、この「最後の鍵」そのものか、あるいはそれに繋がる決定的な情報に違いない。


そして、その情報がなければ、どちらの学校もこのゲームをクリアすることはできないだろう。


慧は、書斎の前で焦りの色を浮かべている高遠に、静かに歩み寄った。


「高遠くん」


高遠は、慧の声に驚いたように振り返る。


「君たちが隠しているものが何なのか、薄々気づいている。このままでは、僕たちも君たちも、この謎を解くことはできないままだ。本当に大切なのは、過去の勝敗や、誰かの雪辱を果たすことなのかい? それとも、目の前にある『真実』を、僕たち自身の手で解き明かすことじゃないのかな?」


慧の真っ直ぐな視線に、高遠の表情が一瞬揺らいだ。


しかし、彼はすぐにいつものポーカーフェイスに戻り、「何を言っているのか分からないな」と嘯いた。


だが、その時、ずっと黙って二人のやり取りを聞いていた氷川玲奈が、静かに、しかし強い意志を込めて口を開いた。


「高遠くん、もうやめましょう。これはフェアじゃないわ。私たちが本当に目指すべきは、こんな形での勝利じゃないはずよ」


氷川の言葉に、他の青葉第一のメンバーたちも、こわばった表情で頷いている。


彼らもまた、高遠のやり方に疑問を感じ始めていたのだ。


高遠は、仲間たちの視線を受け、唇を噛みしめた。


そして、長い沈黙の後、懐から一枚の古びたカードキーを取り出した。


「…これが、最後の鍵だ。俺たちは、最初からこれを持っていた。そして、君たちを出し抜くために、偽の情報を流していたんだ」


その告白は、ある意味で衝撃的だった。しかし、慧の表情は変わらなかった。


「なぜ、そこまでして勝ちたかったんだい?」


高遠は、苦々しげに、兄の雪辱の話と、名門としてのプレッシャー、そして何よりも、慧という存在に対する一方的なライバル心を吐露した。


「勝ちたいという気持ちは、僕にも分かる」慧は静かに言った。


「でも、そのために真実を歪めてしまっては、本当の意味での勝利とは言えないんじゃないかな。僕たちは、それぞれのやり方で真実を追求すればいい。競い合うことはあっても、お互いを貶め合う必要はないはずだ」


慧の言葉は、高遠の心に深く突き刺さったようだった。


結局、「最後の鍵」は、両校の協力によって使われることになった。


開かれた書斎の奥には、この謎解きゲームの全ての答えと、「真実は時に、最も意外な場所に隠されている。


そして、それを見つけ出すためには、時にライバルとの協力も必要だ」という、このゲームの製作者からのメッセージが記されていた。


謎解きゲームの勝敗は、もはや重要ではなかった。


高遠は、どこか吹っ切れたような表情で、慧に右手を差し出した。


「君たちの勝ちだ、相田慧。いや…僕たちの負け、というべきかな。


だが、今日は色々と学ばせてもらったよ」


慧もその手を強く握り返した。


「僕たちもだよ、高遠くん」


氷川も詩織に歩み寄り、「橘さん、あなたの友人、本当にすごいわね」と、初めて素直な笑顔を見せた。


合宿の帰り道、ミステリー研究会のバスの中は、心地よい疲労感と、不思議な充実感に包まれていた。


他者と真に理解し合うことの難しさ、そして、それでも諦めずに真実を追求することの大切さを、彼らはこの二日間で深く学んだのだ。


それは、どんな難解な謎解きよりも、価値のある経験だったのかもしれない。


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