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第十四話:心の霧を晴らして


月明かりが差し込む古い天文台のドーム内に、慧とミステリー研究会の仲間たちが足を踏み入れると、そこに一人の青年が静かに立っていた。


埃をかぶった巨大な望遠鏡のそばに佇むその人物は、慧にとって忘れられない、そして忘れたくても忘れられなかった幼馴染――かつて共に星空の謎を追いかけた、速水 はやみかけるだった。


「久しぶりだな、慧。こんな形で再会することになるとは、思ってもみなかったけど」


翔の声は硬く、その瞳にはどこか冷ややかで、挑戦的な光が宿っていた。


「どうして…翔が…」慧は言葉を失った。彼の脳裏に、あの日の出来事が鮮明に蘇る。


翔は、まるで慧の心を見透かすように、天文台に残されていた古い観測日誌や星図を指し示した。


そして、淡々と、しかし鋭く、過去にこの場所で起きた出来事を語り始めた。


それは、慧と翔が小学生の頃、二人で新星を見つけようと躍起になっていた時のこと。


慧が独自の計算で「新星が現れるはずだ」と主張した一点を、翔は危険を顧みずに古い観測台に登って確認しようとし、足を滑らせて転落、大怪我を負ったのだ。


幸い命に別状はなかったが、翔はその怪我が原因で、夢だったパイロットへの道を諦めざるを得なくなった。


「君のあの時の、無謀なまでの自信と焦りが、僕の未来を奪ったんだよ、慧。君は、自分の仮説を証明することに夢中で、僕の忠告にも耳を貸さなかった。君は、物事の本質を見ているつもりだったかもしれないが、一番大切なことを見落としていたんだ」


翔の言葉は、慧の心の最も柔らかな部分を容赦なく抉った。


慧は、長年抱え込んできた罪悪感に打ちのめされ、その場に立ち尽くす。


いつもの冷静さは消え失せ、彼の表情は苦悩に歪んでいた。


「僕の…僕のせいだ…僕があの時、もっと慎重だったら…翔の夢を…」


慧の肩が小さく震える。


その姿を見た詩織は、たまらず彼の前に進み出て、その冷たくなった手を強く握りしめた。


「相田くんは一人じゃないよ!」


詩織の声は、天文台の静寂に凛と響いた。


「私たちも一緒に考えるから。過去は変えられないけど、今からできることは、きっとあるはずだから!」


結衣も、クマさんも、航も、そして麗華も、慧を守るように彼の前に立ち、翔に対峙した。


「速水さん、あなたが相田くんを責める気持ちは分かります。でも、相田くんも、ずっと苦しんできたんです!」


仲間たちの思いがけない行動に、翔の表情がわずかに揺らいだ。


そして、慧もまた、詩織の手の温かさと、仲間たちの真摯な眼差しに、心の奥底から何かが込み上げてくるのを感じていた。


翔は、ふっと息を吐くと、それまでの険しい表情を少しだけ和らげた。


「……本当は、分かっていたんだ。全部が慧のせいじゃないってことは。俺自身も、あの時、無茶をした。慧の熱意に引きずられて、冷静さを欠いていたんだ。そして、怪我をした後、俺はずっと慧を恨むことで、自分の不運から目を背けてきたのかもしれない」


翔の口から語られたのは、慧が知らなかった、彼の心の内の葛藤だった。


彼は、慧に手紙を送ることで、慧を試すような行動をとることで、この長年のわだかまりに決着をつけたかったのだ。


そして、慧に、過去の出来事の「もう一つの側面」に気づいてほしかった。


「ずっと、自分が見ていたのは、事の一側面だけだったのかもしれない…」


慧は、翔の言葉と、仲間たちの存在によって、ようやく過去の出来事を多角的に見つめ直すことができた。


「物事は、もっと複雑に絡み合っていて、誰か一人のせいで全てが決まるなんて、そんな単純なものじゃなかったんだ…僕はずっと、自分自身が作り出した『罪悪感』という霧の中で、真実を見ようとしていなかった…」


慧の目から、ふっと何かが抜け落ちたように、長年彼を縛り付けていた重圧が消えていくのを感じた。


それは、許しであり、受容であり、そして新たな始まりだった。


彼は、翔に向かって深く頭を下げた。


「翔…本当に、すまなかった。そして、気づかせてくれて…ありがとう」


翔もまた、慧に歩み寄り、そっとその肩を叩いた。


「俺の方こそ、すまなかった。これで、俺も、やっと前に進める気がするよ」


二人の間に、長い年月を経て、ようやく静かな和解が訪れた。


天文台を後にする慧の表情は、憑き物が落ちたように穏やかで、どこか吹っ切れたような明るさを帯びていた。


「君たちがいてくれなかったら、僕はまだ、あの暗いドームの中で、過去に囚われたままだったと思う。本当に、ありがとう」


慧の心からの感謝の言葉に、詩織は優しく微笑み返した。


彼が大切にしている「物事の本質を見つめる」という考えは、この夜の出来事を通して、単なる論理的な探求ではなく、人の心の痛みや弱さ、そしてそれらが織りなす複雑な「縁」をも含めて捉えようとする、より深く、温かいものへと確かに深化していた。


詩織は、そんな慧の横顔を、以前にも増して愛おしく、そして頼もしく感じていた。


心の霧が晴れた慧の瞳には、澄み渡る夜空の星々が、より一層輝いて見えているのかもしれない。


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