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第十話:見かけに隠された真実


慧の言葉は、暗雲が垂れ込めていたミステリー研究会の部室に、一筋の光を投げ込んだ。


「クマさんは、花壇を荒らした犯人を庇っているんじゃなく、もっと別の…僕たちの知らない、小さな命を守ろうとしていたのかもしれない」


結衣が目を丸くする。


「えーっ!? 小さな命って、なんですのん? もしかして、妖精さんとか!?」


「桜木さん、落ち着いてください」


麗華が結衣を制しつつ、慧に視線を向けた。


「確かに、熊井先輩の最近の行動には不可解な点がありましたわ。部室で動物図鑑を熱心に読んでいたのも、今思えば…」


詩織も、慧の言葉に希望を見出していた。


あの優しいクマさんが、誰かを傷つけるようなことをするはずがない。


彼が何かを守ろうとしていたのなら、話は全く違ってくる。


「よし、それなら、僕たちでその真相を突き止めよう!」


慧の言葉に、部員たちは力強く頷いた。


クマさんの無実を証明するために、ミステリー研究会が再び動き出す。


調査は手分けして行われた。


慧と詩織は、改めて中庭の花壇周辺を徹底的に調査した。


慧が指摘した動物の足跡の石膏型を取り、さらに周囲に落ちている羽やフンなど、あらゆる痕跡を丁寧に収集する。


一方、麗華と航は図書室とパソコンルームに籠った。


麗華は持ち前の博識ぶりを発揮し、鳥類図鑑や動物生態学の専門書を渉猟。


航はインターネットを駆使し、学校周辺での野生動物の目撃情報や、足跡のデータベースとの照合を試みた。


結衣は、まだどこか疑心暗鬼な生徒指導の教師や、噂を広めている生徒たちに「クマさんはそんな人じゃありません!絶対何か理由があるんです!」と一人で熱弁を振るい(そして空回りし)ていたが、その真っ直ぐな思いは、少しずつ周囲の空気を変え始めていた。


そして、クマさん自身も、慧たちの真剣な眼差しと、仲間を信じるひたむきな姿に、ついに重い口を開いた。


「実は…一月ほど前から、中庭の隅の茂みに、カルガモの親子が巣を作っていたんだ…」


ぽつりぽつりと語り始めたクマさんの話は、衝撃的なものだった。


母鳥が少し弱っており、数羽の雛たちはカラスや野良猫に常に狙われている危険な状態だったという。


彼は、誰にも気づかれないように、毎日こっそりと餌を運び、外敵を追い払い、雛たちが無事に育つのを陰ながら見守っていたのだ。


花壇を荒らしたのは、おそらく餌を探していたカルガモの雛たちか、あるいは雛を狙って地面を掘り返したカラスの仕業だろう、とクマさんは言った。


スコップや軍手は、カルガモの巣の周りを少しでも安全な環境にしようと、彼が清掃や補強作業をする際に使ったものだった。


自分が疑われることで、カルガモの親子の存在が公になり、かえって彼らが危険に晒されることを恐れて、真相を話せずにいたのだ。


「なんてこと…クマさん、ずっと一人で…」詩織の目に涙が滲む。


クマさんの告白と時を同じくして、麗華と航も決定的な情報をもたらした。


中庭で見つかった足跡は、幼いカルガモの雛のものとほぼ完全に一致すること。


そして、最近、学校周辺でカルガモの親子連れが目撃されていたという情報も複数確認できたのだ。


慧と詩織が集めた、巣の近くに残っていたクマさんのものと思われる足跡や、彼が与えていたパンくずの痕跡も、クマさんの話を裏付けていた。


ミステリー研究会一同は、集めた全ての証拠と、クマさんの証言を携え、再び生徒指導の教師のもとへ向かった。


最初は「また君たちか…」と渋い顔をしていた教師も、慧の冷静かつ論理的な説明、麗華の専門知識に裏打ちされた分析、そして何よりも、クマさんの朴訥だが誠実な言葉と、彼が守ろうとした小さな命への深い愛情に、次第に真剣に耳を傾け始めた。


「熊井くん…君は…」教師は言葉を詰まらせ、クマさんの大きな肩をそっと叩いた。


「君は、本当に優しい生徒だな。そして、君たちは、素晴らしい仲間たちだ」


その言葉は、何よりの称賛だった。


クマさんへの疑いは完全に晴れた。


噂を信じていた生徒たちも、自分たちの早計を恥じ、クマさんに謝罪する者も現れた。


そして、カルガモの親子は、動物保護の専門家の助けを借りて、無事に近隣の大きな公園の池へと移されることになった。


引っ越しの日、茂みからよちよちと出てくる雛たちと、それを見守る母鳥、そして、少し寂しそうに、でも安堵の表情でそれを見送るクマさんの姿があった。


数日後、ミステリー研究会の部室には、以前にも増して温かい空気が流れていた。


「いやー、一件落着!クマさん、疑ってごめんね!」結衣が言うと、クマさんは少し照れくさそうに頭を掻いた。


詩織は、慧の鋭い洞察力と、言葉にはならない優しさの形を貫いたクマさんの姿に、改めて深く感動していた。


人は見かけだけでは分からない。


そして、真の優しさとは、時に不器用で、誤解されやすい形をとるのかもしれない。


「クマさんの優しさは、言葉にはならなかったけど、ちゃんと形になっていたんだね。


見えないところで、大切なものを守ろうとしていたんだ」


慧が、いつものように静かに呟いた。


その日のクマさんのお菓子は、どこか歪ではあったが、確かにカルガモの形をしたクッキーだった。


部室には、久しぶりに心からの笑顔が満ち溢れていた。



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