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最後の花束は涙に濡れて ~婚約破棄された令嬢と冷徹騎士団長の一途な誓い~

作者: 九葉

王都グランツェルの城内、大舞踏会場に集う貴族たちの笑い声と華やかな音楽が響き渡っていた。シャンデリアの下で踊る男女の姿が光と影を作り出し、空気は甘い香りと期待で満ちていた。


リアンナ・ローズマリーは会場の片隅で静かに微笑んでいた。淡い青のドレスは彼女の柔らかな雰囲気を一層引き立て、金色の髪は優しく肩に流れていた。今宵は彼女と公爵家嫡男アーサー・グランツとの婚約を祝う舞踏会。幼い頃からの婚約者と、ついに結婚の日取りが決まったことを祝う場だった。


「リアンナ様、お水をお持ちしましたわ」


忠実な侍女マーガレットの声に、リアンナは微笑みを向けた。


「ありがとう、マーガレット」


グラスを受け取り、小さく一口含んだ時だった。会場の中央で銀の杯を高々と掲げたアーサーの声が響き渡った。


「皆様、お知らせがございます」


会場がしんと静まり返る。アーサーの隣には、リアンナではなく、赤いドレスを身にまとった別の女性—商人の娘エリザベス・ジュエルが立っていた。リアンナの胸に不吉な予感が走る。


「本日は私とリアンナ・ローズマリーとの婚約を祝う場ではございますが…実は別のお知らせをしたく」


アーサーの口元に浮かんだ薄笑いに、リアンナは息を飲んだ。


「私はリアンナとの婚約を破棄することにいたしました」


会場に驚きの声が広がる。リアンナは凍りついたように動けなかった。


「お前の家柄は良いが、それだけでは不十分だ。未来のグランツ家を支えるには才能ある妻が必要だ」


アーサーの冷たい言葉が、リアンナの心に刺さる。


「リアンナには治療魔法の才能もなく、家の未来を託せない。代わりに—」


彼はエリザベスの手を取った。


「—こちらエリザベス・ジュエル嬢を私の新たな婚約者として迎えることにしました」


周囲から驚きの声が上がり、好奇の目がリアンナに向けられた。彼女は表情を崩さぬよう必死だった。貴族としての誇りだけが、今の彼女を支えていた。


「マーガレット…少し外の空気を吸ってくるわ」


リアンナは静かに会場を後にした。王城の庭園に出ると、夜風が彼女の頬を優しく撫でた。ようやく一人になれたと思った瞬間、堪えていた涙がこぼれ落ちた。


「なぜ…こんな場所で…」


リアンナは小さく呟きながら、庭の奥へと足を進めた。涙で曇る視界の中、彼女は立ち止まり、夜空を見上げる。


突然、轟音が空を裂いた。


「何!?」


轟音とともに現れたのは、空を舞う巨大な影だった。羽ばたく翼、鋭い牙、漆黒の鱗を持つ魔獣の群れ。王都が襲撃されていた。


城下町から悲鳴が聞こえ始め、人々が逃げ惑う姿が見えた。リアンナは咄嗟に城壁を乗り越え、広場へと駆け出した。そこで彼女が見たのは、魔獣に追われる一人の幼い子供の姿だった。


「危ない!」


リアンナは子供に飛びかかろうとする魔獣に向かって走った。頭では「能力を使ってはいけない」と警告する声が響いていたが、心はすでに決めていた。彼女の手のひらから青白い光が放たれる。


「もう誰も傷つけさせない…」


光が魔獣を弾き飛ばし、リアンナは子供を抱きしめた。傷ついた子供の体へと、彼女の手から温かな光が流れていく。傷が癒えていくのを見ながら、リアンナは長年隠してきた自分の力を解放することの意味を感じていた。



夜が深まるにつれ、王都の混乱は増していた。城下町の広場は急造の避難所となり、負傷者があふれかえっていた。リアンナは次々と傷ついた人々を治療していった。彼女の手から漏れる淡い青の光が傷を塞ぎ、痛みを和らげていく。


「そこの娘」


低く、威厳のある声にリアンナは顔を上げた。そこには漆黒の鎧を身にまとった一人の男が立っていた。冷たい鋼のような灰色の瞳、整った顔立ちに浮かぶ無表情。王国騎士団長エヴァン・ウィンターフォードだった。


「お前は何者だ」


エヴァンの鋭い視線がリアンナを射抜く。彼女は一瞬たじろいだが、すぐに前を向いた。


「ただの…貴族の娘です」


「その能力、今は必要だ。後で詳しく話を聞く」


彼の命令口調に反論の余地はなかった。エヴァンは部下に指示を出した。


「この者を治療チームに加えろ。最大限活用するように」


リアンナはエヴァンの鋭い視線に恐れを感じながらも、使命感から素直にうなずいた。エヴァンは彼女から目を離さないまま、再び戦場へと向かった。


その夜から翌日にかけて、リアンナは休む間もなく負傷者を治療し続けた。王都各所に設置された治療所を回り、魔獣に傷つけられた市民たちを癒やしていく。汗で髪が額に張り付き、手の震えを感じても、彼女は治療の手を止めなかった。


「休まないと倒れますよ」


ふと隣から聞こえた声に、リアンナは顔を上げた。エヴァンの副官ヘンリーが彼女に水を差し出していた。優しい表情の青年だった。


「ありがとうございます」


水を一口飲み、リアンナは周囲を見回した。


「騎士団長は…?」


「最前線で魔獣と戦っています。でも…」ヘンリーは不思議そうな表情で続けた。「団長があんなに何度も治療所に戻ってくるなんて初めてです。あなたに興味があるんでしょうね」


リアンナは一瞬言葉に詰まった。エヴァンが彼女を気にかけている?冷酷無比と噂の騎士団長が?


その日、エヴァンは確かに何度も治療所を訪れていた。魔獣との戦闘の合間に必ず立ち寄り、リアンナの様子を遠くから見つめる姿があった。彼は口には出さなかったが、彼女の治療魔法の精度と効率に驚いていた。これほどの能力を持ちながら、なぜ今まで表に出ていなかったのか。エヴァンの胸には不思議な感覚が広がっていた。


翌朝、エヴァンは王城の作戦室に集められた。王国の賢者たちが緊急会議を開いていた。


「この魔獣の襲撃は自然発生ではない」


老賢者の言葉に、エヴァンは顔を引き締めた。


「黒魔術師ガルドスの仕業だと思われる。彼は強力な治療魔法の使い手を探しているという情報がある」


「治療魔法?」エヴァンの心にリアンナの姿が浮かぶ。


「ガルドスは強力な回復魔法の使い手を見つけるため、王都中を探らせている」


エヴァンの心に警鐘が鳴った。リアンナが危険にさらされている。彼女を守らなければ。その強い衝動は、自分でも驚くほど強いものだった。



二日目の夜、エヴァンはリアンナを王城の一室に呼び出した。窓から差し込む月明かりが、二人の間に静かな影を落としていた。


「説明してもらおう。なぜその能力を隠していた」


エヴァンの声は厳しかったが、目には好奇心が宿っていた。リアンナは深く息を吸い、長年秘めてきた真実を語り始めた。


「私は生まれつき回復魔法の才能を持っていました。小さい頃から、傷ついた動物や人を見ると、自然と癒やしたくなって…」


彼女は窓の外を見つめながら続ける。


「でも、私の魔法は不完全で…両親を救えなかった」


震える声で語るリアンナ。エヴァンは静かに聞いていた。


「両親は不治の病に冒され、私は必死で治そうとしましたが、力及ばず…それから、この力は呪いだと思うようになったの」


「呪い?」


「私の魔法は人を救えない。むしろ期待を持たせて、結局は失望させるだけ…」


リアンナの目に涙が溢れた。長年秘めてきた罪悪感と悲しみが溢れ出す。


「そして、治療魔法を持つ者への世間の目も厳しくて。『命を操る者』として恐れられることもあって…」


エヴァンは黙って聞き続けた。リアンナの声、表情、そして彼女の持つ痛みに、彼自身の過去を重ね合わせていた。


「わかった」


エヴァンはゆっくりと立ち上がり、窓辺に立った。背中を向けたままの彼の声は、いつもより柔らかく響いた。


「私にも、話しておくべきことがある」


リアンナは顔を上げた。月明かりに照らされたエヴァンの横顔は、これまで見たことのない感情をたたえていた。


「私には妹がいた。エイミーという名の、弱々しくも明るい女の子だった」


エヴァンの声には、普段の厳しさがなかった。


「妹は病弱で、幼い頃から病と闘っていた。15歳の時、彼女の病状が急変した」


彼は拳を強く握りしめた。


「治療魔法の使い手を探し回ったが、見つからなかった。見つかったときには…もう遅すぎた」


「エヴァン…」


リアンナは思わず彼の名を呼んだ。


「妹は15歳で亡くなった。もし、あの時お前のような治癒魔法の使い手がいれば…」


エヴァンの声が詰まった。リアンナは彼の背中に、これまで誰にも見せなかった弱さを見た。


「それからだ。私は弱さを見せまいと、感情を押し殺して生きてきた。冷徹な騎士として…」


彼はゆっくりとリアンナの方を向いた。その目には、月の光を反射した涙が浮かんでいた。


「お前の魔法を見たとき、エイミーを救えたかもしれないという思いに襲われた。そして…怒りも感じた。なぜ、お前のような者が、あの時いなかったのかと」


リアンナはエヴァンの痛みを感じ、自分も涙を抑えられなかった。二人の間に流れる沈黙は、言葉では表せない理解で満ちていた。


夜が明け、三日目の朝を迎えた。王城の庭園には朝露が輝き、静けさが支配していた。リアンナとエヴァンは並んで小道を歩いていた。昨夜の告白から、二人の間には不思議な親密さが生まれていた。


「リアンナ」


エヴァンが突然立ち止まり、彼女の名を呼んだ。初めて彼女の名を呼ぶエヴァンの声に、リアンナは心臓が高鳴るのを感じた。


「実は、私はお前のことを知っていた」


「え?」


「社交界での評判を聞いていた。穏やかで優しく、誰に対しても分け隔てなく接する令嬢だと」


リアンナは驚いて目を見開いた。


「私のような身分の者が、貴族の令嬢に想いを寄せることは許されないと思っていた。だが、お前と過ごしたこの二日間で…もう隠せない」


エヴァンの告白に、リアンナは言葉を失った。昨日まで婚約者がいた彼女に、王国騎士団長が想いを寄せていたなんて。彼女の頬に熱が集まるのを感じた。


「私…わからないわ。昨日まで婚約者がいて、今は…」


彼女の言葉にエヴァンは優しく微笑んだ。初めて見る彼の笑顔に、リアンナの心は更に乱れた。


「急かすつもりはない。ただ、知っておいてほしかった」


二人が庭園から出ようとしたその時だった。突然の爆音が王都に響き渡った。


## 第4章:最後の決戦


王都中央広場には黒い霧が立ち込め、その中心に一人の男が立っていた。漆黒のローブを身にまとい、冷酷な笑みを浮かべる男—魔術師ガルドスだった。


「ついに見つけたぞ、強き治療の魔導士よ」


空から降り立ったガルドスは、人々を睥睨していた。エヴァンとリアンナが広場に駆けつけると、ガルドスの視線が彼女に注がれた。


「お前が噂の治療魔法の使い手か。素晴らしい力だ…感じる」


「何の用だ、ガルドス」エヴァンが身構える。


「私の研究は世界を変える。お前の力があれば、死者さえも蘇らせることができるのだ」


ガルドスの言葉にリアンナは息を呑んだ。死者を蘇らせる?両親を…


「共に研究しないか?お前の力と私の知識が合わさればー」


「断る」


リアンナの答えは明確だった。一瞬の迷いはあっても、彼女は真実を見抜いていた。


「生と死の境界を超えるのは、自然の摂理に背くこと。私の魔法は人を傷つけるためでなく、救うためにある。それが私の信じる道」


ガルドスの顔が怒りで歪んだ。


「愚かな…ならば力ずくで連れて行くまでだ!」


黒い炎がリアンナに向かって放たれた。咄嗟にエヴァンが彼女の前に飛び出し、剣で炎を払うが、その一部が彼の肩を貫いた。


「エヴァン!」


リアンナが駆け寄るが、エヴァンは倒れた体を起こし、剣を構えた。


「下がれ、リアンナ…」


血を滲ませながらも毅然と立つエヴァン。ガルドスの次の攻撃で、エヴァンは更に傷を負い、膝をついた。


「エヴァン、お願い…もう下がって」


リアンナの声には決意が滲んでいた。彼女はゆっくりと前に進み出た。


「お前一人では…」


「大丈夫、もう逃げない。私の力…本当の力を見せる時よ」


リアンナの体から青白い光が放たれ始めた。その輝きは次第に強くなり、彼女の全身を包み込んでいく。彼女が両手を広げると、光が広場全体に広がった。


「な、なんだこれは!?」ガルドスが驚愕の声を上げる。


リアンナの治療魔法が、エヴァンの傷を癒し始めた。そして不思議なことに、エヴァンの剣にも光が宿り始める。


「リアンナ…」


エヴァンは体の力が戻るのを感じた。彼はリアンナの横に立ち、共に前を向いた。


「一緒に」


リアンナの言葉に、エヴァンは頷く。彼の剣とリアンナの魔法が一つになり、まばゆい光の矢となってガルドスに向かって飛んだ。


「これは…ありえない!」


ガルドスの叫びと共に、彼の姿は光の中に消えていった。


翌日、治療所のベッドで目を覚ましたエヴァンの隣には、リアンナが座っていた。彼女の顔には安堵の表情が浮かんでいた。


「目が覚めたのね」


リアンナの優しい声に、エヴァンは微笑んだ。彼の傷は完全に癒えていた。


「あなたのおかげだ」


「違うわ、二人のおかげよ」


リアンナの手をそっと取り、エヴァンは真剣な表情で彼女を見つめた。


「あなたと出会ったこの三日間で、初めて本当の自分を誰かに見せることができた」


「私も…あなたがいたから、隠していた力を受け入れられた」


二人の間に流れる空気は、もはや言葉を必要としなかった。過去の傷を抱えた二人が、互いを見つけ、癒し合う—それは奇跡のような邂逅だった。


「リアンナ、私と共に歩んでくれないか」


エヴァンの真摯な問いに、リアンナは涙と共に頷いた。


一週間後、王都の小さな教会で、二人の婚約を祝う儀式が執り行われた。リアンナは王国の治療師として公に認められ、彼女の能力は今や恐れるものではなく、祝福すべきものとして受け入れられていた。


教会には、リアンナとエヴァンが救った市民たちが大勢集まっていた。かつては秘密にしていた彼女の治療魔法を、今は皆が感謝の眼差しで見ていた。


エヴァンは特別な花束をリアンナに差し出した。そこには亡き妹が愛した青い花と、リアンナの回復魔法と同じ色の白い花が美しく組み合わされていた。


「この花束は、過去の悲しみと新しい希望の証。どんな時も共に歩む誓いとして」


初めて人前で涙を流すエヴァン。彼の涙は、もはや悲しみのものではなく、解放と愛の表現だった。リアンナも涙を流しながら花束を受け取った。彼女の胸に下げられた両親の形見のペンダントが、不思議と淡く光り始めた。


「二人の傷が癒えたから、この涙は悲しみじゃない。幸せの証よ」


花束に落ちる二人の涙は、過去の痛みを洗い流し、新たな未来への誓いとなった。


三日間の短い邂逅が、二人の運命を永遠に変えたのだ。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました! リアンナとエヴァンの、過去の傷を癒し合う三日間の物語、どうでしたでしょうか?

冷徹な騎士団長の涙と、隠された力を持つ令嬢の勇気が、少しでもあなたの心に温かい感動をお届けできていたら嬉しいです。

もしよろしければ、物語への【評価(☆)】や【ブックマーク】で応援していただけると、とってもうれしいです! 感想も大歓迎です!

また次の物語でお会いできるのを楽しみにしています。本当にありがとうございました!

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