炭櫃の奥から
わたしは例の男に勧められたままに、炭櫃の側に座った。
しばらくして、部屋に一人の下女が入ってきた。わたしは、その様子を眺めた。彼女は膝をついて、持ってきた湯桶をまぜた。
年は二十を少し越えたくらいだろう。北の燕人らしい容貌だ。細く鼻筋の通った色の白い女性で、切れ長の目尻にはどこか愛嬌がある。眼の奥は曇っておらず、口周りの血色も良い。手先の肌は自然な滑らかさを保っている。
わたしは彼女に訊ねた。
「貴女の正体は、下女ではないのではないか? あまりに身綺麗で、世を恨むような様子が見えない。貴女の主人は、わたしをどうするつもりなのだ」
彼女は答えた。
「大切な客人をもてなすように、と賜わりました。それ以上のことはないと思います」
これはただの下女ではなさそうだ、とわたしは思った。受け答えが慎重すぎて、何か特別な教育を授けられた感じがする。わたしは酒を舐めながら、危険な冒険の香りに身を震わせた。
ややあって、彼女と入れ替わるように例の男が部屋に戻って来た。身も心も廃れ切ったわたしには、緩慢な幸せになど興味はない。
「さあ、酒宴の続きをやろうか。酒ならいくらでもあるぞ」 と男の調子は、きわめて軽妙だ。
「雪はまだひどく降っているか」 とわたしは尋ねた。
「止みそうにないね。ますますひどくなっている。朝まで飲んだって構わないではないか」
「どういった魂胆かは知らないが、期待しているような相手はできないな、今日のところは」
男は皮肉な笑みを浮かべて、懐紙で顔に着いた香油を拭き終えると、体ごとわたしに向き直った。炭櫃ごしの火の静かに焼ける温度の奥から、こちら真意を見透かそうとする真っ直ぐな視線を与えた。この男は常識を欠いた振舞いに及んだかと思うと、妙に世知に長けた手段を撰ぶものだ。
「尋問されている気分だ、そんなにも見詰められると」
「すまない、あまり他人を信用しないたちでな」
わたしは周囲に視線を逸らして言った。
「部屋はよく片付いているな。こんなところに居続けている男にしては感心だ」
枕元には、古書が数冊重ねて置かれている。
「散らかっているのは気になって仕方ないんだ。考えがまとまらなかったり、不安になったりする」
「ここにはどのくらい居るんだ。短くはなさそうだ」
「一月とちょっとだろうか。見ての通り潜伏しているのさ」
男のあけすけな態度に、わたしは笑いを堪えきれず、つい吹き出してしまった。