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大義の名の下に

 呂氏は、冷たい早春の空気を吸って吐いた。夜の大気が白くなった。


 わたし達いる場所から僅かに先の街角では、小鳥の飛び立ったあとの籠中のように、傷付き倒れた人の姿が、道のあちらこちらに散らばっているのだ。


 わたしは今夜の自らの成り行きを、ほとんど忘れかけていた。わたしは、ただ騒乱の中を駆けたのだった。しかし、何のために? わたしは、何を求めていたのだろう? わたしは、呂氏を丁重にすることが、あるべき態度だと考えていた。思慮の一切は、過去をして悲劇へとわたしを導いた。


 わたしは、目の前に立つ男の姿を眺めた。すでにわたしのものとなることを諦めた男の風貌は、どこか寂しさを感じさせた。どれだけ立派な仕草や体躯であっても、わたしにとっては眺めることしかできない存在である。わたしの悲愴は、男の横顔の中で、進行していた。


 呂氏は、わたしの姿をじっと見つめた。わたしが、礼節よりも愛したものは、呂氏の眼だった。相手を試し、その全てを見透かそうとするような、哀れな習性から差し向けられる眼差しに、わたしは何か親しみを感じていたのだ。


 「お前は、このままお別れだと言って満足なのか?」 とわたしの声がしていた。

 「もはやこの世界に義理立てすべきものなど何もない。国も王も道徳も、総てに意味がないのだ。何もかも結論は、早いか遅いかのどちらかでしかない。お前はどうして戦うというのだ」


 目の前の景色が、硝子を通して眺めるように歪んで見えた。わたしの顔は、奇妙に熱っぽいまま話し続けていた。


 男は、わたしが話し終えるまで、じっと聴いていた。しばらくして、わたしの肩に手を置くと、ささやくように言った。


 「わたしには、大義がある。大義を目指すべき立場がある。わたしは、道徳の名の下に人を裁くのだ。それはお前も承知しているはずだ。それに、」 と男は続けた。

 「お前の前では、そんなに弱いところばかりを見せたくはないのだ」


 わたしは、その答えを知っていた気がした。実に崇高で、愚かしい答えではないか。わたしは、その答えによって、目の前の男を愛していたのだ。

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